0135.土の国、産業部
翌朝、シン様が出掛ける前にお札をクマちゃんに渡している。
「これが結界のお札ね。クマちゃんの体に沿って常に張られているから。馬車が突っ込んで来ても防げる強度になっているから安心してね」
「もう張られているキュ?」
「うん。落とさないようにするんだよ」
頷いて畳むと、裏のポケットの奥深くに入れている。
「シン様、僕はクマちゃんに触っても大丈夫でしょうか?」
「うん。害が無い人間は触れるよ。試しに触ってごらん」
指でちょいとクマちゃんの腕に触る。良かった、痛くない。
「ね、大丈夫でしょう? 悪い奴だと最初はビリッとして、更にしつこく触ろうとすると吹っ飛ぶから」
「悪気なくぶつかってしまった人はどうなるでキュか?」
「少し衝撃があるだけでビリッとしたりはしないよ。普通に人にぶつかったように感じるだけだよ」
それなら安心だ。クマちゃんが歩く度に、そこら中の人が吹っ飛んでいく光景を思わず想像してしまった。
「それじゃあ、行こうか。忘れ物はないかな?」
「――大丈夫キュ。お願いしまキュ」
モフモフまみれになったシン様が魔法を発動する。
「――はい、着いたよ。いってらっしゃい」
「気を付けてな」
セイさんの言葉に頷き行こうとすると、ヴァンちゃんが僕のポケットにずぼっと手を入れる。
「ほにょっ⁉」
「飴、やる。約束を忘れちゃ駄目」
「うん。卵かけご飯を死守だよね!」
クマちゃんを絶対に守り、食べ物の誘惑に打ち克つのだ! 頑張れ、自分!
「言っている事は何かずれている気がするが、あの様子だと分かっているのか?」
「大丈夫。あの様子だと気合十分」
「はぁ、心配だ……」
シン様が後ろで溜息を吐いている。クマちゃんが心配で仕方ないんだな。
「はい、次の方、魔法道に入って下さい」
「はーい。クマちゃん行きましょう」
「モキュ。行ってきまキュー」
入口に居るシン様達に手を振った所で、世界がぐんにゃりと歪み始める。土の国の城に出発!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「クマちゃん、『産業部』はあちらですよ」
「あったキュ。ニコちゃん、詳しいキュ」
「書類配達でそこら中を駆け回っていますから。部長さんが居るといいんですけど」
クマちゃんを頭の上に乗せ、カウンターの縁に手を掛けると部署内を覗き込む。うーん、部長さん居ないかな?
「あら、白族の子じゃない。えっ、頭にも白いモフモフが居る!」
振り返ると探していた部長さんがいた。口を開こうとすると止められる。
「待って! 今日こそどっちか当ててみせるから」
んっふっふっふ。現在、連敗中の部長さんに分かるかな? 部長さんの前に行くと穴が開きそうなほど見つめてくる。
「う~~~ん、決めた。ヴァンちゃん! どう?」
「ブブー。今日も外れでーす」
ああっ、と頭を抱えて苦悩している。お馴染みの光景に部署の人達がクスクスと笑っている。
「部長、また連敗記録更新ですか?」
「そうよっ。もう、何で当たらないのかしら?」
「特徴をお教えしましょうか?」
「駄目よ。自力で当ててこそ絆が深まるってものじゃない」
「いやいや、その前に当ててくれないなぁって愛想を尽かされちゃいますって」
「何ですって⁉ そうなの、ニコちゃん?」
ウルウルした瞳で見つめてくるので首を横に振っておく。
「もう、何て良い子なのかしら。うちの子にしたい」
「部長、独身じゃないですか」
「うるさいわよ。あんた達は仕事してなさい、し・ご・と! ごめんなさいね、外野がうるさくて。ニコちゃん、書類を持って来てくれたのかしら?」
「いえ、今日は個人的な事で来たんです」
「あら、私が対応してあげるわ」
「ありがとうございます。クマちゃん、こちらの方が産業部の部長さんです」
「よろしくお願いしまキュ。お店を開く為の手続きに来たでキュ。色々教えて下さいなのキュ」
クマちゃんがぺこっと頭を下げて言い終わっても、部長さんが顔の下半分を手で押さえて俯いている。訝しく思ってクマちゃんと共に顔を覗き込むと鼻血が出ている。
「モキュ⁉ 大変キュ~。これ使って下さいキュ」
クマちゃんが自分の小さな小さなハンカチを差し出すと、部長さんが慌てて片手を上げる。
「いいの……。そんなに可愛いハンカチを私の血で汚すなんて出来ないっ。ちょっと待っていて。どっかに行っちゃ駄目よ。ちゃんと私が対応するから!」
唖然とする僕達を置いて素晴らしい速さでトイレに走って行く。が、頑張れ~。
「ありゃ、完全にやられたわね。決定打はきっと『キュ』よ」
「そうね。それにあの可愛いハンカチ。私も差し出して貰いたいわ!」
待合用のソファーに座っているおばちゃん達の話し声が聞こえてくる。成程、クマちゃんの可愛さにやられたのか。嫌悪じゃなくて良かった……。
産業部の部長もまともそうで、個性的でした。この人は興奮してよく鼻血を出します。
モフモフ大好きで、ヒールで素晴らしいタイムを出す足の速いお姉さんです。
次話は、営業許可証をゲットです。
お読み頂きありがとうございました。
 




