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  #13 雅

 目が覚める。まだ夜中のようだ。枕もとに置いてある腕時計を見ると、蛍光塗料の塗られた針は、ぼぅ、と午前二時半を示していた。

 島に来てからは寝つきが良い。地下だからなのか、夏だが空気がひんやりと冷たく、寝心地が良かった。昨日もよく眠れたし、今日もそれなりに疲れたので、朝までぐっすり眠れるだろうと思っていたが、どうやら、そう上手くもいかないらしい。

 灯りの消えた室内で、雅は闇に目が慣れてくるのを待つ。地下なので月光は入らないが、廊下の灯りが昼間より低い輝度で点っていて、障子に似せた磨り硝子から部屋に入ってくる。

闇に目が慣れてくると、部屋の様相が分かってくる。

 卓の上に何か置いてあるのを見つけた。夏休みの問題集と、授業のノートらしかった。そういえば斉明は、折り紙を折ってない時は、鉛筆を片手に向き合っていたなと思い出す。寝る直前まで、そういえば何かやっていた気がする。

 ふと、雅は違和感を抱いた。ただのノートとは思えない。

 開くと普通の学習ノートだった。内容は算数。正直なところ、あまり綺麗なノートとは言えない。

 ――いや、おかしい。

 斉明はテストの点は悪くないと聞いた事がある。夏休みの宿題で、問題を解く参考にしたとも考えにくい。

 となると、理由は一つだ。

 ノートを観察する。ページを隅々まで見たり、時に俯瞰したり、手触りまで詳しく調べていく。

 紙にしては、つるつると滑る表面だなと思った。そこで、ふと気づいた。

 ノートの向きを変えると、算数の問題とは打って変わった内容が現れた。

 地下の部屋移動の解創は、富之大爺様が、自室の座卓に仕込んだ管理用の解創で、状況を把握している……といった内容。地下の各部屋への行き方も記されている。どうやら、解創についての彼なりの手記といったところか。

 それだけではない事が、次のページを見て分かった。こちらでは、人名や関係、上宮家に関わる固有名詞が出てきている。今回の事件の事について考察しているのは一目瞭然だった。

「なんて子……」

 おそらくこれは解創によるもの。レンチキュラー構造を再現しているのだろう。特定の角度で見ると、別の文字が浮かび上がるようになっているのだ。

 富之に頼らず、彼なりに犯人を推理していたのだろう。そして雅に伝えてないのは、おそらく彼なりに身を案じての事。言ってもどうにもならないと諦めている。

 実際、そうだろう。犯人探しは富之に任せるべきだし、下手に斉明が動いて危険を冒すべきではない。

 ――斉明くん……。

 両親の仇か、次期当主として、危険を回避すべきと考えているのか……それとも両親を失った悲哀と、殺されそうという恐怖から、考えることで逃避しようとしてるのか……。

 卓の反対側で眠る矮躯の少年は、横向きに、胎児のように蹲って眠っている。眺めていると、雅は胸が締め付けられた。

 ――今の彼には、心の底から信じられる人が、誰もいない……。

 親戚は言うに及ばず、護衛の雅も、当主の富之でさえ、自分の考えとは違いがあって、それを隠して行動している始末だ。こんな状況では、失った両親の事を、まともに悲しむ暇すらない。

 雅は怖かった。富之から仕事を任されておきながら、彼の力になれない無力感が。

 そっと布団から出て、斉明の傍に歩み寄る。小さな寝息を立て、僅かに上下する肩と腹は小動物のように可愛らしい。悪趣味かとは思ったが、寝顔を覗いてしまい――後悔した。

 僅かな光を反射するのは、紛れもなく涙だった。時折小さく唸るのは、事故の光景が脳裏に甦っているからなのか。

 そのまま放って眠れるほどに、雅は太い神経を持っていなかった。つい手が伸びて、親指で涙を拭い、頭を撫でる。

「……雅……姉さん……?」

 目が覚めてしまったらしい。悪い事をしたなと思いつつも、止められなかった。

「怖い?」

「え……? えっと……」

 まだ寝惚けている斉明は、どういう状況なのか飲み込めていないらしかった。

「頼りにならないかもしれないけど、私は斉明くんの味方でいるつもりよ」

 見開いた目と、緊張していた目元が緩むのを、雅は見た。その時やっと、斉明は警戒を解いたのだと悟った。

「ちょっと……ですけどね。お母さんとお父さんが死んだところ、思い出すと怖いです。自分もあんな風になるのかって思うと……」

 似たような事は世界中のどこでも起こっていても、まだ平和な世界で十年ばかりしか生きていない子供には、凄惨すぎる光景だったのだ。気にしてない風を装っても、どこかに確実に響いている。

「させないわ。そうならないように、私が……」

 斉明は、強く首を振った。その先にある光景を想像したように、髪を振り乱して、雅の目を見る。

「止めて下さい……やめて……お願いだから……」

 悲痛な声を上げる斉明を見て、彼が考えてしまう嫌な光景が、どういう事なのか察しがついた。

「大丈夫。斉明くんや私だけじゃない……誰もそうさせないから」

 いつの間にか泣き始めていた斉明の頬に手を添え、頭を撫でてやる。斉明が落ち着く暫くの間、雅はずっと、そうしていた。

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