0134.……駄目そうな気がしてきた
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。ちゃんと借りられましたか?」
「モキュッ。ミナモしゃん、見てキュ。契約書でキュ」
クマちゃんの嬉しくて仕方ないという表情を見て、ミナモ様とヒョウキ様が安心した様に笑う。
「――おや、これは破格の条件ですね。最終的に無料とは素晴らしい」
「無料? ――おっ、契約相手の人、見る目あるじゃん。良かったな、クマ」
ヒョウキ様も契約書を見て笑みを深める。
「皆のお蔭でキュ。ありがとうでキュ」
クマちゃんがセイさんの腕の中で深々と頭を下げる。
「また、困ったら言って来い。遠慮するなよ?」
「そうですね。私達はいつでもクマちゃんの力になります」
ミルンさんにも無事に借りられた事を報告すると、満面の笑みを見せてくれた。
「次は、お店を開く為の申請や銀行に口座が無いようでしたら作っておくといいですね。後は、包材の仕入れ先の選定や求人などでしょうか。紹介状が必要でしたら言って下さい。その他の事でも協力は惜しみませんとクマちゃんに伝えて下さい。それでは、また」
クマちゃんに伝えると、「ありがたいキュ」と言いながらアドバイスをメモしている。まだまだやる事がいっぱいなので、出来るだけ協力しようと思う。
予想していたよりも早く終わったので、クマちゃんはフォレストさんの所に行くらしい。セイさんはシン様達と別行動で魔物退治のようだ。僕達はどうしようかなぁと思ったら、ばっちりとヒョウキ様と目が合う。
「配達、してくんない?」
この後の予定が決まった。官吏の人から引き継ぎ、せっせと移動だ。最近、ちょっと量が多くなってきたなぁ。各国の城の中を走り回り、何とか今日の分が片付いた。城の内部構造を一生懸命に覚えた成果が出てきたように思う。
ミナモ様に書類を渡していると皆が次々に帰って来た。シン様は帰って来るなりクマちゃんに傷がないか確認している。
「はぁ~、無事で良かった……。お店は借りられた?」
「モキュ。これが契約書でキュ」
受け取った書類を隅から隅まで読み、破顔する。
「良い所を借りられたね。宿屋の裏手って書いてあるけど、もしかしてこの前行った所?」
「そうでキュ。女将さんがとっても良い人なのでキュ。まかないでいいなら、お昼も分けてくれるって言っていたキュ」
「そっか~。あの人なら僕も安心だよ。でも、お酒も出している所だから、酔っ払いには十分気を付けるんだよ。……やっぱり心配だから結界のお札も後で渡すね」
「ありがとキュ。踏み潰されないように気を付けるでキュ。派手な服とかにした方がいいキュかね?」
「そうだね。黄色い鞄を作ってあげるよ。ひまわりのアップリケにしようか?」
「モキュ! 素敵キュ。楽しみキュー」
昨日とは打って変わって、楽しげだ。少しでも力になれたようで何よりだ。
「明日もお出掛けするの?」
「そうでキュ。お城へ申請に行って、銀行にも行くでキュ」
シン様がまた心配そうな顔になってしまった。それを見てミナモ様が提案してくれる。
「ヴァンちゃんかニコちゃんのどちらかに来て頂ければ大丈夫ですよ。本当は二人共ついて行ってあげてと言いたいのですが、書類が増えていまして。どうでしょうか?」
「ニコ、行く。俺より喋るの上手」
「分かったよ、ヴァンちゃん。クマちゃん、明日もよろしくお願いしますね」
「助かるキュ。ありがとキュ」
クマちゃんが僕にペコリと頭を下げる。絶対に守ってあげなきゃと強く思う。
「やっぱり僕も付いて――」
「シン、駄目だ。明日は別々の場所で三体がほぼ同時に目覚めるから抜けられては困る」
「はぁ~……。ダーク、分かったよ。二人共、いい? 知らない人に付いて行っちゃ駄目だからね。おいしいものをくれるって言っても聞いちゃ駄目だよ。それと、二人共可愛いから攫われないように常に気を配る事も忘れないでね」
言い足りなそうな顔で僕達を見るシン様をダーク様が苦笑して見ている。
「すっかりお父さんだな。白族の認定証や俺達のサインの意味が分からない程、間抜けな奴は城や銀行には居るまい。道中もニコがいれば返り討ちに出来る。だが、美味しい物には弱かったな」
「なっ⁉ 酷いですよ、ダーク様! 僕は今、クマちゃんを絶対に守るって決意した所なので大丈夫――」
その時、ヒョウキ様が齧り付いたカップケーキに目が釘付けになる。おいしそう~。
「「……駄目そうな気がしてきた」」
ダーク様とシン様が同時に言って頷き合っている。
「だ、大丈夫です。食べ物の誘惑には負けません。……多分」
全員があちゃーっという顔をしている。だ、だって、つい目がいっちゃうんですよ~(泣)。
「ペナルティは卵かけご飯を一生禁止」
ヴァンちゃんの一言に凍り付く。そんな……。あの美味しい魅惑のご飯を食べられないんて。濃厚な卵と醤油を混ぜ混ぜせずに生きろだなんてあんまりだ!
「ヴァンちゃん、待って。絶対に打ち克つから。何が何でも振り切ってみせるから~。ご勘弁を~」
ヴァンちゃんをガクガク揺さぶりながら懇願する。無表情に揺れているヴァンちゃんが僕の本気を感じ取ったのか頷いてくれた。あ、危なかった……。いや、まだ危機は続いている。明日、僕は打ち克たねばならぬのだ。待ってろい、未知の敵!
鼻息荒く拳を握る僕は気付いていなかった。後ろで交わされている会話に。
「……なぁ、あれは違う食べ物につられたとは言わないのか?」
「ヒョウキ様、それを言ってはいけません」
「ニコの扱いを一番知っているヴァンが頷いたから大丈夫だろう。な?」
「ん。ニコはもう卵かけご飯なしには生きられない。この前も味噌と醤油なしの生活は考えられないって言っていた」
「成程。僕のご飯を禁止って言えば完璧な抑止力になるね。ふふふっ、良い事聞いた……」
「く、黒い笑顔キュ。シンしゃん、是非ともお手柔らかにでキュ~。食べるの大好きなニコちゃんに愛の手をでキュ~~~」
ニコちゃん、食べ物の誘惑にはなかなか勝てませんね。
ヴァンちゃんはニコちゃんの扱い方をよく知っています。好物禁止! で問題解決です。
次話は、土の国の産業部に向かいます。
お読み頂きありがとうございました。
 




