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  #02 雅

 端子島は小さな島だ。面積は一平方キロメートルにも満たない。住人は五十人程度で、主な収入源は漁業と農業。電波の基地局は無いが、数キロ離れた別の島にはあるので、携帯電話の電波は届く。島の中の街頭は数が全く足りてないので、夜は、ほとんどが闇に包まれる。

 そんなのどかな島に数年前からやってきた上宮家は、どこまでも浮いた存在だった。山中に建てられたのは、質素な暮らしを営む島民たちとは一線を画す、庭園付きの大きな屋敷。その上、住民は屋敷に閉じこもっているので、不気味がられていた。

 本土と島をつなぐ高速船『りゅうせい』の十一時五分端子島着に乗ってやってきた十九名の旅行客の中に、上宮(みやび)という女がいた。歳は十七。小さな鼻と落ち着いた目付きからか、二十代前半に見られることも多い。腰まである黒髪が、見る者に一層大人びた印象を与える。

 到着早々、雅は不機嫌だった。なにが『波は大した事ない』だ。瀬戸内海だろうがなんだろうが、雅の体質には全く関係がなかった。

 気分が悪くなって、酔いにくいとされる後部デッキに移動した。が、エンジンの振動はボルトで固定されたベンチをマナーモードよろしく震わせ、騒音はパチンコ店並だった。そんな悪辣な環境だったが、無人で、しかも涼しかったから、そこで一時間ほど過ごすことで、嘔吐感からは、なんとか逃れる事ができた。

「大爺様も、なんでこんな辺鄙な場所に屋敷を構えたのかしらね。船、酔いそうだったわ」

 山に建てられた屋敷を眺めながら、雅が忌ま忌ましそうに毒づいた。

「人目につきにくいからかな。一つ分かるのは、大爺様は何か企んでるってことだ。夏休みにこうして親族全員を集めたのも、それが理由だろうし」

 答えたのは、雅の兄の亮平(りょうへい)だった。歳は二十五。ここほどではないが田舎な地域で、相応の小さな企業に勤めている。

「でもどうせ、話に上がるのは作り手の人達だけでしょう? 私達、関係ないじゃない。兄さんにも才能は無かったんだし」

 作り手。それは上宮の家を継ぐ上で絶対に必要な『作る』才能を持つ者の呼称で『追求者』と呼ばれる者の一つに部類される。

 作り手とは、ただ何かを作るという意味ではない。もっと異質で奇怪な力であることは、上宮の人間であれば承知している。

「そうだよな……まったく、あの人の考えてる事は分らん」

 旅行客のほとんどは、上宮家に向かう人間ばかりだった。その全員が上宮の血族である。坂を上る二十名近い人の流れは、さながら縮小された大名行列のようだった。

 十分ほど坂道を登って、ようやく屋敷に辿り着く。

 屋敷は、五メートルはありそうな樫の塀で囲まれていた。門の扉には竜と虎の彫刻が施され、重厚な威圧感を倍増させている。

 行列の先頭にいた男性が門を叩く。

「まったく、お爺様も何を考えているのやら……」

 すぐに門が開かないからか、自然と与太話が始まっていた。

「そうねぇ。子供まで連れて来させて……まぁ、斉明くんじゃあるまいし、勤めを手伝わされることはないでしょうけど」

「斉明くんっていうと……どこのかいねぇ……?」

「ホラ、あれよ。久仁子伯母様の里奈ちゃんトコの……」

「ああ、あの若夫婦の子か」

「そうそう。最近、事故に遭って……。気の毒にねぇ」

 近くにいる夫婦の話し声が聞こえた。他の人達もそれぞれ会話に花を咲かせている。

「それにしても、こんな辺鄙な島に……ウチの家内が子供を身篭った時、ここに住まわせるから、色々と大変でしたよ」

「うちもだよ……というか、曾孫は皆そうだっただろう。生まれる直前には本土に戻らせてくれるとはいえ……けど、どうしてあんなことを?」

「委員会に目をつけられないようにでしょう。上宮の子孫の事を探られるのが、嫌だったのでは?」

「なるほど。そういう考えもあるな。『三家交配』の話も、結局、委員会には知らせずじまいだったし……」

 男性二人が、そんな事を呟いていた。盗み聞きをしていた亮平が神妙な顔をして、雅に耳打ちする。

「なんて裁定委員会(さいていいいんかい)が出てくるんだ? 別に追求者同士の契約は、委員会に知らせなくっていいはずだろう?」

 確かに変だ、と雅は思った。

 裁定委員会。それは追求者達の力が衰退するのを防ぐために活動している組織であり、主な仕事は、追求者社会全体にとって悪影響だと判断された追求者の裁定や、その他のトラブルを解決することだ。

 追求者とは、解脱の対となる『解創』によって自由を得ようとする者のことだ。

 解脱が、この世から離れる事で自由になるのに対し、解創は、この世に新たな規律を作って自由になること、および規律そのものを指す。

 この規律とは、目的を達成する為の指向性がある力を示す言葉だ。つまり有り体に言えば解創とは、ありとあらゆる願いや道具を指す言葉である。だが普通の道具と区別する意味で、一般人ないし科学的なものではない、『追求者などが持つ独自の力』を指すものとして、解創という言葉は使われる。

 解創を作り使うのは解脱者(げだつしゃ)の対となる解創者(かいそうしゃ)という者たちだ。彼らは、ある願いをどこまでも祈り、求め続ける事で、己の業を極限まで深める。すると自分自身に解創を宿し(作り)、願いを果たせる力を得る。だが代償として、それ以外の事に関心を無くす。最高の自由を既に得たのだから、わざわざ他の事で悩もうとは思わないのだ。

 そんな彼らの発見から、追求者は生まれた。『解創を追求する』という目的を持つ追求者にとって、一つの解創ばかり研究して、自分が解創者になってしまうと、他の解創が研究できないので、問題になる。よって解創は自分ではなく、道具に宿す。そうすることで、自分自身が解創者になってしまうのを防いでいる。

 そして追求者は大きく二つ、『作り手』と『使い手』の二種類に分類される。

 作り手は解創を『作ること』にこそ自由があるとし、使い手は解創を『使うこと』に自由があるとする。作り手は作るのが目的なのに対し、使い手は解創を使うのを目的とする。それも人前で使う輩がいるため、一般社会に解創が漏れてしまうリスクがある。

 一般社会に解創が知られると、解創が追求者だけのものでなくなる、すなわち追求者の優位性と存在価値がなくなってしまう。それは追求者社会全体にとって悪影響となるので、裁定委員会は一般社会に解創を漏らさんとする使い手主義の追求者を裁定するのだ。つまり作り手主義の上宮家が狙われることは基本的にない。

 だが、男性二人の会話から察するに、それ以外の理由があるとすれば、上宮家がやることが、追求者全てに悪影響を及ぼし、追求者社会全体の力の低下を招く事態だと判断された場合である。

「もしかして『三家交配』の話が委員会に漏れるのを、大爺様は恐れたのか?」

「かもね。けど『三家交配』は結局……」

 まもなく門が開き、幼げな一人の少女が現れた。雅の従兄弟の美智(みち)だ。年は十五。年齢は雅とそれほど離れていないので、子供の頃はよく遊んだ記憶がある。ただの親戚の集まりとはいえ、作り手に関する事柄とあって、普段着ではなく学校の制服だった。

 雅は、自分たちの格好が恥ずかしくなった。二人はTシャツやジーンズといったカジュアルな服装だ。そういえば他の親族達もスーツや礼服だ。大人と子供では事情が違う、と無意識に思っていたが、どうやら甘かったらしい。

「お待ちしておりました」

 美智の口調は、どことなく緊張気味だった。周りは「美智ちゃん大きくなったわねー」などと言いながら、おのおの屋敷の敷地内に入っていく。

「久しぶり美智ちゃん。それ高校の制服? 似合ってるわね」

 最後尾の雅が、門を閉める美智に声を掛けた。

「うん。久しぶり雅姉さん」

「いつから、こっちに?」

 親戚一同、いつもこの島の屋敷にいるわけではない。いつもここにいるのは、雅の曽祖父にあたる富之と、曾祖母にあたる(よね)だけである。

「一昨日だよ。お父さんとお母さんも一緒。そういえば雅姉さん、どうしてお父さんとかと一緒じゃなかったの? 栄太郎(えいたろう)伯父さんと千恵子(ちえこ)伯母さん、昨日来たけど」

「ああ。学校で色々あってね。兄さんも有給取ったりとか、やらなきゃいけないことがあって、今日にずれ込んだのよ」

 雅と美智が仲良く話していると、難しい顔をして亮平が言った。

「大きくなったなぁ。いつぶりだっけ? 前はこんなだったのに」

 亮平が自分の腰くらいの高さに手をやる。それは大げさだろうと雅は苦笑いした。

「ああ、亮平さん、ご無沙汰しております」

「俺には余所余所しいのな」

 美智が楽しそうにクスクスと笑った。雅もつられて笑った。

 小さな庭園を通り過ぎて玄関に向かう。雅は大爺様の能力を知っているので、この程度の広さの庭しかないとは思えず、違和感を覚えた。

「庭ってここだけ?」

 雅が呟くと、美智が返答する。

「いや、中に入ったら、もっと大きいのが見れるよ」

 そういえば、と雅は昔の事を思い出す。兄には聞かれないように細心の注意を払いながら、雅は美智の耳元で囁く。

「ねぇ、兄さんのことは、まだ好きなの?」

「ええっ! いつの話してるの!」

 あからさまに顔を赤らめる。どうやら、まだ未練くらいはあるらしい。兄は幸せ者のようだ。当の本人は、雅の後ろでキョトンとしていた。


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