0101.ヒョウキ、ばっちい
黙って腕を組み、戸口にもたれ掛かって様子を見ていたシン様が部屋に入って来た。
「ヴァンちゃん、落ち着いた?」
「はい。でも、ニコにきちんと謝罪して頂けるまで許しません」
「そうだね。ヒョウキ、まずはきちんと誠心誠意、謝ってくれるかな」
「あぁ。ニコ、本当に済まなかった。お前を危険な目に遭わせた事を深く謝罪する。済まなかった」
深々と僕に頭を下げてくれる。ヒョウキ様のつむじを見た後に、チラッとヴァンちゃんを見る。
「ニコの好きにしていい。俺はきちんと謝罪して貰えれば、それでいい」
「うん、分かった。ヒョウキ様、頭を上げて下さい。僕は今後、このような事が起きないようにして頂ければいいです」
「ニコ……ありがとう」
「さて、それじゃあ罰を受けて貰おうか。その身に刻み込め、ヒョウキのアホ!」
そう言い放ち、シン様がヒョウキ様の右頬を拳で思いっきり殴る。うわぁ……痛そう。ヴァンちゃんはカハルちゃんが見ないように抱き締めている。僕の手でお耳も塞いであげよう。
「次は俺だな。今度、俺のお気に入りに何かしたら只じゃ置かない。歯を喰いしばれ、ヒョウキ」
ダーク様が今度は左頬を思いっきり殴りつける。あぁ、手加減なしだ。何だか大事になってしまって戸惑う。
もぞもぞとし始めたカハルちゃんから手を離すと、ハイハイしてヒョウキ様に近付いて行く。足まで辿り着くと、小さな口を開けて噛み付こうとする。
「カハル、ばっちいから駄目だよ」
「ヒョウキ、ばっちい。でもぉ、わたちもおちおきするって、やくそくしたのぉ」
シン様に抱き上げられてカハルちゃんが言うと、今までで一番ダメージが大きかったのかヒョウキ様が崩れ落ちる。殴られても倒れなかったのに、『ヒョウキ、ばっちい』は恐ろしく威力があるようだ。
「辞める前にミナモも殴っておくか? 大分、ヒョウキに対して苛立ちがあるだろう」
ダーク様に勧められてミナモ様がヒョウキ様の前に立つ。ドキドキと見守っていると、ミナモ様が頭を軽く叩く。えっ、それだけ?
「身に染みましたか? あなたは本当に気に入っている相手に真摯に向き合うべきです。照れ隠しに意地悪をしてはいけません。それでは、相手の心はどんどん離れてしまいます。相手にはあなたの真意など分からないのですよ? 伝え方を間違えてはいけません」
「はぁ……分かった。ニコ達が嫌がる事はしない。俺に心を許してくれるまで我慢する。意地になって撫でようとして大事な事を言い忘れたのは痛恨のミスだった。……ミナモ、お前の望む王になれなくて済まない」
真剣な顔でミナモ様の目を見つめて喋るヒョウキ様は、いつも見る姿とは別人のようだ。
「心の底から反省できるのなら、私は貴方を見捨てません。これから私の望む王になって下さるのでしょう?」
「いいのか? 俺で」
「はい。また、ビシバシと行きますのでよろしくお願いしますね」
「ああ、頼む。俺にはお前が必要だ」
なんとか丸く収まりそうで良かった。
隅っこの方で、ごそごそとしていたヴァンちゃんが手に何かを持って戻って来る。
「ニコ、使うか?」
「えっ、ハリセン作ったの?」
「うむ。好きなだけ殴れ」
どうしようかなと考えていると、良い物を見付けたという様に、シン様が笑顔で近付いてくる。
「ヴァンちゃん、それ貸して」
「どうぞ」
「カハル、これで思いっきりバシバシしていいよ」
「うんっ、おちおきできるね!」
シン様に抱っこされたカハルちゃんが、ヒョウキ様に向かって「えいっ」と一生懸命にハリセンを振る。全然痛く無さそう……。なんだか和んでしまった。
「ニコ、もう一個作るか?」
「ううん、大丈夫。気持ちだけ貰っておくね」
ニコちゃんには本気で殴っているように見えていますが、それなりに手加減しています。
一応、王様の顔なので、カハルの力ですぐ治る期間を見越してグーパンチです。
「ヒョウキ、ばっちい」の威力が凄いですね(笑)。
本当はこんな感じで言葉が省略されています。
「カハル、(ブーツは土とか付いていて)ばっちいから駄目だよ」
「ヒョウキ(のブーツ)、ばっちい。でもぉ――」
そして、省略に気付かないヒョウキは、俺⁉ 俺自身が⁉ と崩れ落ちましたとさ(笑)。
次話は、シンの家の住人が増えます。
お読み頂きありがとうございました。
 




