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  #05 雅

 屋敷は広く、客間など空いている部屋は沢山あった。長羽織と袴は更衣室という名の箪笥置き場の箪笥の一つにあった、誰かが昔、使っていたであろうものを借りた。少しサイズが大きいが、そこは我慢してもらう。

 斉明の着付けが終わって、二人は集まりのある大広間へと向かっていた。

「大爺様から話は聞いた?」

 隣を歩く、頭二つは小さい少年に、雅は話かけた。

「はい。雅姉さんの事とか、大爺様がやる事とかは、一通り」

 対する斉明の反応は無機的だ。むすりともしない少年。その顔に翳りを見たのは気のせいではないだろう。両親を同時に失ったのだ。いくら賢しくてもまだ子供だ。隠そうとして、隠しきれるわけがない。

「私のことは知ってるよね。あんなことがあったから、斉明くんの護衛に就くようにって、大爺様から直々に指示があってね」

「はい……さっきは、ありがとうございました」

「いいのよ。そんなの。ところで斉明くん……ここにいる間は、どこに泊まってるの?」

「大爺様がいる地下です。同じ部屋じゃないですけど」

 世話を見ているとは言っていたが、どうやら雅が来るまで、富之自身が護衛を勤めていたらしい。よほど警戒しているようだ。

 ふと思う。なら、なぜ自分を護衛に指名したのだろうか。雅が犯人ではないというのは良いにしても、雅より富之自身の方が、作り手や追求者としての力は強大だ。比較するのも馬鹿らしい。いくら他にやる事があるとはいえ、富之自身の方がいいだろうに……。


 大広間に着くと、既に親戚一同が集まっていた。親世代……当主の富之と妻の米の二名と、子世代十名、孫世代十五名、曾孫世代十二名、合計三十九名である。

 広間を縦断する長い座卓は、会議室のテーブルを思わせる。座卓の両脇には七つの座布団が置かれ、それぞれ七人の作り手たちが腰を降ろしている。

 長男の武史の息子、洋一郎。隣には娘であり、さっき門を開けたり邸内を案内してくれた美智の姿もある。

 長男の武史よりも威厳の漂わせる男、次男の孝治。その後ろには三人の息子、正和、和良、良正が控えており、さっき廊下で斉明と一緒にいた政子も、良正の隣にいる。

 そして三男の卓造と、その一人息子、眞一。眞一は、しりとり三兄弟や洋一郎と比べると、少し若気だ。今年で三十八歳だが、既に十二になる長女、明日香(あすか)がいる。

「雅」

 呼びかけられた声の主に、雅はすぐさま返答した。

「父さん。元気?」

 雅の父は、雅より先に三日ほど前から、こちらに着いていた。いかに作り手ではないとはいえ、長男の子というだけあって、色々仕事があるのだろう。

「ああ。お前達も大丈夫か?」

「ええ。まぁ……」

 広間の端の(ふすま)が開く。現れたのは曽祖父、富之だった。肩に掛けた黒い羽織と、綺麗な艶の紫檀の杖が、当主の威厳を象徴する。

 富之は上手(かみて)――つまり会議室で言えば議長などが座っていそうな、長い座卓の短い辺の方側に座る。皆が富之の姿を見て、各々雑談を止めて上手を向く。

「雅、斉明、おぬしらはこっちに来い」

 呼びかけられて、雅は上手に移動して用意された座布団の上に足を崩す。

「よく集まったな皆の衆。早速、本題に移らせてもらう」

 特別な労いもなく本題に入る富之。不満なのは、皆の顔を見れば明らかだった。

「斉明のことじゃが……皆、斉明の両親が亡くなったのは知っておるな? 勝手じゃとは思ったが、久仁子のところで、ささやかながら通夜と式も執り行った」

 富之は、そこでいったん言葉を切る。皆の反応を見て、先を続けた。

「本来なら親族一同出席してもらうところじゃが……警察もおったし、あの場で揉めるような事があっては、万が一にも作り手のことが世間に公になりかねん……それはいいんじゃが、別に問題がある。斉明をどうするかじゃ」

 どうやら、この場で事故が意図的なものだと言うつもりはないらしい。富之は、あくまで建前を示す。

「ワシが次期当主に指名した斉明じゃが……いくらなんでも、学校の無いこの島で暮らさせるわけにはいかん。そこで、どこに住まわせるかを考えねばならん」

「それを決めるためだけに、私たちはここに呼び出されたのですか?」

 富之が話しているのに、突如割って入ったのは淳子である。雅は眉を顰めかけたが、富之は気にした様子を見せずに応じた。

「左様。跡取り候補だった者は、斉明を除いて七人おるな。孝治と卓造。子の正和、和良、良正、眞一……そして、武史の息子の洋一郎。おぬしらの誰かに引き取らせるのが良いと、ワシは考えとる。この七人はあとで、後見人に希望するかどうかの話を聞こうと思う。良いな?」

 有無は言わせぬ口調だった。半ば命令だったが、七人は特に気にした様子は見せなかった。

「そしてワシは引き取り先を決めるまでは、そちらの仕事に従事せねばならん。それまでの間は、跡取り候補との繋がりが薄い雅に、世話係をやってもらう」

 取って付けたような理由だったが、訝しこそすれ、追及する者はいない――一人を除いて。

「それはおかしくありませんか? 順当にいくなら祖父母の久仁子と紀夫(のりお)でしょう」

 やはり割って入ったのは、淳子だった。話の内容は全うだが、険しい表情で雅を睨み付けているところを見るに、さっきの事を相当根に持っているらしい。

「確かに、順当に行くならそうじゃろうが……年寄り二人には負担が多いしの。それに年頃も近いし、作る事でも話が通じる。曾孫世代では斉明も一番付き合いやすいじゃろう」

 曾孫世代で作り手の素質を持つのは、実質、斉明と雅だけである。他の子供たちは、確かにそれぞれ、それなりに別の才能を持つが、作り手に求められる『創造』と『作成』の素質に関しては、作り手は愚か、ほとんど無いとのことだった。

 淳子が返答をしないので、富之はスルーして話を締めくくる。

「まずは最初に全員で話を。それからもう一度、時間を置いて一対一で話をしようと思う。とりあえず今日は船旅で疲れておろうから皆休み、明日からにしようと思う」

 いよいよ始まる富之による斉明暗殺未遂の犯人探し。その間、斉明の命は自分が守らなければならない。雅は気を引き締めた。

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