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  #07 雅

 それは地獄だった。

 顔を見知った親族達が、火炎に包まれ、串刺しにされて燃え上がる。思わず目を逸らしたくなる光景だったが、ここから何か情報を手に入れなければ、自分を、斉明を守れない。生き延びられない。

 祖父の武史の顔が燃える。老体に鞭を打って、裸足で外に出た祖母の菊枝が、勢いあまって地面に転がると、次の瞬間、火矢の雨に包まれた。雅の手は、冷たく震えていた。

 成人の男性が、子供を抱えて火の中から出てくるのが見えた。抱えられているのは、良正の娘の萌だ……男は良正ではない。さっき屋敷の中で既に燃えているのを、雅は確認していた。

 誰かが助けた――そしてそれが、誰か分かった。裁定員に取り囲まれ、男は子供を降ろされる。その瞬間、男が炎に包まれた。

「ぉ――ッ」

 お父さん――そう呼びそうになって、強く唇を噛んで堪えた。斉明がこの場にいる。気を遣わせて、彼の思考を妨げるような事があってはならない……理性が本能に勝り、感情的な絶叫を押さえ込んだ。

 倒れてはいけない――壁にもたれ掛かる――おそらく母も、父と同じような目に……。

 ふと、気づいた事があった。萌を降ろしてから父は殺された……だが、萌はどうだ? 『庭園の眼』の視界を確保する。外の庭で、萌は裁定員に脅されてはいるものの、殺されてはいない。直接的な暴力も、ふるわれていない。

 可能性はある。雅は思った。裁定委員会は、大人を殺すつもりはあっても、子供を殺すつもりは無いのかも知れない。どういう理由かは知らないが、今はどうでも良い。生き残るためには、どんな手段でも使うべき――。

「斉明くん、大人はやられてるけど、子供は危害を加えられてないわ」

 斉明は「本当ですか?」と確認を取った。頷くと、斉明は神妙に考え込む。

「すぐに出ましょう……」

 重い足取りで、二人は地獄と化した一階に上がる。覚悟していたとはいえ、火は、かなりのところまで伸びていた。天井もほとんど燃えている。狭い廊下ということもあり、かなりの圧迫感を覚えた。

「すぐに出ま……」

 斉明が突如、立ち止まった。

「ああ、斉明くん」

 呼びかける声は、どこかしわがれていた。

「正和さん……」

 孝治の息子、しりとり三兄弟の長男。齢にして五十。健を一人息子に持つ作り手だ。

 顔は、かなりやつれていた。やつれない方が無理と言えばそうなのだが……この陰鬱とした空気を象徴するように、正和の手には、自衛用と思しき牛刀が握られている。刃渡りにして三十センチはあろうか。

 焼ける空気に焦りを覚えつつ、言い知れぬ悪寒に、斉明も雅も目を逸らせない。

「君が悪いとは言わない。けど……君がいなければ、こうはならなかった……違うか?」

 まだ何も分かっていない斉明と雅は、どう答えていいか分からなかった。

「違うかっつってんだよ!」

 般若の如く歪む形相に、もはや親族の叔父としての色は、欠片も残っていなかった。怒気に発破を掛けられて、亡者の如く斉明に迫り来る。

「下がって!」

 正和の怒声が炎の中に響くのと、雅が斉明を下げ、前に出たのは同時。

 衝突する互いの得物――雅は得物の長さを活かして、正和を斉明から遠ざける。

 雅が持つ長柄の得物、それはハルバードだった。槍の刺突と、斧状の刃による斬撃、斧の逆には鉤爪があるのだが、今回は簡略化されており、反対も同じ斧状の刃である。その多機能を使いこなすためには、それなりの錬度が必要である。

 今回についても同様で、簡略化されている部分を差し引いても、扱うには訓練が必要だった。

 だが雅は、それを持ち前の『使う』才能で補っていた。

 ――殺さなくていい、戦わなくていい、倒さなくていい!

 自分自身に言い聞かせると、刃と刃を切り結んでいた状態から、腕力に物を言わせて押し返し、あろうことか、大振りに横なぎに払う。

 軌道上には柱がある。横に弧を描き――正和が、条件反射で防ぎに入った。

 衝撃は幻ではない。斧の下、柄の部分が、的確に正和の米噛みを捉えていた。牛刀で防がなかったら、一発で昏倒させられただろう。

「馬鹿な……!」

 正和が視線を走らせた方向を、雅も見る。横に払われたというのに、柱には、一つの傷も見当たらない。

 正和は真相に至らないが、使い手である雅には、当然、どういうことか分かっている。

 柄には大量の肉抜きが施されており、堅牢性に欠ける一方、軽量化に一役買っていた。だが、それだけではない。斉明の『通過』のイメージの強化……すなわち解創を為すための、重要なファクターとして機能していた。

 肉抜き、穴による通過。肉抜きは一定方向だけなので、側面なら『通過』は発生せず、柄で打撃などを受け止められる。

 雅はさらに一発打撃を加える。そもそも武具でない牛刀で闘うなど無茶な話だ。力任せに叩き割る一撃だったが、それで十分だった。女子高生の膂力とは思えない一撃が、正和を横殴りにし、防がざるを得なかった牛刀を叩き割る。

「く、くそっ……!」

 凶器を無くせば無力化できる――その雅の甘い認識に付け込むように、正和が素手で突進してきた。

 ――しまっ……!

 自分の身を、斉明を、守らなくてはいけない――そんな意思が、反射的に雅の『使う』才能を発揮させ、ハルバードの先端を、従兄弟叔父(いとこおじ)の腹に突き刺していた。

「え……?」

 疑問の声は自分のもの。続いて視界に映る景色が理解される。

 上宮雅は、上宮正和を刺した――その事実が、やっとのことで分かった。 

 今更になって、ずるりと肉を突き刺す刃の感触が、ハッキリと感じ取れた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 理由があっても、謝らずにはいられなかった。これほどまでに、人を傷つけるのが恐ろしいとは思っていなかった。

「どうしよう……どうしよう……」

 硬直したまま動けなかった? 刃は抜いていいんだっけ? 止血はどうするんだっけ? 外に出すにはどうしたらいい? 周りは火事だ。どうやって助けたら……。

 パニックに陥りかけていたその時、背中を軽く叩かれた。驚いて振り返る。当然、そこには斉明がいた。自分の所業を思い出し、震えて力が抜けそうになる。罪悪感から、目の前の子供を直視できなくなる。首がまともに動かないと、焦点をズラして見ないようにするのだと、雅は初めて知った。

 だが斉明は否定するように、首を横に振った。

「雅姉さんのせいじゃないです」

「どうしたらいい? 私……」

 ――何を言っているのだろう? なんで斉明くんに助けを求めてるんだろう? いや、従えばいいんだ……。

 混乱する雅とは対照的に、斉明は冷静だった。彼は目を伏せる。

「手、放してください」

 赤く燃える火に照らされた少年は、冷たい表情で言った。斉明が静かにいてくれるからか、少し冷静になれた気がした。

 僅かな躊躇があったが、斉明が手首を握ってくれて、その温かみから放せた。重い音がして洋風の槍の柄が落ちる。斉明が、ぐい、っと腕を引っ張って、雅を後ろに向ける。どすんという音が後ろで聞こえた。

「行きましょう。雅姉さんは、なにも悪い事はしてません。僕を守ってくれたんです。あれは事故だったんです…………口に出して言ってみてください。あれは事故だったって」

「あれは事故だった……?」

 斉明は、さっきの光景を悪夢として消し去るような、柔らかな表情をしていた。

「そうです。行きましょう」

 斉明が雅の手を取ったまま歩き出す。雅は、つい問うてしまう。

「あ、正和さんは……」

「置いて行きます」

 ぞっとした。この火の中で取り残されたら……。

「そんな死……」

 雅が言い切る前に、斉明が口止めするように()くし立てる。

「あれは事故だったんです。今やることを考えてください。口、布か何かで覆って、煙を吸わないようにして下さい。できますか?」

 逃避のための問いだ。その真意は頭で考えず、雅は言われた問題を解決できるかと、固まりかけた頭を巡らせる。

「シャツの袖でいいかな?」

「十分です。じゃあ、行きましょう。とりあえず東棟に逃げましょう。逃げ込む場所が、ある筈です」

 口を押さえると、とたんに斉明は踏み出した。後ろで、黒い何かが、雅を呪うイメージ浮かんだ。

 びくりと震えた。それだけで雅の状態が分かったらしい。斉明が涼しい声で呟いた。

「不安になったら、唱えて下さい。あれは事故だった、って」

 そう断じる斉明の表情は、柔らかくも厳しくて――それゆえに、雅の中で責任転嫁する理由になった。自分よりしっかりしている人になら、縋っても良い気がした。

「…………あれは事故だった、あれは事故だった、あれは事故だった……」

 自分の声が、自分の声として聞こえない。気持ち悪い女の声が、鼓膜に響いている。

 誰かの指示だからやってるんだ――その言い訳が、声を出す正当性になって、雅が壊れるのを食い止めていた。

お詫び


先週の土曜日分が上がっていませんでした。すみません。

今週は、金、土、日と上げさせていただきます。

時間はすべて22時です。


これからもよろしくお願いします。


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