恋の一頁
夏休みだが、私は学校に来ていた。
部活や補習があるわけではない。図書館で本を読むためだ。
厳密には本を読むためではなく、図書委員としての仕事があるから、なのだが。
夏休みにわざわざ学校の図書館を利用する生徒は少なく、図書委員の仕事は少ないので暇なのだ。
今日も図書館にやって来た生徒は少なく、私は受付のところに座って、本を読んでいた。
「室橋さん」
「皆川くん」
名前を呼ばれて顔を上げると、クラスメイトの皆川 潤くんがいつもの人懐っこい笑顔を向けて立っていた。
「室橋さんのおすすめの本、おもしろかったよ」
「もう読んだの?はやいね」
「あんまり読まないジャンルだったけど、思いの外おもしろくってさぁ。次々ページをめくっちゃった」
自分が薦めた本を喜んでもらえると、こっちも嬉しくなってしまう。
皆川くんは、時々部活の合間や終わったあとに、こうして図書館に立ち寄ってくれる。
「室橋さん、今日は何時まで?」
「十七時までだけど」
「じゃ、一緒に帰ろうよ!俺も今日は十七時までなんだ」
「えっ?」
「終わったら来るから、ここで待ってて」
皆川くんはそれだけ言うと、図書館から出ていった。
「・・・いつも元気だなぁ。明るいし、私とは正反対」
図書館の扉のほうを見つめながら、私はそう呟いた。
「お待たせー」
図書館の扉のところで立っていると、皆川くんが走ってやってきた。
「部活お疲れさま、皆川くん」
「室橋さんこそ図書委員の仕事、お疲れさま。さ、帰ろー」
皆川くんに促されるまま、私は歩みを進めた。
「室橋さん、またおすすめの本、教えてね」
「う、うん。もちろん」
正直、男子と関わることが少ない私には、今の状況は緊張でしかなかった。あまり話が頭に入ってこない。
見た目通り、真面目な性格で友人も少ない。男子で声をかけてくれるのは皆川くんくらいだ。
だからだろうか。私が彼のことを好きなのは。
はじめて、恋というものを知った。誰かを好きになる感覚は、戸惑いもあるけれど、どこか心地よかった。
片想いでもいいから、そばにいたい。他愛のない会話をしていたい。皆川くんといられるなら、何でもいい。
私の願いは、ただそれだけだ。
そりゃあ、物語の世界のような恋をしてみたいけれど、そんなことが現実に起こり得るわけがないとわかっている。両思いなんて奇跡だ。
クラスメイトの中には誰かと交際している人もいるけれど、そうやって好きな人と交際できるのは、ほんの一握りの人だと思っている。
だって、そうでしょ?みんながみんな、好きな人と交際できるわけがないもの。そんなことができるなら、きっとみんな幸せになれる。
そうじゃないとわかっているから、私はそこまでは望まない。今の関係のままで十分だ。
主に本の話をしている間に、家の近くまで来ていた。
「あ、私、そこだから。またね、皆川くん」
「うん、また。図書館で会おうね、室橋さん」
また図書館に来てくれるということに、私は頬をほころばせた。あたりまえみたいに来てくれるので、純粋に嬉しい。
また明日、皆川くんは図書館に来てくれる。おすすめの本を探しておかなきゃ。
「忍~」
「ミコちゃん?」
学校へ向かっている途中、私の数少ない友人が声をかけてきた。
「昨日さ、皆川と帰ってたでしょ」
「えっ?」
「たまたま見かけたんだよね~。まさか、付き合ってんの?」
「そ、そんなわけないよ!私と皆川くんだよ!?」
ミコちゃんの言葉に、私は慌てて言葉を返す。
「えー、べつにお似合いだと思うけどなぁ」
そんな私に対し、ミコちゃんはユルく答える。
「ま、いいや。図書委員、頑張ってね。私は今から買い物行ってくる」
「うん。買い物、楽しんできてね」
ミコちゃんはたまたま私に声をかけただけらしく、すぐに本来の目的地へと向かっていった。
昨日の帰りに言っていた通り、皆川くんは今日も図書館に来てくれた。
「皆川くん、これ、よかったら読んでみて。皆川くん、サッカー部でしょう?この本、サッカーのお話なの」
「へー、サッカーの。室橋さんってスポーツものとか読むんだね。なんか、意外だなぁ」
「さ、最近読み始めたの」
本当は、皆川くんがサッカー部だから、サッカーもののお話を読むようになったのだけど。
「ありがとう。さっそく読んでみるよ」
皆川くんはそう言って、受付を挟んで私の前に座った。
「皆川くん、今日部活は?」
「あぁ、今日は午前だけだったんだ」
「そうなんだ。」
じゃあ、わざわざ図書館に来るために残っててくれたのか。嬉しい。
皆川くんは真剣に本を読んでいる。
その姿を見ながら、私も本を読む。皆川くんを見てばかりで、全然ページが進まなかったが。
────べつにお似合いだと思うけどなぁ
皆川くんを見ながら、ミコちゃんの言葉を思い出していた。
私と皆川くんは正反対。お似合いなわけがない。あれはただのお世辞だ。
だけど、私の好きが溢れてしまったのだ。
「────・・・好き」
無意識のうちに、口から出ていた。
私は慌てて口を塞いだが、それでは何の言い訳にもならない。
皆川くんはこちらを見ている。
「ほ、本がね。この本も好きなんだ」
焦って自分の本を前に出して顔を隠すが、皆川くんが私の手を掴んできた。
「・・・そんな顔してたら、本気にするよ?」
おそらくは赤くなっているだろう私の顔を見ながら、真剣な表情で皆川くんは言ってきた。
「俺、室橋さんのこと好きだよ。室橋さんのこと好きになったから、本のことも好きになった」
「え・・・?」
「俺、本のこと好きじゃなかった。でも、いつも楽しそうに本を読んでる室橋さんを見て、室橋さんが読んでる本を読み始めた。おもしろかったよ、どれも。そのうちに、室橋さんのことも好きになったんだ」
これは、都合の良い夢でも見ているのだろうか。
私の願望が生み出した幻だろうか。
ううん、違う。皆川くんの顔を見ればわかる。
「室橋さん、俺と付き合ってください」
「はい・・・!私も、皆川くんが好きですっ」
好きな人と付き合えるなんて奇跡だって思ってた。
でも、その奇跡が私にも起こった。
これから私たちは、恋の物語を紡いでいく。