0115.シッポ愛好家
「お待たせしちゃったねぇ。これメニューね。お嬢ちゃんは、ご飯は食べられるのかい? リンゴを擂り下ろしてあげようか?」
「気遣ってくれてありがとう。お願いしていいかな?」
カハルちゃんも食べられる物があったようで良かった。ええと、今日の日替わりは何だろう? 黒板に書いてあるけど、他のお客さんで見えないなぁ。
「もちろんだよ。今日の日替わりはロールキャベツだよ」
「あっ、ありがとうございます。ヴァンちゃん、それにする?」
「うむ。既に匂いがうまい」
「あはははっ、ありがとうね。匂いが美味いだなんて嬉しいねぇ。皆、それにするかい?」
「クマちゃんはどうするの?」
「クマはそんなに食べられないでキュ。誰かのを分けて欲しいキュ」
「じゃあ、僕が大盛を頼むから分けっこしよう」
「モキュ!」
「じゃあ、直ぐに用意するからね。お水がポットに入っているから好きに飲んでおくれ」
コップはこれだな。並べ終わるとシン様が注いでくれる。僕は紅茶を飲んだばっかりだから後で飲もうっと。一方、クマちゃんは喉が渇いていたのか、シン様がスプーンで掬ってあげた水をゴクゴク飲んでいる。
「ぷはぁーでキュ」
「もう一杯飲む?」
「もういいでキュ。ありがとキュ」
「あんた達、見ない顔だねぇ。遊びに来たのかい?」
隣の席の人が興味津々で話し掛けて来た。ここはシン様にお任せしよう。
「そうなんです。久し振りに休日が一緒だったので、土の国に遊びに来たんですよ。よかったら、お薦めのお店を教えて頂けませんか?」
「おう、任せな。隣の肉屋は行ったかい?」
「はい、先程寄らせて頂きました。揚げ物が美味しかったですよ」
「だろう! 俺もよく行くんだわ。斜め向かいにあるパン屋は行ったかい? あそこは何を食べてもうまいし安いんだよ」
「まだなので、うちの子達と行ってみますね」
「ああ。――いや、ちょっと待て。兄さん、もしかして父ちゃんなのかい⁉」
「はい、そうですが」
「こりゃ、たまげたな。てっきり兄妹かと思ってさぁ。おう、女将、父ちゃんなんだと」
その言葉に店内の人の視線が僕達に集中する。ああ、カハルちゃんがシン様の服に顔を埋めちゃった。
「みんな、あんまり見るんじゃないよ。お嬢ちゃんが顔を隠しちまったじゃないか。自分の残念な人相をよく思い出しな」
「女将、ひでぇ。カッコイイ男ばっかりだろう?」
「なーに言ってんだい、この髭もじゃ! 髯を剃ってから出直しな。――煩くて済まないね。お待ちどうさま。これが大盛で、クマちゃん用の取皿とスプーンとフォークね。一応、子供用だけど無理かねぇ」
女将さんがクマちゃんとフォークを比べている。うん、無理かも。
「僕が食べさせるから大丈夫。色々とありがとう」
「どういたしまして。みんな、よく勉強しな。この人のような男をカッコイイって言うんだよ」
皆が口々に言い返してくるかと思いきや、一斉に頷いている。やっぱり、シン様はどこに居ても凄い人だった。
「おとうちゃ、かっこいい。わたちのじまんなのぉ」
うわぁ……。全員、顔面筋が崩壊した。笑顔なのにちょっと怖い。
「娘はいいねぇ。うちなんて生意気盛りでよぉ。この前なんか脛を蹴られて痛ぇのなんの」
「分かるわ~。うちも男ばっかでよ。言われてぇよな。娘に笑顔でお帰りなさいってよぉ」
「そんなの幻想だぜ。うちの娘なんてツーンてして自分の部屋に行っちまうわ」
悲しきお父さんの集まりになってしまった。背中に哀愁を感じる。肩を叩いてあげるべきか。
「みんな、お食べ。冷めちゃうよ?」
そうだった。熱々のロールキャベツが僕を待っている。トマトで煮込まれている大きな塊にナイフを入れると、肉汁が大量に出て来た。
「ふおぉぉ! いただきます。はむっ」
テンションが上がった勢いのまま口に放り込む。ぎゃあぁぁ、熱い熱い! 誰か水を下さい! を言葉にしたくても出来ずにジタバタしていると、シン様がコップを口に当てがってくれたので勢いよく飲む。
「――ゴクッ、ゴクッ。だぁぁ、熱かった……」
「ニコちゃ、ぶじ?」
「はい、何とか……。ありがとうございます。カハルちゃん、シン様」
「どういたしまして。ゆっくり火傷しないように食べてね。そうしないと、カハルが八の字眉毛になっちゃうから」
おっと、見事な八の字――じゃなかった。どうもお騒がせして、すみません。
ヴァンちゃんは慌てる事無く食べ、シッポをピコピコさせている。斜め後ろの席の人がそれを凝視し、更にその人を僕が凝視する。危ない人だったらどうしよう……。
「ニコちゃん、何を見ているの?」
その言葉にビクッとしたのは凝視していた人もだった。
「うちの子に何か御用でも?」
シン様の冷たい声に更に肩を跳ねさせている。
「ん? どうした? あっ、火の国の魔法道の人。こんにちは」
「あっ、やっぱりヴァンちゃん? よかった~。こんにちは」
「知り合いの人かな?」
「そう。魔法道の係の人。動物好きで俺のシッポをよく見ている」
そこかしこから危ない奴か? と言っている声が聞こえる。僕の拳はいつでも準備万端です。
「ち、違うっ! 俺はシッポやモフモフが好きなだけだ。嫌がる様な事はしないって誓うから!」
「実害は無い。見るだけ。だから、この前、シッポをブンブン振ってバイバイした」
男の人の頷きが必死過ぎる。シッポだけでヴァンちゃんか確認しようとするとは、中々のシッポ愛好家だ。
「さっきから何を騒いでいるんだい? 問題を起こすようなら出てっておくれ」
「女将さん、大丈夫。俺のシッポのファン」
「シッポ? あらあら、可愛いシッポだねぇ~。あんた、分かってるじゃない。仲良く食べるんだよ」
女将さんに背中をバンバン叩かれて噎せている。ガンバレ、シッポ愛好家。
その後はおいしい料理をゆっくりと堪能し、まったりと過ごした。
クマちゃんの身長は20センチ程なので、フォーク(15センチくらい)とほとんど変わりません。
クマちゃんが持つと槍のようになりますね。
ニコちゃんの拳が唸る事にならなくて良かったですね。シッポ愛好家は各国に居ますよ!(笑)
次話は、お薦めのパン屋さんに行きます。
お読み頂きありがとうございました。
 




