挫折した日
このおっさん今何て言った?
乳親?こいつの何処に俺の求める物がついていると言うのだ。
俺に乳をくれるのはソフィアだ。こいつじゃない。
実はソフィアなのか?変装する魔法だったりするのか。
はい、真面目にいきます。
父親だ。このおっさんはそう言った。
この世界に来てからの俺に父親の記憶はない。
生後まもなくから自我を持つ俺が言うのだ。
これは紛れもない事実である。
ならばこのおっさんは誰なのだろう?
パッと見たところ確かに俺と共通する部分はある。
髪の色だ。
俺の髪は赤い。
金髪のソフィアとは似ても似つかない燃えるような赤色だ。
対して、おっさんの髪も赤い。
オールバックの頭には目に痛いほど赤色が輝いている。
だが、それだけだ。
2歳児の俺にはこんな熊を思わせるような筋肉はないし、
顔だって男とは思えないほど、ソフィアに似ている。
ならば、こいつは誰なんだ。やはりソフィアか?
いかん、考えが堂々巡りしている。
落ち着こう。
仮に父親だとしよう。
父親だとして、おっさんは2年もの間何をしていたんだろう。
あんな美人な奥さんを置いて、育児が大変な時期に何を。
俺は夜、ソフィアが泣いていたのを知っている。
俺に見つからないよう、寝静まった頃にこっそりと。
ソフィアは泣いていた。
悩んでいたんだろう。
母親だけで育てることに不安もあっただろう。
俺にできたことは、これ以上ソフィアが泣かないように、
いい子にするだけだった。
許せない。
許したくない。
俺の大事な人を泣かせた奴を、許すわけにはいかない。
今の俺には力がある。
魔法という強大な力が。
倒そう。こいつをソフィアに近づけさせはしない。
俺が護るんだ。
「うぉっ‼」
おっさんは迫る岩を腰の剣で両断した。
「ま、待てエミル!落ち着け!」
構うものか。こいつを倒してソフィアを護る。
その為なら何だってできるんだ。
俺は空中に岩を量産した。
その数20。今の俺に作れる限界の数だ。
やる。やれる。
俺は一気に岩を打ち出した。
「……『飛翔剣』。」
!?
斬撃が飛んだ?なんだあれは。魔法なのか?
勢いよく打ち出された岩は飛ぶ斬撃に相殺された。
まずい!やられる!
俺は必死に魔力を操作するが、岩は作り出されない。
何度も経験した。これは枯渇だ。
魔力が枯渇すると酷い脱力感に襲われる。
今にも倒れそうだ。
くそ、俺にはできないのか。
護りたいものの一つすら、満足に護れない。
何が無詠唱だ。何が天才児だ。
やはり俺は俺でしかなかったのか。
畜生。
俺は意識を闇に落とした。
気がつくとそこは見慣れたベッドの上だった。
ソフィアと一緒にいつも寝ているベッド。
「…ん。」
「エミル!目が覚めたのね。」
「…母様。」
「庭でお昼寝なんて、風邪引くわよ。」
良かった。ソフィアが笑ってる。
そうだ、あれは夢だったんだ。
ソフィアを泣かせるやつなんていない。
最初からいなかったんだ。
「ふふ。エミル。今日はいい知らせがあるの。」
なんだろう。ソフィアが見たことのないぐらい笑顔だ。
きっといい知らせなんだろう。
「あのね、実はあなたのお父さんが帰ってきたのよ。ふふ。」
?
何だって?
「そうよね。エミルは会うの初めてだもんね。」
頭が追い付かない。
寝起きのせいではないだろう。
「今日はいっぱいご馳走つくるからね。あ、今呼ぶわ。あなたー。」
ドアが開く音がした。
「おはよう、エミル。」
髪の赤い、熊みたいなおっさんがそこにはいた。