0112.一目惚れ⁉
レジの奥にある扉へと入っていくリトルさんを見送り、店内を見渡す。レジ横の壁一面にお高そうなぬいぐるみが飾られている。おっちょこちょいじゃ済まされないので、触るのは止めておこう。
棚の前の空間はぬいぐるみさん用の帽子や靴、アクセサリー、服などが置いてある。わぁー、日傘もある。
「きれいねぇ、おとうちゃ。にゅいぐるみさん、おじょうひんねぇ」
「そうだね。上品な貴族みたいな感じだね。装飾品も凝っているから値段が張るのも分かるよね」
ヴァンちゃんは装飾品に興味があるのか、シン様の腕から乗り出すようにして見ている。
「ヴァンちゃん、降ろしてあげるね。はい、どうぞ。うん? クマちゃんは棚を見たいの?」
紫の生地にお花模様が入った、ふんわりスカートのドレス。頭にはボンネットを被っている白熊さんのぬいぐるみの隣に降ろして貰っている。も、もしかして一目惚れ⁉ ドキドキしながら見守っていると、隣にちょこんと座り動かなくなる。緊張で動けないのだろうか?
「どうキュ? ぬいぐるみのふりが上手いでキュ?」
なんだ、恋じゃなかったのか……。皆で感想を言い掛けた所で他のお客さんが入って来た。
「――いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくりご覧下さい。――シン様、申し訳ございませんが、もうしばらくお待ち頂けますか?」
「うん。分かったよ」
クマちゃんを回収する前に男の人が棚に近付いて来てしまった。あわわわ……どうしよう。
クマちゃんは覚悟を決めたのか微動だにせず座っている。僕達はレジ側へ移動しながらドキドキと見守る。
「うん? このぬいぐるみだけ服が普段着のようだな。だが、まるで生きているような目の輝きだ。店主、少しいいだろうか?」
ま、まずいよ~。よりによってクマちゃんに目を付けるだなんて! クマちゃんは男性の視線が逸れた隙に瞬きをしている。余裕なのだろうか?
「これを貰えないだろうか? 服はそちらのスーツを一式買うので着替えさせて貰えるか?」
あ~、買う気だよ、どうしよう……。僕達の視線を受けてシン様が肩を竦める。よし、いざとなったら僕が止めに入るんだ!
リトルさんは眼鏡を押し上げてクマちゃんを見た後、何事もないかの様に笑顔を浮かべる。
「お客様、大変申し訳ございません。こちらの商品はたった今、レジの側にいらっしゃるお客様がお買い上げになられた所なのです。私の不手際でご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「いやぁ、そうだったのか。これは失礼した。熱心に見ているなとは思っていたんだ。気付かずに申し訳ない。店主も謝らないでくれ。私は他のお気に入りを探すとしよう」
豪快に笑って別のぬいぐるみさんを見に行く。ふぅ~、いい人で良かった。
「今、お包み致しますので、少々お待ち下さい」
「うん。頼むね」
クマちゃんはリトルさんにそっと抱き上げられ奥の扉へと消えていく。この後、お説教だろうか?
レジ前のスペースには、服を着ていないぬいぐるみさんが種類豊富に置かれている。
「あれ? ヴァンちゃん、ここのぬいぐるみさんはお安いよ」
「ん? 本当だ。俺達でも買えそう。こちらに置いてある服や装飾品も値段が抑えられている」
「気に入ったか?」
首を傾げる僕達に声が掛けられる。
「あっ、この前の! あの時は本当にありがとうございました。助けて頂けて嬉しかったです。僕は白族のニコです。この前はお名前を聞きそびれてしまったので教えて頂けますか?」
「俺はトオミだ。そんな風に言って貰えて俺も嬉しい。今日は店の商品も見に来てくれたのか?」
「はい。とても上品なぬいぐるみさんですね。お洋服もとっても綺麗です。貴族の方達のドレスと同じに見えます」
トオミさんが口を開きかけた所でシン様がやって来る。
「ニコちゃん、その子が助けてくれた人?」
「はい。トオミさんです」
「僕はシンといいます。うちの子を助けてくれてありがとう。時間があるようだったら、このお店の商品を紹介して貰ってもいいかな?」
「はい。さっき、ニコ君が――」
「あ、あの、呼び捨てでお願いします。『君』って呼ばれ慣れていないので背中が痒くなっちゃいます」
ヴァンちゃんが隣でニヤッとする。あーっ、後で絶対呼ぶつもりだ!
「ああ、分かった。ニコがさっき、貴族の方達のドレスと同じ様だと言っていたんですが、その通りなんです。生地も貴族御用達の店から仕入れていますし、宝石もランクが高い物を使っています。服のデザインも流行を取り入れて作ったりしています」
「へぇ、凝っているんだね。何も知らずに聞くと高いなぁと思うけど適正価格だよね」
「まぁ、そうですね。ですが、庶民には簡単に手が出せない値段です。俺は少しでも多くの人に、うちの子達と幸せに暮らして欲しいと考えているので、この一角はオーナーに許可を貰って俺が試験的に作った物です。宝石のランクを落としたり、安い生地ですが人気の柄物を使ったりして、皆が買えるものをと工夫しています」
先程のおじさんがホクホク顔で箱を持ち横を通る。どうやらお気に入りが見付かったらしい。
「先程は済まなかったね。この通り、良い物を見付けられましたよ。それでは、お先に」
シン様と会釈し合って、リトルさんが開けた扉を出て行く。
「ご来店ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
深々とリトルさんとトオミさんが頭を下げて見送り、店内に戻って来る。
「大変お待たせ致しました。トオミとお話は出来ましたか?」
「うん。今はトオミ君が作っているぬいぐるみの説明を聞いていた所だよ」
「そうでしたか。おっと、クマちゃんをお連れ致しますね」
慌ててリトルさんが扉の奥に消える。怒っていないのかな?
「お待たせ致しました。どうぞ」
「ニコちゃーん、戻ってきたでキュよ~。焦ったでキュ……。何であんなに沢山あるのにクマを選ぶでキュかね?」
僕が腕を差し出して受け取ると、クマちゃんが焦りで感情が高ぶっているのか、ぽしぽしと僕の腕を叩きながら話す。全く痛くないので落ち着くまでやらせてあげよう。
恋じゃありませんでした。ニコちゃん、残念。
クマちゃん、ぬいぐるみのふりなんて、お手のものです。
普段からやっているので、スキルが高すぎましたね。リトルさんの機転に感謝です。
次話は、ニコちゃんのお腹が反乱を起こします。
お読み頂きありがとうございました。




