#12 斉明
折り紙一枚とセロハンテープを持って、いったんトイレの個室に寄ってから、斉明は富之の部屋に向かった。
「大爺様」
「おお。斉明。どうした? 守りの解創は作ったか?」
思わせぶりな笑顔を見るに、やはり障子の磨り硝子を使った事は、バレているようだ。
「ええ。良い物ができました」
「そうかそうか」
富之は満足そうに頷く。慙愧の念というワケではないが、なんとなく気まずくなって、斉明は視線を逸らした。
「それで……これはちょっと、秘密にして欲しい話なんですが……」
小さな声で言いながら、富之の卓の前に座る。話を切り出しつつ、昨日、卓の下に忍ばせていた道具を回収し、同じ形をした物を同じ場所に貼り付ける。
「犯人の件、絞り込めそうですか?」
一瞬、富之は斉明から視線を外した。
「そうじゃのぉ……怪しい奴はおる。目星は付けたが……言えんよ。いくら可愛い曾孫を殺そうとした相手とはいえ、まだ証拠があるわけじゃない。自分の息子と孫を、憶測で悪くは言えんのじゃよ」
斉明は、舌打ちしたい思いだった。富之よりは早く……とまではいかないが、自分でも探りを入れて、確証を手に入れておきたかった。
富之を出し抜くのは不可能だろう……なら、罠を仕掛けるか。
「大爺様……曾孫の愚考を聞いて頂けませんでしょうか?」
富之の部屋から出た斉明はトイレに寄ると、回収した『聞き覚え』の解創を宿す折り紙を折り直す。今度は口の形をしたものだった。『言い聞かせ』の解創。使うまでもなく、作ったとたんに機能を有した口は、聞いた内容をまったく同じ音質で再生する。
聞き覚えた内容を話す解創。今日の話の要点となりそうな部分を一通り聞く。
引き取りに積極的姿勢を見せたのは、孝治と眞一。この空気からすると、眞一の立候補は、卓造の思惑による動きのようだ。
――眞一伯父様としては、『三家交配』のこともあるし、僕が当主を継ぐのは面白くないかもしれない。眞一伯父様は国枝との復縁のために当主に就きたいだろうし、卓造大爺様も眞一伯父様が当主になれば、実質の実権を握れる……か。
筋は通っているが、気がかりだ。
斉明は個室を出て、自室に向かう。
――すんなり行き過ぎてる気がするのと、大爺様の策略を、予想してない人が一人もいない、なんて事があるかって話だよな……。
建前である『斉明の引き取り先』の話に、裏があると誰も気づいていない、とは考えにくい。特に犯人は、自分が特定されることに敏感になっているはずだ。
――犯人は何か罠を仕掛けてる? もしそうだとすると、疑われやすい人を隠れ蓑にしてるのか? ……いや、それを逆手にとって……ダメだ。頭がこんがらがってきた。
いったん、こんがらがった思考を忘れ去って、改めて考え直す。
――分かる事……犯人は、たぶん単数ってことか。
もし複数犯ならば、高速道路で斉明を殺害できなかったのは、おかしな話だ。事態が長期化するのを好むとは思えない、そんなことをしなくても斉明が死ねば当主になるチャンスは巡ってくるはずだ。
事故に見せかけて殺すにしても、複数なら確実に殺せたはずだ。車体を潰すだけでは確実性に欠けるだろう。現に斉明は生き残ったのだ。狙撃のような方法で、遠くから殺した後に潰せば、車体もろとも死体を潰してミンチにすれば、証拠も出ない――脳裏を掠めるひしゃげた男女の死体を、無理やりに脳内から追い出す。
つまり一人で強行するしかなかったのだ。だから失敗した。
となると、一人でも確実に殺せるお膳立てをしてやれば、きっと誘われてくれるはずだ。
富之に話した罠も、それを見越しての事だった。こっちの罠がバレなければ問題ないが、逆にバレたら、呼び出したのが犯人探しの為だとバレる。なら相手は慎重になるだろう。
――絶対にバレちゃダメってことか……。
バレても引き取りの話は反故にして、富之の元で……ここに住めば、最低限の身の安全は保障される。
だが、そこは小学生。負けず嫌いな性分の斉明が、やられたまま、やり返さないで済ませられるわけがない。富之から犯人候補を聞くのは無理そうだ。ならば富之との共同の罠が成功させることを考えよう。
――雅姉さんは……頼れないか。
雅は、作り手とは、ほとんど無縁の世界で生きてきた。護衛までさせて、これ以上、こちらの都合で巻き込むのは気が引ける。今は一緒の部屋にいるし、寝ている時も警戒していたが、どうやら仕掛けてくる気配はない。たぶん、雅は違うのだろう。
「あら、斉明くん。おかえり」
自室に辿り着き、戸を開けると、件の雅が出迎えた。
「……ただいま帰りました」
返事をしないのは気が引けて、けれど大っぴらに言うのは恥ずかしく、つい声が小さくなってしまう。
「大爺様の様子、どうだった?」
「たぶんバレてますね」
やはり相手が悪過ぎると、斉明は肩をすくめた。
「たぶん? 叱られなかったの?」
意外そうに雅が言った。
「ええ。『通過』の解創の工夫も見つけてくれたんでしょう。工夫に免じて、大目に見てくれたって感じじゃないですか?」
「随分な自信ね。流石は次期当主様」
「からかわないでください」
意地悪な表情で冷やかされると、どう対応して良いか困る。なにか他の話題はないかと考えていると、雅が折り紙で何か作っているのが目に入った。
「それ、なんですか?」
「ん? これ? バラ」
どうやら斉明を弄り続ける気はないようで、いつもの調子で雅は答えた。
子供向けの折り紙の本で見かけるものではなく、曲線と立体感のある本格的な作品だった。自分ならば、折り紙特有の淡白な艶を消して、もっと本格的に仕上げるだろう。
「切ったりしてるんですか?」
「してないわ。一枚の紙を折っただけ。斉明くんは、こういう物は作った事ない?」
「はい……折り紙で作ったのは、せいぜい紙飛行機とかですかね」
「そういえば昨日言ってたわね。やっぱり大爺様の指導で?」
「はい。良く飛ぶ物を作れって……」
指導とは、解創の作成の指導の事だった。『飛翔』や『飛行』、『投飛ばし』の解創など、同じ紙飛行機でも、為すべき解創が違うと、見えてくる世界も違った。応用できる方向性が異なり、同じ『飛ばす』ということでも、目的に応じて、どのような願いが適切なのかという適材適所が見えてきた。
解創の違いは、元となる願いの違いだ。細かい差だが、願いというものは、その具体性が高まれば高まるほど、実現に近づく。斉明はそう感じた。だからこそ今の時代は、ただ祈ったりするよりも、科学的に理論を考え、それを元に実現しようとするのだろう。作り手でありながらも、斉明は今の世の中の在り方を理解していた。
ふと、さっき盗聴した孝治の話を思い出す。
真なる作り手でいるべきという富之の考えと、委員会に食われないよう、上宮家を生き残らせようと考える孝治。今の世の中への適用、情勢の変化に適応しようという孝治の考えは、作り手としては間違っているかもしれないけれど、時代に無理に逆らう必要もなく、置いてけぼりにされかねない富之の考えより、よほど堅実なのではないか?
上宮を存続させようという考えは、二人とも同じ。だがその詳細は異なっている。そして、より現代に適切な詳細は、富之ではなく孝治の考えなのでは……。
作り手の在り方は変わっているのではないか? 富之の言う作り手は、今の時代に適合してるのか?
本当に、僕は上宮を継ぐべきなのか?
「どうかしたの? 顔色悪いわよ?」
雅の言葉で我に返り、斉明は取り繕う。
「いえ……なんでも」
――上宮が生き残るため……なら……。
富之の言い分が正しいのか、それとも孝治の言い分が正しいのか。
富之の事を信じている。だが確かに、斉明の中では迷いが生じ始めていた。