5.偶然と
その日。
「彼」と「幼馴染」はいつものように、老人の下で話を聞いていました。
聞き初めてから、凡そ一刻程が経過した頃でしょうか。
村の方から、悲鳴と。
何やら、焦げ臭い匂いが漂ってきたのは。
「君たちは動かないように。 良いね?」
「お爺さんは?」
「様子を見てくる。 なぁに、直ぐに戻るさ。」
その状況に、真っ先に反応を示したのはやはり老人でした。
普段の襤褸のような服装の上に一枚だけ。
何処に隠していたのか、長い冬用の外套のような物を羽織り。
決して出ないように、二人へ言いつけると素早く出ていったのです。
何が起こっているのか。
どういう事態なのか。
それらを想像も、想定も、理解もできなかった二人は。
結局、言いつけを護って小屋から出て行くことはありませんでした。
――――そして、それは正しかったのです。
後から知ったことでは、ありましたが。
二人がいない間に、村で何が起こったのか。
子鬼と、魔犬による、突然の襲撃でした。
この辺りでは近年見ない二種の行動。
それは、冒険者が殲滅せずに幾らかを逃げ出させたことに因る”渡り”の影響でした。
知能を持つ種類の魔物は、決して逃しては行けないのだと。
そう、定められているにも関わらず。
「…………。」
「ぁ――――。」
それから、どれ程の時間が経ったのか。
唐突に、小屋の扉を開く音と共に老人が戻ってきました。
どうだったのか。
何が起こったのか。
それを問おうとしても、言葉が出てこずに。
咄嗟に、「幼馴染」の視線を自分で覆い隠したのです。
外套の彼方此方には、黒ずんだ液体が飛び跳ねて付着していて。
左の手の甲には、少しだけの切り傷。
そして何より、老人の瞳が暗く沈んでいるのを。
彼女に、見せたくはなかったからの行動でした。
「おかえり、なさい?」
「……ああ、ただいま。」
「幼馴染」は、「彼」のそんな気遣いを知ってか知らずか。
背中越しに、老人へと声を掛けました。
その言葉を聞いて、目の奥に光が戻ってきたのを確認し。
跳ねていた――恐怖で、震えそうになるのを抑えていたのです――胸を右手で抑えながら。
「……何が、あったんですか。」
その言葉を聞いて。
老人は、「彼」の眼を見つめました。
何かを言いたげで。
そして、それを言ってしまえば後戻りはできない。
そんな予感を覚えながら、もう一度問い掛けて。
「……災害、だよ。」
そして、一拍を置いて。
その言葉を、聞いてしまいました。
「――――村の半数が、殺された。 二人の家族も……無論。」
それが、始まり。
自分ではどうしようもなかった、災害から始まるモノガタリ。
大事なものほど零れ落ち。
自分を顧みないからこその。
終りを迎えるはずのモノガタリの、序章でした。
原案版より被害が増していますがこの辺りは最悪で進行した場合を想定しています