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袖振りあってさようなら

作者: なたでここ
掲載日:2017/04/21


「成人式が地域で日付違うのって、あんま知られてないよね」


きっかけもなく、友人の齋藤エリが言う。だいたいこういう時はいつものうんちく大会が始まるのだ。


「そういえばそうかもしれないね」


私にもエリにも、県外に親しい友人なんていない。ただの想像と偏見に基づく話だ。

エリは何故か得意げに、様々な地域の成人式の日取りを教えてくれた。


「東京とか都会って、成人の日にやるのが当たり前って思ってるけど、うちらは春にやるのが当たり前じゃん?」


私の住む地域は田舎で、毎年多く雪が降る。成人の日である1月なんて、振袖で歩こうものなら遭難者が出るだろう。(振袖じゃなくとも遭難あるいは行方不明になる人は毎年いる)


「気候の違いだから、仕方ないと思うよ」


「いやいや!東京と同じ日にやりたかったわけじゃないよ!むしろさ…」


エリは田舎の女子にありがちな、都会への憧れと嫉妬と、ちょっとした偏見がある。偏見といっても、高い場所になったブドウを取れないからといって酸っぱいと決めつける、あのキツネと同じタイプの偏見だ。またの名を、負け惜しみ。


「むしろ春の桜に振袖って、絶対絵になるよね!」


でも根は悪い子ではないと、みなさんにも伝わっただろうか?




ついに今年20歳を迎えた私は、成人式を目の前にして未だ片付けられないコタツでごろごろしていた。


テレビで連日振袖や新成人向けのスマホ契約プランのCMをやっていたのは、はるか昔。おかげで成人式の存在をギリギリまで忘れていた。


もちろん振袖を選び、髪型を決め、同窓会の日取りを確認し、人並みにワクワクしてはいた。

しかし、直前になってしまうとなんであんな派手な振袖を選んでしまったのか。それに反して髪飾りが地味すぎたのではないか。同窓会の会費が7000円ってちょっと高すぎなのでは。と、いろんな後悔やら反省やら焦りやらが溢れてきて


「逆に、何もしたくない…」


コタツの電源すら入っていない私の部屋はしんと静まり返っていて、自分の声が反響しそうだった。まあ、こんなぼろアパートでは反響のしようがないんだけど。専門学校に通うために家を出てから私の不摂生な生活を叱ってくれる者はなく、慰めてくれるのはお酒だけだ。


ピコンとスマホの通知が鳴る。メッセージを確認すると、エリはすでに準備万端のようで赤と黒の振袖を着て元気にピースをした写真が添付されていた。


私もそろそろ振袖の着付けと髪型のセットをしてもらいに美容院に行かなければならない。

誰に送り出されるわけでもなく、部屋を出て美容院に向かった。


美容院は成人式のために訪れている女の子でいっぱいで、なぜか自分を場違いに感じた。なにせ彼女たちはキラキラと輝いていて、肌はつやつや、ネイルはバッチリ、悩みなんて微塵もないかのような晴れやかな表情。コタツで寝てそのまま家を出てきた私は、寝癖を手櫛ですこし整えながら、太陽にさらされたドラキュラのような気分でこそこそと彼女たちの後ろを通り過ぎた。


美容師さんは笑顔で話しかけてくれるが、この営業スマイルに隠された闇を恐れて「はい」しか言えなくなってしまう。ドラキュラのくせに人間の闇を恐れるとは情けない奴め、とバッチリ鏡に映っている自分に悪態をつく。血色の悪さはドラキュラにも負けてないかもね。


髪型のセットと化粧を終えると、いくらかは息を吹き返したようだ。さすがの私も少し頬がほころんでしまう。なんだよ私、やればできるじゃないか。少しだけ姿勢を正して、キリッとした表情を作ってみる。おっ成人っぽいぞ私。


「じゃあ振袖着ましょうか!お部屋は向こうです」


美容師さんに促されて部屋を移動する。なかなかに頭が重く感じ、崩れてしまう危険を考えてさらに動きづらい。通された部屋には大きめな姿見の鏡と、私の選んだピンクの振袖、そしてやたらと風格のあるお婆さんがいた。しゃんと背筋を伸ばしたお婆さんはまっすぐ私を見ると「いい振袖を選んだね」と笑った。もう少し大人っぽい下着を履いてくればよかったと、また後悔した。


振袖を着つけられている間、すこし昔のことを思い出していた。それは中学生のころ、新しくやってきた国語の先生の話だ。その先生はかなりユーモアがあって、男子に大人気だった。なんのきっかけがあったかは定かでないが、その先生がある日、告白された際に相手を「フる」という言葉の語源について話してくれた。


「いいか男子!男子は女子をフる権利は最初から無いのだ!なぜなら"フる"の語源はな、振袖を着た女性がお見合いのとき、こっそりと遠くから袖を振って相手を断っていたところからきているからだ。振る袖のない男子は女子をフることは許されないんだぞ!」


ほんとのところ様々な説があるとは思う。でも中学生の私を納得させには十分な話ではあった。


振袖を着たと言うことは、私も立派な「袖を振る側」なのだ。振る相手なんていないんだけど。


お婆さんに苦しくない?と聞かれ、軽く体をひねってみる。なかなかお腹が苦しく、帯は叩くとコツンと音がするほど硬い。弾丸だって止められるかもしれない。


「けっこう動きづらいですね…」


「そういうものだから。これを毎日着てたんだから、昔の人ってすごいわよね」


お婆さんはぐっぐっと帯を整え、ぽんっと背中を叩いた。


「いってらっしゃい、楽しんできてね」


「…いってきます」


いってらっしゃいなんて久々に言われた気がする。すこしの照れ臭さを隠しながら、成人式へ向かった。やっぱり帯は苦しかった。


春と言えどもまだ外は肌寒い。それでもエリは勢いよくこちらに手を振ると、駆け足でやってきた。


「すっごく綺麗!ピンク似合ってるね!!」


「当然よ、私が選んだんだから」


自然と言葉が出た。気づけばこの振袖を気に入っている私がいた。


「なんか、急に大人っぽくなったよね…彼氏でもできた!?」


「まさか!それはないから!!」


「ふーん…まあ袖振り合うのも多生の縁って言うから!どっかどっかに運命は転がってるはず!たぶん!」


「袖を振り合うのも、ねぇ…」


袖振り合うのも多生の縁とは、通りすがりに袖が当たってしまった程度の相手でも、縁である。みたいな意味だった気がする。


袖を振って縁を切るが、袖を振り合うのも縁である。


この時期よく耳にする「春は別れの時期であるが、出会いの時期でもある」と似ていると思った。


「どしたの?」


「いや、ちょっと大人になったところ」


「えー!?なんでなんで!?うちを置いていかないでよー!」


賑やかすぎる友人の、悔しがる様はなかなかブサイクであった。あんまり騒ぐとメイクが崩れるよと言うと悔しそうに彼女は黙った。


彼女との出会いもまた縁だったし、さっきのお婆さんとの出会いも縁だった。美容院にいた女の子達も、ここに来るまでにすれ違った子供を抱いた女性、いまここにいる大勢の成人、その全てとの出会いが良縁であるとは限らないけれど、こんな私に訪れた縁大切にしない手はないだろう。


袖を振っていいのは女子だけだ、と先生は言ったけど、振袖を着て長い袖を振りながら歩く彼女達は確かに素敵で輝いていた。男じゃああはいかない。そのいった意味ではたしかに合っているかもしれない。


エリは帰り際私に大きく手を振った。


私も大きく手を振り返した。


何もしなくても終わりはやって来るけれど、何もしないには長すぎるほど時間があるのだ。人が出会って別れて、また出会う過程を何度経験できるのだろうか。


いつかはその出会いのなかに運命の相手なんてのも現れるのだろうか。

私は袖をぶんぶん振って、縁をかき集めておこうと思う。


いつか会える日まで、さようなら。


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