これが噂の異世界転生ですか⁉︎
暗転していた意識が回復し、僕はゆっくり目蓋を開く。
(……なにが、どうなった?)
最後に残っている記憶は、苛めっ子に屋上から落とされて地面にダイナミックなキスをくらわせたーーということだ。
そして今、僕は一体どこにいるのだろう?
真っ白なシーツの、ふかふかのベッドが僕を優しく受け止めている。全身を包む毛布の温もりが心地よい。
なにかホワホワした気持ちになっていると、ふとある違和感に気づく
(……僕の手、こんなに小さかったっけ?)
天井に自分の手をかざすと、そこにあったのは、
もみじのおてて
それだけじゃない、足も小さくなっていて立とうと思っても体を支えることができない。
どうなっているんだ……?
まるで、赤ん坊になったみたいだ……
状況を把握できず戸惑っていると、二人の女性がこちらに近づいてきた。
「ーーー、ーーー、ーーー」
「ー!ーーーー、ーー!」
楽しく会話しているのはわかるのだが、何語を喋っているのか全く理解できない。少なくとも日本語でないのは確かだ。二人の格好を見るに、メイドとその主人といったところだろう。
その主人の方が僕のことを持ち上げる。
(待って待って!僕は確かに細いけど、女の人に抱えられるほど軽くはないぞ!)
主人が何ともない顔で持ち上げると、子供をあやすように仕草をし始める。
持ち上げられたことで、姿が部屋にあった鏡に映る。
ここは一体どこなのか、体の違和感は何なのか?
ずっと抱いていた疑問が全て解決した。
鏡に映っているのは女主人と、彼女に抱えられた黒髪の赤ん坊
(う、うそだろぉぉぉぉぉぉぉお⁉︎)
「オギャー!オギャー!」
叫んだつもりでも、僕の口からはただの鳴き声しか聞こえない。
鏡に映る赤ん坊の姿を、僕は虚しく見ていた。
***
おちつけ、クールになるんだ!僕!
あれから、数日経ってやっと心を落ち着かせることができた。
今、自身が置かれている状況を整理するとこうだ。
殺された僕は、どういうわけか転生して赤ん坊になってしまったらしい。しかも異世界に。
ここが異世界だと理解するのに時間はかからなかった。だって、メイドの一人にケモ耳がついていたから。カチューシャとかじゃなくて、本物の動物の耳だ。
ケモ耳メイド、なんと甘美な響きだろう!僕のオタク魂が昂ぶる!
本当に夢じゃないのか
そう思い、可愛いおててでプニプニのほっぺをつねる。痛い、とても痛い。どうやら現実らしい。
しかし、こんな夢みたいな世界であっても言葉がわからなければ何もできない。
今現在も、母親と思われる女主人が僕にいろいろ話しかけてくるのだが、さっぱりわからない。
この世界で僕が最初にやらなきゃいけないのは、言語理解であろう。
言葉が分かるようになれば意思疎通が図れるし、何よりこの世界のことをより詳しく知ることができる。
だから、僕はひたすら彼女たちの声に耳を傾けて続けた。
***
転生して、約三年が過ぎた。
読み書きや会話することはまだイマイチだが、喋っている内容を理解することは大体できるようなった。
そのおかげでこの家の人達の会話から断片的な情報を得ることができるようになった。他にも実際に自分で見聞きしたりすることで、この世界についての知識を少しだが仕入れていた。
まず僕がいる場所はバーグという辺境のド田舎らしい。窓から町の様子を窺えるが、その町並みは中世ヨーロッパを思わせるものだった。
そして、そこを治める領主〝ランドルト家〟の跡継ぎとして僕は生まれた。名前は『ベーゼ』というらしい。
母親は僕の思った通り女主人で、『エルゼ』という名前だそうだ。いつも穏やかな妙齢の美女で誰よりも優しく、どんな剣呑な空気だとしても、彼女がそこに現れるとすぐに和んでしまうほどだ。
父親はこの土地の領主『ヨーゼフ=ランドルト』ガッチリした体格で、ワイルドな顎髭がとてもよく似合っている。豪放磊落な性格だが金銭管理はしっかりしており、よい統治を行うので町人達からは慕われているらしい。
あと二人とも昔は凄腕の冒険者だったらしく、今治めているこの土地はその功績を讃えられて贈られたものらしい。
こういった事を知るたびに、胸の鼓動が高まっていくのを感じられた。
俺も両親のように強くなりたい!もっとこの世界について知りたい!
日に日に強くなっていくこの願いを胸に
未だ見ぬ異世界に、想いを馳せるのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!次回投稿は1月3日、21時頃を予定しています。しばらくは毎日投稿します。