#19 大船
牧野の手術の間も、状況は目まぐるしい推移を辿った。
まず医療チームによって、負傷した牧野は専用の施設に搬送。そして情報部一課の課長が、二課の情報員の事情聴取を受けることになった。
説明できることは少なかった。話していたら牧野が突然倒れた。周囲に襲撃者らしき人間は見当たらなかった。それだけだった。
そして現在は上層部によって、緊急の上宮家対策会議が催されていた。
「周囲の人間に、解創の事は漏れてないのか?」
場所は、委員会のスポンサーによって貸し出されている、とある場所の会議室。床には灰色のカーペットが敷かれ、エグゼティブ風の会議用テーブルを、椅子に座った男たちが囲んでいた。下座に大船は立たされ、説明と質疑応答をさせられていた。
「牧野の負傷は隠しきれませんでした。しかし対応については問題ありません。私が医療チームへ連絡。港の職員に異常こそ察知されましたが、説明を行い、一般医療施設への連絡もさせておりません」
大船の迅速な対応によって、解創が漏れる可能性は、最小限に止めることができた。
「衆人環視の中での解創の使用……上宮め、そこまでやるのか……?」
テーブルを囲む上層部のうちの一人が嘯いた。一般への可能性を考慮しない解創の使用、および作成は、それだけで十分に裁定対象となりえるのだ。
「だが、大船課長は犯人を目撃していないのだろう? 上宮以外の第三者による可能性が、まだ残っている」
一人が疑問を呈すると、向かいから怒声が響いた。
「なにを惚気た事を! この切迫した状況で、暢気に通常通り捜査して、正式な手続きをしろと言うのか!」
「なら状況証拠だけで動けと!?」
対する反応も負けていなかった。両者の言い分は、どちらも一理あった。状況は混乱しているが、下手に急いで対応を誤ると、おかしなことになる。だが暢気に構えていては、見逃してしまうことになりかねず、他の追求者からの反発が予想される。
解創の露呈はないにせよ、このままおめおめと上宮の所業を放置すれば、裁定委員会の信頼と権威の失墜は避けられない。それならば上宮へ報復した方が遥かにマシ――というのが会議の雰囲気だった。
「大船くん。犯人の確保について、なにか対応は?」
「はい、既に実働部第一課から三課が、合同で包囲網を展開しております。ただ……あまり期待は出来ません」
解創を漏らさないという条件を付ける以上、派手に動くことは出来ない。よって活動は限定される。包囲網が有効かと言われると、微妙なところだった。そもそも犯人を見ていないのだから、向こうがもう一度解創を行使しないことには、発見のしようが無い。
裁定委員会の活動方針は『情報部がトラブルを事前に摘み取り、必要があれば実働部が介入する』というやり方だ。問題が問題として表面化する前に火消しを行う。これによって、秘密を秘密のままに処理できる。だが一度火の手が上がった場合、事故などに見せかける偽装工作を優先するため、原因解決が二の次になる。――それが、事が起こってしまうと対症療法しかできない裁定委員会の活動の限界だった。
「それで? 上宮からの要求は?」
「もともと、富之氏からの要求はありました。一つは事前に皆様に連絡していたとおり、逝去した上宮富之当主から、上宮斉明殺害未遂事件の犯人が、上宮富之の長男にあたる武史、その次男の洋一郎と判明したこと。そしてもう一つが、次期当主となる上宮斉明の後見人の選抜を、裁定委員会に依頼するというものです。しかし……」
「当主の富之が死んだ途端、上宮家は、それをひっくり返したと……」
「左様でございます。上宮家の現当主、富之の死亡、および上宮斉明殺害未遂事件の犯人が死亡したという連絡がありました。彼は富之と矛を交え、その結果両名が死亡。邸内で本人自筆の遺書が発見されたとの事です」
「富之氏が洋一郎に暗殺されて死んだ? 襲った洋一郎も? 話が出来すぎてる」
聞いていた上層部の一人が吐き捨てた。
「おそらく上宮斉明の後見人を、委員会に選抜させることを恐れたのでしょう。どれだけこちらで見繕っても、上宮が差し出さないのであれば、どうにもならない」
「殺害未遂の犯人が見つかったから、後見人を委員会に頼む理由は無くなったと言いたいわけだ」
これは、斉明を委員会に取られたり、懐柔されるわけにはいかないという、上宮側の意思表明に等しい。
「それで? 情報員の傷害の件については?」
「まだ出ていませんが、こちらで接触を図っています」
上宮家への連絡は、石橋と渡辺に任せていた。取れたら知らせろと言ってあるが、まだ連絡は無い。
「要求を知ったところでどうしろと? ここで譲歩すれば、他の追求者からの反発も懸念されます」
上層部の中の一人が言った。
裁定委員会によって守られている追求者もいる一方、裁定委員会のせいで押さえ込まれ、自由な追求活動が行えていない者も大勢いる。それでも委員会は、解創漏洩のリスクが大きすぎる活動は押さえ込まなくてはいけなかった。
だが、今回は状況が状況だ。大船は、もっとも重要視するべき事柄を意見する。
「確かにそれもあると思いますが、上宮家次期当主候補、上宮斉明の生命の保証を、最優先とすべきかと思います」
「上宮の神童か……」
一人が神妙に嘯いた。上宮斉明という次期当主候補、その異様な才能は追求者の中だけでなく、委員会でも噂になっていた。
「彼の損失が、解創の世において損失となりえるか?」
なり得ます、と先に肯定してから、大船は理由を述べる。
「作り手主義の追求者としても有名な上宮において、ことさらに作る才能に突出した追求者です。彼の作り出すものは、未来の追求者にとって、大きな利益となるでしょう」
裁定委員会は、委員会に提供された追求者の作成物である『参考資本』と言われるものを管理し、希望する追求者に譲渡ないし貸与する、ということを行っている。追求者同士の意見交換は、話し合いなどより、互いの作成物を交換するのが一番手っ取り早いのだ。
そこに『上宮の神童』というブランド物が加われば、裁定委員会を支持する追求者の増加が期待できる。
「上宮の神童――解創社会に不可欠な存在だ。是が非でも生きたままに奪い返す必要がある。そしてそれを妨害し、その上、一般社会へ漏洩しかねない解創行使の疑いが生じた以上、上宮家は、反対勢力として矛を交える必要がある」
解創行使については、未だ疑いの域を脱さない。しかし上宮富之の死に伴い発表された文書の内容は一方的であり、上宮斉明という貴重な人材の処遇を、当主の遺志を無視して決め付けるのは、牽強付会も甚だしい。さらに使者に対して攻撃するという報復行為は話し合いに応じる気はないと宣言しているに等しく、実力を行使して対応する他ない。
「上宮斉明の保護、および上宮斉明以外の上宮家の追求者への裁定を敢行する」
会議室が拍手で満たされる。賛成多数――ここに結論は出た。
「しかし、実際の裁定は、どこの課が行いますか?」
実働部の一課から三課は、現在、情報員傷害の犯人を捕まえるべく、出払っている。
「それですが……私めに愚策があります」
大船が申し出ると、上層部の一人が即座に応じる。
「なんだね?」
「第十六課に任せてはどうでしょう?」
大船の発言に、皆が一様にがざわついた。
裁定委員会実働部第十六課。最近になって新設された課である。とある腕利きの実働部副課長と、彼女を従えていた課長の強い希望、および実働部部長からの推薦があり、替えのきかない彼女の実力を発揮するには、専用の部下が必要だと判断されて創設された、いわば『彼女のための部隊』。だが、手綱を握れなくなる事を恐れた上層部は、今まで、ひたすらに待機させていた。
「だが……問題は無いのか?」
上層部のうちの一人は、焦りを隠せていなかった。彼らにとっては、上宮という問題を解決させる救いというより、新たな問題が表れたようなものだろう。
上宮の問題が一気に片付くか、それとも問題が倍に増えるか、そういうギャンブルだ。このままでは納得もしないだろう。だが大船には考えがあった。
「失敗すれば、十六課を解散させる口実になりえます。『実力を出す』彼女に必要だと判断されて新設されたのが十六課です。つまり実力が出せないと判断されれば、彼女を切ることも可能なのです」
表なら上宮が解決し他に問題は無く、裏なら目の上のタンコブならぬ、目の下のタンコブが取り除ける――少なくとも、どちらか一方は解決する。こうなれば、あとはやりたい放題だった。唯一怖いのは、目を伏せ、沈黙を続ける実働部部長だったが、大船は彼が入ってこれないよう、慎重に言葉を選んで、話を進めた。
「で……任せられるのか? 話を聞いてみないことには……」
「既に呼び出しております。入れますか?」
「ああ……」
あまりの用意の良さに、皆が閉口していた。大船は一度外に出て、待っていた人物を招き入れる。
その人物は、女にしては、それなりに長身……一七〇にギリギリ届かない程度の背丈だった。
重々しくも凛々しい、見る者全てを平等に圧倒する雰囲気を漂わせていた。空気は冬のように張り詰め、厳粛でありつつ威圧的だ。
黒い髪はショートカット。特徴的な大きな目は、猫科の肉食獣を想起させる。細身な身体のラインを見れば女豹のようだが、雰囲気を考慮すれば百獣の王以外にはありえない。
普段は白いカッターシャツに黒のスラックスという格好だが、今日は正式な場ということもあり、黒いスーツを着て、ネクタイを締めていた。女性の正装は本来、パンツスーツではなくスカートだが、パンツスーツが、あまりに似合いすぎているためか、それとも触らぬ神に祟りなしといったところか……誰も口出ししなかった。
「裁定委員会実働部、第十六課課長、鶴野温実、ただいま参りました」
その見た目に相違ない、凛々しく厳しい声色で、女は名乗りを上げた。
「ではアツミン……失礼、鶴野課長、あらましは説明したと思いますが……可能か不可能か、率直な意見を述べてください」
大船が、ついオチャラけた物言いをしてしまったが、温実が間髪入れずに続けて誤魔化す。
「可能です。ただし条件があります」
「なんだね?」
「目標以外の生死を問わないことです」
温実が、そこで一拍置いた。
「下手に交渉を行えば、上宮側にこちらの狙い……目標の保護が露呈します。交渉を有利に進められ、譲歩を与えてしまう事態は避けなければなりません。よって先手を打って上宮邸に侵入、目標確保までに遭遇した者は速やかに対処し、目標を確保し次第、目標以外の危険因子の殲滅戦に移行します」
それは皆が考えていたものより、遥かに過激な作戦だった。
「目標以外の殲滅の理由は二つ。一つは上宮家による委員会への謀反の芽を、これを機に早急に摘むため。もう一つは危険因子……つまり上宮の大人全てを排除することによって、上宮の子世代を、裁定委員会によって保護できるためです」
あまりに衝撃的な内容だったためか、一人の男が挙手して発言した。
「待ってくれ。上宮家には作り手……追求者ではない大人もいる筈だが、それも殺すのか?」
「そのとおりです。この作戦によって、大人たちには裁定委員会に対して、反対意識が湧くでしょう。保護下にいる子供への影響は避けられません。反対意識を持った子供が、今後に同じようなことをしないとも限らない。よって、今から子供たちに『正しい』知識を身につけてさせる為にも、人事部に後見人を選抜させ教育を施すのが、もっとも効率の良い方法です」
正しいという部分を、ことさらに強調する。その単語は『都合の良い』に言い換えられる。
「もっとも……人事部が選べないというのでしたら、それも私がやりますが」
やるというのが、選抜ではなく後見人そのものである事は、誰の目にも明らかだった。誰もが互いに目を見合わせる中、一人の男が話題を変える。
「それだけの虐殺を……どう誤魔化すつもりだ?」
「火事に見せかけて焼失させます。既に準備は整っております。第十六課、いつでも作戦実行可能です。詳細はこちらに」
A4用紙をホチキスで留めた資料だった。枚数にして三十ページにも満たず、文字間に適度な間隔もあって、比較的簡素に見える。一方、あらゆる事態を想定しつつも内容には具体性があり、無理も矛盾も無かった。
一通り目を通すだけの時間を与えてから、大船は言う。
「では皆様、この作戦に賛成の方は拍手を」
再び湧く拍手――作戦決行は可決された。
こうして、物語は始まる。題名は――
ひれ欠けた鯉の滝登り ~上宮家殲滅編~
鶴野温実は前作「ハニーポット」の第六章にも登場しております。
もしよろしければ、そちらもお読みください
※ネタバレの関係で、できれば1章から読む事をお勧めします




