情報戦線錯綜中
「かしこまりました」
店員はそう言って調理場のほうへと向かった。
「この店、どこで知ったんだ?」
「従姉妹がおいしいと言っていたパスタ屋なの。気になっていたから入ってみたかったのよ」
「ほほう、それは楽しみだ」
僕はおしぼりを手にとり、手を拭いた。
「その従姉妹がこの前、結婚式を挙げたのよ」
「そりゃめでたい」
「私も初めての結婚式だったから色々と学ぶことができたわ」
「例えば?」
「親族の集合写真は無かったり、受付は友人たちが担当したり」
彼女は右上を見ながら言葉を続ける。
「誓いのキスをするときに司会の人が『シャッターチャンスです!』で煽ったり、披露宴を煽りながら進めたり」
「煽ってばかりだな」
「そうね。後は、友人たちの出し物の面白さだったり、結婚式一日を撮影したものを編集してその日の最後に流したりしたのはよかったね」
その最後の言葉を言った瞬間、彼女の目が変わったのを俺は見逃さなかった。
「何か不満でもあったのか?」
「良く分かったわね」
彼女は静かに続ける。
「メニューに『シェフが3時間じっくり煮込んだコンソメスープを添えた茶碗蒸し』と書かれていたのよ」
僕は静かに頷く。
「この『シェフが3時間じっくり煮込んだ』って必要ないよね。書くなら、『茶碗蒸しコンソメスープ添え』と書けば済むことでしょ」
「確かに」
「それに、シェフの頑張りに興味は無い」
シェフ、可哀想だな
「それと『秋野菜と鱸のムニエル スパニッチ風』っていうメニューの『スパニッチ風』って一体なに?」
「俺はわからないな」
「私も分からないのよ。だから、色々とそのメニュー表を見たのだけど、結局その説明はどこにもなされていなかった」
彼女はグラスの水を一気に飲み干した。
「運営する側は、相手がどんな情報を知りたいかを考えなくてはいけない! シェフについて書くスペースがあるなら、馴染みのない言葉の意味を注釈で書いておくべきよ!」
哀れだな、シェフ。
「それに、ドリンクだって聞かなければ分からない色をしているのもおかしい! だから、そういった説明書きが必要なのよ!」
彼女はそう言い終え、ピッチャーを手にとり自分のグラスに水を注いだ。
「お待たせしました~」
店員が料理を持って僕たちのテーブルにやってきた。
「カルボナーラの方」
「はい」
軽く手を挙げて応じ、店員から料理を受け取った。非常にいい匂いが鼻の中に入ってくる。
「それでは、季節の野菜を使った秋のパスタの方」
「はい」
彼女が軽く手を上げ、料理を受け取った。
その様子を僕はじっと見ながら、『季節の野菜』や『秋のパスタ』の味について考えていた。
読んでいただき、ありがとうございました。