0114.涎注意報発令
「あっ、あそこじゃないですか⁉ お肉屋さんとパン屋さんがありますよ」
食べ物屋さんが多い所為か、いい匂いの集中攻撃だ。涎が出そうです……。
「あったねぇ。でも、ここは建物の裏手みたいだから、お肉屋さんの横から周って行こうか」
「はい。あー、メンチカツだ! おいしそう……じゅるり」
「ニコ、涎注意報発令」
「んぶっ」
ヴァンちゃんが僕の口を手でボフッと塞ぐ。
「はははっ、仲が良いねぇ。よかったら、メンチカツを味見するかい?」
「んういでふぅか⁉」
僕の言葉にならなかった「いいんですか⁉」の所為だろうか? シン様の肩が凄く揺れている。
肉屋のおじさんは豪快に笑い、丸いメンチカツを四分の一にカットして、それぞれに渡してくれる。
「いただきまーす。はむっ。――おぉ、ジューシー!」
「いただきます。――うまっ。肉汁いっぱい」
「カハルはまだ止めておこうか」
「うー……」
悲しそうにカハルちゃんがメンチカツを見つめる。
「おっと、こりゃ済まない。ちいちゃいもんな。あっ、ハムの試食にするかい?」
「おじちゃ! あんがとぉ」
「ちょっと待ってな。今、持ってくるからな」
その間にカハルちゃんの分のメンチカツをシン様から貰い、ヴァンちゃんと分けて食べる。う~ん、おいしい……。
「うちの自慢のハムだよ。食べてくんな」
「ありがとにゃの。いただきましゅ」
小さくカットされたハムを嬉しそうにもぐもぐしている。んふふふ、食べられる物があって良かった。
「お兄さんたちも食べてみとくれ」
わーい! ハムも食べられる~。うまうま。もっと食べたいなぁとショーケースを覗く。おっきなハム……。
「うん、おいしいね。帰りに買っていこうね。ハムステーキにしてあげるよ」
「いいんですか⁉ わーい!」
ヴァンちゃんの手を掴み、一緒にバンザイだ。おっ、カハルちゃんがペチペチと拍手をしている。
「はははっ、そんなに気に入ってくれたのかい? こりゃ、嬉しいね。他にも欲しい物はあるかい? 揚げ物は時間を言ってくれりゃあ、揚げ立てを用意しとくよ」
「うーん、どうしようかな……。粗びきの挽肉一キロとウインナーが二十本欲しいな。揚げ物も凄く美味しかったけど次回にさせてもらうよ。昼ご飯を食べたら受け取りに来るね」
「あいよ。用意しておくぜ。楽しんでおいで」
「はーい。では、また」
手を振り宿屋さんに向かう。おっ、入口みーっけ。
カランカランとドアベルを鳴らしお店に入ると、料理の匂いやお酒の匂い、人の熱気と視線が向かって来る。うわぁ、繁盛してるなぁ。
「はい、いらっしゃい。四名様? ごめんなさいね、今は満席なんだよ。二十分位で席が空くと思うんだけど、お待ち頂けるかい?」
「連れがもう一人居てね。その位で用事が終わると思うから、後でまた来るよ」
「あいよ。それじゃあ、六人掛けのテーブルを取っておくよ」
「いや、小さい子だから四人掛けで大丈夫だよ」
「子供用の椅子が二つしか無いんだけど大丈夫かい?」
「うん、平気。それじゃあ」
「済まないね。待ってるよ」
女将さんも元気いっぱいで賑やかな店だったな。
「一旦、ビジュ・コパンに戻ろうか」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃ――、あぁ、シン様。申し訳ありません、もう少しだけお時間を下さい」
「うん。いいよ」
お店の中をプラプラと歩いていると、トオミさんが奥から手招きしてくる。んん? 奥に入ってもよろしいので?
作業場の横を通り、更に奥へと進むと居間のようだ。自宅兼お店になっているんだ。
「ここでお茶でも飲んでいてくれ。紅茶でいいか?」
頷き椅子の上で足をプラプラさせながら待つ。あの棚のぬいぐるみさんは古そうだなぁ。この家に代々引き継がれている物だったりして。
「お待たせ。菓子は余り食べないから置いてないんだ。悪いな」
「いいよ、気にしなくても。これからお昼だしね。紅茶をありがとう」
「ああ。ゆっくりしていってくれ。俺は作業場に居るから、困った事があったら言ってくれ」
いただきます。――うっ、渋い……。抽出時間を間違えたんだろうか? シン様も微妙な顔で止まっている。
「ミルク貰う」
「そうだね、ヴァンちゃん。お砂糖も貰ってミルクティーにしよう。ニコちゃん達はここでカハルと待っていてね」
シン様が紅茶を回収すると席を立ち、トオミ君を呼んでいる。眠っているカハルちゃんをこの間にナデナデしちゃえ。
ヴァンちゃんと交互に頭をそっと撫でつつ、まったりと過ごす。良い休日ですな。
「お待たせ。甘くしたから飲んでごらん」
「――うんっ、おいしいです」
「甘い」
「済まない。茶葉の量を間違えた」
トオミさんが落ち込んだ顔をしている。
「誰でも間違える。気にしちゃ駄目」
「そうですよ。それに美味しいミルクティーが出来たので問題無いです」
「そう言って貰えると助かる。俺も父も、あまり料理が得意ではなくてな」
意外だ。手先が器用だから上手そうなのに。それとこれとは別問題なのだろうか?
「ミルクティーにするには最適な分量だったんだけどね。料理が苦手なら僕が少し教えてあげようか?」
「シンさんが?」
「トオミさん、シン様のお料理はとーっても美味しいですよ。ねっ、ヴァンちゃん」
「うむ。グラタン最高。沢庵は一生、ご飯のお供」
トオミさんだけ不思議な顔をして、うちのメンバーは全員噴き出し掛ける。どんだけ沢庵好きなの、ヴァンちゃん!
「あー、たくあんっていうのは分からないが、何か簡単に作れるものを教えて欲しい」
「うん。食べ物は何が好きなの?」
「父は魚が好きで、俺は野菜が好きだな」
「うーん……じゃあ、後で包焼を教えるよ。僕達はそろそろお昼の予約時間だから行くね」
おっと、大変だ。残っている紅茶を一気飲みする。ぷはぁー、甘くておいしい。
「シン様、お待たせ致しました。クマちゃん、どうもありがとうございました。何かお礼をさせて下さい」
「もう貰ってるでキュ。迷惑を掛けたのに助けて貰ったでキュ。クマの方が何かお礼をするでキュ」
「いえいえ、そんな大した事はしていませんから」
「二人共、大丈夫だよ。僕が後でトオミ君に料理を教えてあげる事になっているから、釣り合いが取れるよ」
「シン様はお料理が得意なのですか? 羨ましいですね。私達は中々、上達しません。この前も目玉焼きを真っ黒にしてしまいました」
「あれは、父さんが途中で目を離して本に夢中になったからだ。ぬいぐるみ作りは最高の腕を持っているのに、他は何か抜けているよな」
「面目ない。妻にもよくドジをしては笑われていました」
別の部屋に居るのかな? ご挨拶しなきゃ。口を開こうとしたら、ヴァンちゃんが僕の手を握り首を振る。どうした……ああ、そうか。亡くなられているんだ……。そうでなければ、あんな寂しそうな目をしている理由が無い。
ヴァンちゃんに小声で「ありがとう」を伝える。ヴァンちゃんにはいつも助けて貰ってばかりだ。繋いでいる手から感謝の念を送っておこう。ふおーっ!
ヴァンちゃんの沢庵好きが止まりませんね。とうとう一生のお供になりました。
リトルさんはしょっちゅう料理を焦がしたり、味付けを忘れます。
トオミ君は味付けが濃くなり過ぎる事が多いです。
次話は、宿屋さんで昼ご飯です。
お読み頂きありがとうございました。




