0127.ヴァンちゃんとハマグリの戦い
「シン様、魚介の準備が出来ました」
「ありがとう、メイド長。……ねぇ、名前を教えてくれる? ここでもメイド長って何か変だよね」
「私の名前はリリアンヌと申します。メイド長でも構いませんよ?」
名前まで上品な感じだ。でも、もうちょっと短い方が言いやすい。何がいいかな?
「リリアンヌかぁ。ん~……リリーって呼んでもいい?」
「はい。シン様の呼びやすいようにして頂いて構いません」
「じゃあ、リリーで。外に運んで貰って良い? 机があるから置いておいて」
「はい。――きゃっ、熊⁉」
驚いた声に振り向くと、森の熊さんが茸を抱えて立っている。
「大丈夫だよ、リリー。礼儀正しい子だから怖くないよ。茸を持って来てくれたの? ありがとうね。一緒にバーベキューする? これ焼くよ」
「ガウ、ガウ、ガウガウ。ガウー、ガウガウガウ」
「『お気持ちだけ頂きます。実は夕飯はもう食べてしまったんです』だそうです」
「ニコちゃん、通訳をありがとうね。もう食べちゃったのか。また、今度誘うね。来てくれる?」
「ガウ、ガウウ、ガウ」
「『はい。喜んで伺います』だそうです」
「良かった。茸をありがとうね」
熊さんはいつものように深々とお辞儀して帰って行った。
「ヴァン、あの熊を紹介しろ。気に入った」
嬉しそうに頷き、ダーク様と連れ立ってヴァンちゃんが追い掛けて行く。ダーク様なら絶対気に入ると僕は確信していた。ミナモ様とメイド長さんはどうかな?
「びっくりしました。あんなに大きな熊が戸口に立っていて……。でも、シン様がおっしゃるように礼儀正しい子でしたね」
「そうでしょう。よく木の実とか持って来てくれるんだよ。今までは言葉が分からなかったけど、白ちゃん達が来てから通訳して貰えるから、意思の疎通が出来るようになってね」
「そういえば獣族はその様な特徴があると文献で読みましたね。他の種族の言葉を喋る事は出来るのですか?」
「聞く事しか出来ないです。でも、ほとんどの動物さんは人語を理解しているので、普通に話し掛ければ通じますよ」
成程と頷くミナモ様とメイド長さん。良かった、受け入れてくれたみたいだ。森の皆は良い子ばかりなので、是非とも仲良くして欲しい。
熊さんと親交を深めたダーク様がご機嫌で戻って来たので、次々と食材を焼いていく。あ~、楽しみ。
魚から油が滴って炭火に落ち、ジュッと音を立てると、隣でヴァンちゃんがゴクリと唾を飲み込む。僕達は既にお箸とお皿を持ち準備万端だ。
ハマグリとホタテがぱっくりと開いた。おぉ~、いい眺めですな~。開いた所にシン様が醤油を回しかけると、こうばしい香りが辺り一面に広がる。だーっ、早く食べたい! 涎注意報が出そうです。じゅるり……。
「ふふっ、お待たせ。はい、お食べ」
シン様が僕達の様子を笑いながら、ハマグリをお皿に載せてくれる。近くに来たので余計に香りが! でも、ここで慌てると大火傷だ。我慢だ、ふーふーだ。
「いただきます。――あちっ、っ、――熱くて噛めない……」
ヴァンちゃんが戦いを挑み負けた。僕と一緒に必死でふーふーする。もう、いいかな? 食べちゃうぞ。
「いただきます。はむっ、うぅっ……おいひい」
貝のエキスが凄い。殻にある汁も全て飲み干さなくては。
「うまい。――汁もうまい」
ヴァンちゃん、食べるの早いよぉ。もう汁まで飲み干したの? ヴァンちゃんの隣では、ハマグリが好きだと言っていたメイド長さんが幸せそうに食べている。ミナモ様はアジから食べているようだ。
僕は次、どれにしようかな? ヴァンちゃんはホタテか。う~ん、アジにしよう。
「シン様、アジを下さい」
「はい、どうぞ。レモンとかあるから好きに掛けてね」
「はい、ありがとうございます」
皮はパリパリ、中はふっくら焼けた身を口に入れる。おぉ、幸せだ……。塩味だけで十分においしい。半身を食べた所でレモンを掛けてみる。うん、爽やかな匂いだ。さっぱりして味も変わり、食べるスピードが上がる。
「お野菜も焼けたよ。宝魚も焼けたから取ってあげるね」
ダーク様に食べさせて貰っているクマちゃんが歓声を上げる。
「モキュー! 宝魚をよろしくでキュ」
「はいよー。ダーク食べさせてあげて」
「ああ。クマ、宝魚だぞ。口を開けろ」
もぐっと咀嚼したクマちゃんが目を見開き、夢中で噛んでいる。ああ~、気になる。僕も貰いに行こう。アジを完食し、急いで向かう。あっ、じゃがいもも忘れずに貰わなきゃ。
「ニコ、ズッキーニお薦め」
熊さんが持って来てくれた茸と、玉ねぎ以外の野菜を全て貰ってきたヴァンちゃんが頬張りながら教えてくれる。
「シン様、じゃがいもとズッキーニと宝魚を下さい」
「――はいよ。カボチャと海老もあげる。さっき食べるって言っていた玉ねぎはどうする?」
「少しだけ下さい」
「じゃあ、輪っかを一つあげる」
赤に黄に緑と彩りが綺麗だ。お皿を受け取り、喜び勇んで席に向かう途中に躓く。
「むきゃーーーっ!」
「おっと、大丈夫か? 気を付けろ」
セイさんが僕を抱きかかえ、ミナモ様がお皿を持ってくれている。
「すみません。もう、どうしてこんなに躓くのかなぁ?」
「それはニコだから。この、おっちょこちょい大魔王め」
ヴァンちゃんからの一言が突き刺さる。
「うっ……刺さったよ、ヴァンちゃん。グサグサだよ。ぐれちゃうよ?」
僕達の会話を聞いて、セイさんとミナモさんが一生懸命に笑うのを堪えていて、僕とお皿が小刻みに揺れる。
「……ここに置きますね。このままだと私がお皿を割ってしまいそうです」
「……そうだな。ニコ、気を付けろよ」
笑いを堪えながら離れて行くお二人を見送り、待ちに待った宝魚を頂く。漁師さんが言っていたように、口に入れるとホロホロと身が崩れ、甘みと出汁を濃くしたような味が口中に広がる。これは濃厚なお魚だ。惜しみながら口に運び食べ終える。
「ニコちゃん、宝魚の味はどうだった?」
「シン様、濃厚でしたよ。噛めば噛む程においしい味が出て来ました」
「そっか、喜んで貰えて何よりだよ。僕も食べてみて美味しいなとは思ったけど、濃厚だから沢山は食べられない気がするよ」
「確かに。ちょっと惜しんで終わる位がいいかもしれませんね」
「うん。今度買った時はお刺身にしてみようか? 全然違うかもしれないしね」
頷きながらヴァンちゃんのお勧めのズッキーニを齧る。シャクシャクといえばいいのだろうか? 独特の食感があるよね。
よし、次は玉ねぎに挑戦! ――うっ、駄目だ、やっぱり匂いがキツイ。でも、少しだから頑張って食べよう。……はぁ、何とか完食できた。この前と種類が違うのかな? 克服が出来たと思ったんだけどなぁ。後で何か違いがあるのかシン様に聞いてみようっと。
次は好物にしよう。うまうまのじゃがいもと甘いかぼちゃを立て続けに食べる。大分お腹がいっぱいになって来た。最後はトウモロコシに夢中で齧り付き食事を終える。はふぅ~、お腹いっぱいだ。
メイド長の名前が判明です。愛称も決まって仲良し度が上がったかな?
ヴァンちゃん、熱々ハマグリに齧り付きます。その直後にホタテにも挑んでいるので、
口の中はきっと火傷してますね。気を付けて食べて~。
次話は、ニコ&ヴァンちゃんの生い立ちです。
お読み頂きありがとうございました。




