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  #08 ?(1)

 青年にとって現在の状況は、ひたすらに良好だった。

 洋一郎を捕らえた富之は、警戒心が多少緩んでいると見て良い。

 そして青年は庭園の監視の解創を使うことで、富之が情報部第一課課長に連絡を取った事実を掴んでいた。

 青年の目的に照らし合わせて、最大の結果を出すための、布石として考えられるのは……。

 己の野望のために、青年は大きく打って出る事にした。

 夕食時を狙い、青年は屋敷に侵入する。足音を立てないようにしつつ、地下に行く。

 地下に何かしらの解創が施されていることは、この強大な気配のせいで、特別に意識せずとも分かった……とはいえ、コレを奪い、使うとなると、詳細に内容を理解する必要がある。

 青年は、左腕を伸ばす。地下の壁に触れて、意識を集中する――急がないと富之が戻ってきてしまうが、焦らないように自制する。

 これがどういう解創か、どう使い、何を為すものかを理解する――それは実に繊細な作業。初めて見る道具が、どういうものかを理解する。説明書はない。ヒントはその道具の形、素材、そして織り込まれた意図だけだ。

 少し時間が過ぎた。その間に青年は、地下に施された解創が、部屋や廊下を移動させるもので、そしてそれをどう使うかも理解した。

 しばらく地下を歩いて、内部の状況を観察し、脳内に見取り図を作成する。土地勘というものが関係するかは不明だが、青年には、現実の世界だけでなく、自分の中……頭の中であり、あるいは心の中に、意識したモノを作る才能にも恵まれていた。作業記憶……ワーキングメモリに近いものだが、情報の容量が上限さえ超えなければ、しばらくは保持される。これも追求者の『作る』才能が為せる業かもしれない。

 脳内で見取り図を作成しつつ、青年は、ある場所に辿り着いた。他と雰囲気が違い、重々しい石と錆びついた鉄で構成された空間――地下牢だ。

 人の気配がした。誰かがいる。そっと近づき、地下牢を一部屋ずつ確認していくと、そのうちの一つに、やつれた顔の成人男性がいた。

「なんだ、洋一郎さんじゃないですか」

 声に驚いた洋一郎が、牢の外、青年の顔を見る。

「君は……誰だ?」

「ああ、俺ですか……まぁ、とりあえず出てください」

 青年は躊躇なく、牢の鉄格子を左腕で掴み取る。

 ぐい、と力任せに引っ張る。本来なら、大人の男の力であっても、それはびくともしなかっただろう。しかし目の前の現実は違った。ひしゃげた鉄格子は、彼の手元に収まった。

 怪力――というには、いささかニュアンスが違う。彼は、ただ単純に、その鉄格子を手に入れるために奪い取っただけなのだから。

 洋一郎の顔が驚愕の色に染まる。青年が促すと、洋一郎は開いた穴に足を入れて、外に出ようと試みる。

「君も追求者か?」

 洋一郎が、左脚を穴に入れてから、くぐるように頭を下げる。

「ええ」

 青年が、洋一郎の髪の毛を無遠慮に右手で掴んだ。

「お、おい……」

 青年は左手で、洋一郎の左脚を掴むと、鉄格子と同じように掴み、引っ張った。強靭な力と共に、左脚が脱臼し、肉がもがれ、腱が千切れる――ぶちまけられる赤色。

「ぐぁああああ!」

 洋一郎の悲鳴をものともせず、青年は右膝蹴りで洋一郎の顔面を思い切り蹴り飛ばし、意識を奪った。

 大量出血によって、しばらくとしないうちに絶命するだろう。ここに死体があったのでは都合が悪い。あとで適当に移動させよう。

 だが、今はその時ではない。青年は踵を返し、別の部屋に向かう。

 それは富之の自室だった。この地下の迷宮からして、おそらく富之の自室は、この地下にあるものと推測したのだ。

 地下を把握してきたおかげで、まだ通過してない箇所の内、怪しい所を見て行くことで、なんとか富之の自室に辿りつくことが出来た。

 青年の目当ての品は、十中八九、ここにあると思われた。戸を開けて中に入る。

 畳の床、押入れ、座卓に座布団……部屋にあるのはそれだけだった。

 ――ふむ……。

 押入れを開けると、何層かの防壁が見つかった。問題なく破れる程度の物だったので、周囲に気を配る……罠の気配はない。左腕で防壁を、強引に盗み、奪う。

 中には入っていたのは、壊れた鉄の扇と、金糸織りなどの道具だった。他にも、剣の柄に、一本の糸が付いた物もある……なるほどと得心がいく。これは『盛者必衰』といったところか。しかし、少々雑な部分があるようだ。これは富之のものではない。となると……洋一郎しかありえない。襲撃を返り討ちにした時、洋一郎から奪い取った道具だろう。

 ふん、と鼻で笑って、剣だけ持って押入れを閉める。

 他のところに隠されているのかと疑うが、それは無い筈と首を横に振る。アレ(、 、 )は、できるだけ自分の近くに置こうとするはずだ。肌身離さず持っている可能性もあるが、それよりは、何層もの防壁で囲んだ方が安全だろう。

 青年はしばらく、富之の部屋を探し続けた。早くしないと、富之が帰ってきてしまうという焦燥に囚われるが、しかしまるで見つからなかった。畳をどけてみるが、見つからない。

 座卓の下の畳をどけるため、座卓を移動させたときだった。

「――」

 座卓の裏に、何か張り付いている……折り紙だ。セロハンテープでくっ付けてある。なんだこれは、と左手で剥がす。

 形は――耳に近いか。とすると……盗聴に関係する解創の道具と見るのが自然か……。

 下手に解創だけ奪って元に戻した場合、聞かれた情報……青年が部屋を探っていた時の音の復元や、その他、類似する不確定要素が発生する危険がある。好ましくはないが、握り潰してポケットに仕舞う。一応、部屋の中を探索し、同じ物や似たような物がないか探すが、見つからない。座卓の裏なんて、明らかに富之の目を盗みつつ、すぐに貼り付けられそうな場所だ。時間を掛けられるのなら、もっと見つかりにくい場所に隠せるはずだ。それをしなかったということは、時間が無かったからだろう。青年は警戒から外した。

 再び当初の目的に戻る。アレが、ここにないとしたら、隣の部屋くらいのもの。しかし部屋は、入ってきた人間によって、常に移動するようになっている……。

 どうしたものかと考えつつ、部屋に出て、他の部屋が関係しているかと逡巡していると……ある事に気が付いた。

「――なるほどね……」

 部屋の中で、富之の部屋の周りだけ(、 、 )を移動するものがある。

 絶対に遠くには離れない部屋だ。やってくれたなと思うと同時に、達成感に包まれた。

 その部屋に侵入した。何も感じ取れなかったが、青年は確信していたので、丹念に調べ上げる。すると部屋の押入れとは反対側の畳の裏に、巧妙に隠蔽されているが、何層もの防壁がある。一つ一つが異なる解創であれば、左手で奪い取るには、時間が掛かりすぎる。

 ならば、強行突破だろう。少し見ていると、作られてから、かなり時間が経過していることが分かった。小さな綻びはあるが、ほとんど問題ない程度だ。

 だが、その小さな綻びを突くに丁度良い武器がある。

 天井に剣を垂らす。『盛者必衰』の解創。防壁に剣が墜落し、強烈な一撃を与える。

 洋一郎が富之に対して使った時は防がれたが、それはあくまで対象が『富之』だったからだ。防壁そのものが対象ならば、盛者必衰は、それを破るのにふさわしい力で墜落する。

 金属繊維のような布地や、鉄の箱……その他色々な防壁を軽々と貫通した剣の柄を、青年は掴み取って、払うようにして引き抜いた。防壁をズタズタに裂き、中にある物を取り出す。

「――これが……」

 青年は、ついにそれ(、 、 )を手に入れた。

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