#15 孝治
富之が死亡した次の日、孝治は、簡単な作業から進めていった。
まずは孝治の母、米の口止めだ。裁定委員会からの事情聴取があった時には、余計な事は言わないようにと言っておく。色々カマを掛けてみるが、どうやら何も知りそうにない。やはり富之は、作り手の勤めは自分だけで行い、手伝いなどはさせていなかったようだ。
正和と和良の文章が出来るまでの間、孝治は現場検証に赴く。通路は未だに異臭が漂っており、物々しい雰囲気は消えていなかった。
――しかし……不自然な点がいくつか……。
どうにかして部屋移動の解創を止めたいところだが、本人が死亡した今、道具はそのままだ。現場に行くと、どうしても部屋や廊下の位置が変わってしまうので、最初にあったであろう位置を予想して捜査するしかなかった。
最初に戦闘があったと思われる場所から遺体がある行き止まりまでのルートの、かなり広範囲にわたって、床が焦げている。まるで焼けた足で歩いたようだ。……なんで、こんなことをしたのだろうか?
――足跡……?
可能性を考えるうち、その結論に至った。それはあるなと思った。足跡の大きさ、形、重心の偏りなどから、個人を特定することはできる。そのため犯人が、あとから意図的に消したのだろう。これも洋一郎がやった事にすればいい。
――不意打ちに成功し、富之が重傷を追って逃げ、洋一郎による追撃戦……最終的に追い詰められて反撃、相打ちとなった……筋書きは良いだろう。
問題は、説得力を持たせられるかだが、そこは卓造と良正に掛かっている。
現場を探ってみたが、これ以上、手がかりが見つかるとも思えなかったので、各人の進捗を把握する事にした。
まずは正和と和良の自室に行く。正和と良正が内容を吟味し、文章に起こしていた。正式な文である以上、電子メールなどで済ませられるものではない。あて先は、裁定委員会情報部第一課課長の自宅である。
「文章の方はどうだ?」
「ええ。大方。これでどうでしょう」
内容は要約すれば、昨日和良が言ったとおり、現当主死亡と、以前の上宮当主候補殺害未遂の犯人が見つかり、その犯人も死亡したため、勝手ながら後見人選抜の依頼は見直させて欲しいという内容。詳細にも不備はないだろう。次の船で投函するように指示する。現在時刻は午前十時、次の船は午前十一時二十分着があるはずだ。島で島外への郵便物は、唯一の交通手段である高速船に預けるようになっている。一度郵便局を迂回するはずなので、届くのは早くても、明日の朝になるだろう。
次に卓造の元に行く。卓造の自室は、誰かの自筆の手記などが床に置かれていた。
「調子はどうだ?」
「まずまずってところですわ。麗子さんに言うて、色々文書をもらってきましてね。その中に遺書らしきものがないか探しておりますよ」
もちろん嘘である。筆跡を真似るためだろう。盗聴を気にしての建前だ。
「斉明殺害未遂の件、洋一郎がした事について、彼女は何か知っているようだったか?」
「いえ何も。ということは富之の爺を殺そうとしとったかどうかも、何も知らん言うことですなぁ」
――つまり麗子に対しては、いくらでも誤魔化せるということか……。
夫を加害者にされる妻と娘に同情を禁じえないが、やむを得まい。これも上宮の未来のためである――そして、そのためには、孝治が本当の真実を暴くことも必要だ。
「ところで、文書の方はどうなったんです?」
「ああ。既に完成しているから次の船で出すよ」
「それなんですけど……当主でもない人間の言い分を、委員会が聞きますかね?」
卓造の心配は杞憂だ。孝治は首を横に振った。
「既に当主は死亡している。だが、次期当主は任命されていない。事前告知が行われただけだ。斉明はあくまで、次期当主候補の一人に過ぎない。それは私も同じだが、年齢に実力を鑑みれば、実質の最高実力者……無碍には出来ない」
そして、話し合いのためにも委員会は、情報員などの使いを寄越してくるだろう。電話で話すような内容ではないし、一緒に現場の状況を見せろと言う筈だ。だが文書を見てから使いを出すなら、最低でも半日は掛かる。その時には、すでに遺書の偽装は終わっている……。
――時間を稼いだ甲斐があったというものだ。
時計による『停滞』の解創によって、その間に死体の腐食が酷くなるということもない。全ては、滞りなく進んでいる。あと心配するべきは、良正だけだ。
卓造の自室から出て、良正のところに赴く。
委員会にせよ麗子にせよ、誤魔化すためには彼の解創が鍵となるが……。
「良正、調子はどうだ?」
部屋に入ると、良正は、元気の無さそうな顔で首を横に振った。
「あまり……富之お爺様の死因は焼死です。しかし致命傷ではありませんが右腕の欠損が見られます。ただ……あの火力で、右腕だけとれるというのはおかしい。となると、解創は最低でも二つあったことになります」
確かに、洋一郎は富之を燃やせるような道具も、腕を飛ばせるほどの道具も持っていなかった。それも牢に入れられていたのだ。まともな道具ではいけない。
となると……牢に入れられてから、夕食に持って行かれたか、あるいは服の中に隠せるサイズの物で作ったという事にしなければいけない。
これは難しい作業になりそうだと孝治は考えた。良正一人に任せるのは、無理がある。少し荷が重かったかもしれない。
捜査と偽装……先に済ませないといけないのは、後者だ。
「分かった。じゃあ死体を燃やした方は私に任せてくれ」
「いえ……そんな……」
良正は遠慮しようとするが、孝治は続けさせない。
「こういう時には頼ってくれていい、良正。それに、私のわがままに付き合せているようなものだ。無理は言えないさ」
孝治は、いたって穏やかな表情で応じた。




