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  #11 雅

 十六枚の縫い合わされたガラスは、僅か二時間ばかりで作り上げられた超常である。

 地下空間の部屋の一つの戸にある、障子に見せかけた磨り硝子を、〇.五ミリほど無断で拝借して作り上げられている。この磨り硝子は、もともと富之によって為された解創だったので、素材として優秀だった。

 このガラス板にも『消散』の解創が為されているが、斉明によって、その力は強化されている。

 ガラス板に触れたものを消し散らすという性質上、消し去る効率を良くするため、大量の切れ目を入れたのだ。これにより表面積が広がったので、実際には、もっと広いガラス板を使っているのと同じことになる。

 さらに両面に、七重のセロハンテープを貼付してある。これに宿されているのは『濾過』の解創で、両方向からの消し散らせない影響を通過させつつ、その過程で影響を磨耗させて、ガラスそのものが壊れにくいようになっている。

「けど、なんで地下の戸の障子に付けたテープは『濾過』じゃなくて『通過』にしたの?」

「『通過』を作ってから、『濾過』に応用できる事に気づいたので……」

 何事も経験を積む事で発展するらしい。この短い時間で成長するとは、さすが次期当主だけあると、雅は感心した。

 ガラス板は正方形で、それぞれの辺で溶接されているが、四隅は、さらにワイヤーで結ばれていた。

 溶接された部分の耐久力が低くなるのは仕方がないので、ならばあえて、壊れる事を前提とした作りにしておいた方が良い、という斉明の判断によるものだ。溶接部分が破損しても隙間にならないように、ワイヤーはきつく結んである。さらに溶接部分は『濾過』のテープを二倍に巻いているので、気休めになるだろう。

 しかし、なぜ追求者の手が介在したとき、道具には彼らの意図が反映され、異常な力が宿るのだろうか? 雅は少し疑問に思ったが、斉明が話しかけてきたので、疑問は記憶の片隅に消えた。

「楯はこれでいいと思います。けど、もう一つ……雅姉さん用の道具を準備しないといけません」

「つまり護身用の武器って事?」

「そうです。雅姉さん、なにか希望とかありますか?」

 少し考えて、雅は言った。

「そうねぇ……屋敷内で教われる事を考えれば、柄の短い得物でしょうね」

「そういえば、雅姉さんって槍か何か習ってたんでしたっけ?」

 昔のことだ。斉明に期待の視線を向けられ、過大評価されている気がして、少し恥ずかしくなる。

「ああ、槍術? ちょっとだけね。小学校の頃に少しだけ。今はやってないわ」

 雅は女なので、上宮の仕来りで作り手にはなれないと決まっていた。だが作り手を支える立場になるかもしれないので、父の方針で色々と習い事をさせられていたのだ。教養も兼ね、道具を『使う事』を学んで、作る時の視野を広げる目的だった。結局、雅は飽きて辞めてしまったが。

「なら、他の得物よりは、長柄の得物の方が扱いやすいですかね?」

「確かに慣れてるかって言われたら、そうだけど……けど室内じゃ、長い得物は取り回しに不便でしょう?」

「そうですね……」

 斉明は、難しい顔をして黙りこくる。なにか考えているらしい。

「私が自分で作った方が良いかしら?」

 気を遣わせるのは忍びなく、つい要らぬことまで言ってしまう。

「いえ。こっちは守ってもらう身ですから……ですけど、確かに他人が作った道具のままじゃ使いにくいかもしれないですね。ある程度こっちで作りますから、あとから雅姉さんの方で作り直したり、改修して下さい」

 雅の遠慮を、斉明は使う時の懸念と取ったらしかった。斉明ほどの実力なら、雅に作らせるより、自分である程度作った方が信用できるだろう。彼なりの妥協点といったところか。

「ところで、何を材料に作るの?」

「それなんですけど……雅姉さん、考えがあるんで、やっぱり長柄の得物にしませんか?」

「そんな期待してもらうほどの実力は無いわよ? それで、考えって?」

「さっき作った『通過』を応用してみようと思うんですけど、雅姉さんとしては、そういう解創は使えそうですか?」

「無理じゃないと思う……さっきもやったけど、作るのも手伝えそう。問題は、使う時と使わない時の切り替えだけど……」

 斉明が、どういう得物を考えているか詳細に説明した。

 自分の中でイメージを膨らませ、可能かどうかをシミュレーションするが、斉明の提案した得物は、室内での使用に際して若干の注意は必要だが、特に問題はなさそうだった。

 二人は早速、準備に取りかかった。


「こんな場所もあるのね」

 夕方とあって、東側の棟では、早くも暗くなっていた。雅と斉明が材料を取りに来たのは、東の棟と繋がっていながら、倉庫のようになっている場所だった。

「ええ。資材室にあるものより、もっと大きい物とか、外で使う物が置いてあります。農具とか釣具とか」

 斉明が、使えそうな道具を集める。両刃の斧と、銛、柄に使う立鎌など、部品として必要な物は、ほとんど揃っていた。

「問題は柄ですね。セロハンテープほど単純な考えじゃいかないし」

「そうなの?」

「ええ。透明だから『通過』。何重に重ねて半透明だから『濾過』ってイメージで作ったので……」

 どうしたものかと言いたげに、斉明は唸った。

 解創は端的に言えば、自分の主観的な願いを世界に押し付けて現象として実現させる行為である。ゆえに既存のルールや概念は、ヒントになっても答えにはならない。

 斉明の言う条件とは、斉明が解創を為すにあたって、素材は何でも良いわけではなく、願うにあたって、イメージに必要な条件ということだろう。

「いっそ『通過』の解創から離れても良いわよ? たしかに長柄の物の方がベストだけど」

「いえ、無理じゃないと思うんです。イメージさえ掴めれば……」

 解創とは理屈ではなく想像だ。作る側と使う側の頭の中でさえ辻褄が合えばいい。だが作る側である斉明が思いつかなければ、話にならない。

「ところで水を差すようで悪いんだけど、使う時と使わない時の切り替えって難しい?」

「どうことですか?」

「たとえば懐に入られたら、柄で相手の打撃を防がざるを得なくなるかもしれないでしょう? そういう時に『通過』があると困るのよ」

「ああ。相手の攻撃を通しちゃ、意味ありませんね。柄の中にあのガラスを仕込むわけにもいきませんし……条件によって通過を規制するとか」

 どういうことか分からず、雅はたまらず訊き返す。

「どういうこと?」

「たとえば振ったときにだけ『通過』の解創が為されるとか、一定の向きじゃないと通過できないとか」

「一定の向き……か」

 雅は頭を働かせて、やがて自分のイメージに一番近いものを思いつく。

「斉明くん、そういえば巾着袋に、錐とか入れてたっけ?」

 斉明は何のことか分からず、きょとんとしていた。

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