決意の日
おっさんが帰ってきて3日が経った。
ソフィアは今日も笑顔だ。
俺はいつもの様に魔法の練習をしている。
ソフィアが家事をしている間、俺はこっそり無詠唱の魔法を使う。
だが、ここ3日俺は詠唱魔法しか使っていない。
理由はこいつだ。
赤いくま○ん、又は、俺の父親ヨギルのせいである。
こいつは帰ってきてから、俺が魔法を使うたびに近くに座り込み、
じっと俺を観察する。
初対面の時は、撃退することが最優先だったので無詠唱を使ったが、
基本的に俺が無詠唱を使うことは秘密なのだ。
なので俺は無詠唱の訓練をしていない。
そう、今俺は
『あれ?詠唱していない様に見えたけど、実は小さい声で詠唱してただけじゃね?』作戦実行中なのだ。
ふふふ。完璧な作戦だ。ヨギルもすっかり騙されているであろう。
「なあ、エミル。」
「………何?」
「なんでお前、無詠唱使わないんだ?」
「………………。」
「………………。」
「な、なんのこと?」
「………。」
ば、ばれたか?いや、そんなはずはない。
この筋肉ダルマがそんなに頭が言い訳がない。
俺の作戦は完璧だ。
ソフィアにだって無詠唱のことは気づかれていないのだから。
「あなたー、エミルー、ご飯よー。
無詠唱も今日は終わりにして、手を洗ってきなさーい。」
…………。
全てばれていた。
ソフィアは無詠唱を開発したことで王宮に魔導師として雇われたそうだ。
王国には今、100人に1人の割合で無詠唱の使い手がいるらしい。
誰だよ、詠唱するのが常識とか言ったやつ。
ぶっ飛ばすぞ。あ、ソフィアだ。
やはり俺が特別という訳ではないらしい。
最近は俺がファンタジーでも凡人であることを思い知らされる。
異世界に来てもこれだけは変わらない。
「エミル。明日出掛けるぞ。」
「…え?」
翌日、俺はヨギルに背負われ近くの山の山頂にいた。
眼下には王国が見える。
俺の家は王国の端っこにあるのだが、山の高さからか、しっかりとその姿が見える。
「エミル、見えるか?」
「……何が?」
「俺はこの国で騎士団長をしている。」
「……それはもう聞いた。」
「はは、そうだな。
…俺はこの国の剣であり盾だ。
俺には護りたいものがある。それがこの景色だ。
ここからなら何でも見える。
護るべき国も、護りたい家族が住む家も。」
「若い頃、俺は必死だった。
周りと比べ、俺は何かに劣っているとずっと思っていたんだ。
だから、必死だった。
ソフィアとはその頃に出会ったんだ。」
「あいつ、初めて会ったとき何て言ったと思う?」
「…でかいクマさんに襲われるー、かな。」
「いや、あいつ俺のこと、格好いいねって言ったんだ。」
惚気かよ。
「俺には意味が分からなかった。
その頃の俺は騎士団についていくのに必死で、いつもボロボロで
自分でも鏡を見るたびに熊が出たと驚いたもんだ。
そんな俺をあいつは格好いいって言った。」
「ソフィアは大切なもののために頑張れる人だった。
何時だって自分より誰かを優先していた。
その時俺は思ったんだ。
この人を護りたい。護れるぐらい強くなろうと。」
………。
「気づけば護りたいものは増え、目標は際限なく上がっていく。
でも、俺はそれもいいと思えた。喜んで、必死になれた。」
「……自分の力が足りなくなるかもしれないのに?」
「ああ、それでもだ。」
「…分からないよ。」
「はは、そうか、まだ分からないよな。」
護りたいものに手が届かなくなったとき、俺は諦めるのだろうか。
前の世界では、いつも諦めの連続だった。
届かない人に会うたび、俺は打ちのめされ、悲観し、手離してきた。
それが当たり前になっていた。
今はどうだろう。
おっさんに負けた時、確かに俺は挫折した。
敵わないと思った。
でも、次の日から魔法の訓練をやめる気にはなれなかった。
ならなかった。
次こそは勝つ。その為に何ができる。
そう、自然と考えることができた。
俺はこの世界に来て、何か変われたのだろうか。
俺は確かに凡人だ。未だ誇れるものはない。
でも、それでも思うんだ。
このおっさんは、格好いい。
護りたいものの為に必死になれる人は格好いいんだ。
俺は一つ、決意をした。
何かを投げ出すことはやめた。
護りたいものの為に必死に頑張ろう。
この格好いいおっさんに追い付く為に。
「母様のところに帰ろう。
…………父様。」
「…‼
…あぁ、ああ。帰ろうか。
ソフィアの待つ我が家に。」
俺はもう諦めることはない。