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おーっほっほっほ、フラグをへし折りますわぁっ!!  作者: 夢落ち ポカ(現在一時凍結中)
第一章 おーっほっほっほ、1人目ですわぁっ!!
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第四話 おーっほっほっほ、整いましたわぁっ!!

お待たせいたしました。

2話投稿としていましたが、このお話に集中していてちょっと無理そうです、大変申し訳ない。

ちょっとシリアスなシーンが多々ありますが、物語の進行上どうしても必要なものです、ご理解頂ければと思います。

次のお話は明日、これは確実です。


 



 アドリアナの朝は早い。


 日の出よりも前に起床して身支度を整えると公都から送られてくる書類を片付けていき、2時間ほどかけて山積みになった重要書類を片付ける。


 それが終わると日課の運動だ。


【彼女】の記憶を手に入れてから、アドリアナはヨガといったインナースポーツを中心に、体のラインを維持する為1時間かけて励んでいる。


 そのお蔭か、アドリアナのプロポーションはコルセットを必要としない、世の女性たちが羨むくびれた体型を体現している。


 汗をかいた後は浴場にて汗を流す、一部の侍女(メイド)が目を覚まして仕事を始めているが、アドリアナは彼女たちに命じず1人で汗を流していた。


 メイドに命じるよりも、自分でした方が時間短縮になるからだ。


 貴族らしくないと言う事もありアドリアナの母ミリアリアからは何度も注意を受けていたが。


 とはいえ、月末になると書類の量も段々と多くなるもので、そうなるとやはり浴場に向かう時間も惜しみだすほどなのだ。


 それに更にメイドに命じて体を洗わせているとなると、余計に時間がかかってしまう。


 貴族令嬢としてあるまじき行為というよりも執務室に何日も缶詰となり不潔になるよりマシという事で、ミリアリアは妥協する事になった。


 汗を流した頃、日の出となりメイドや執事、召使(フットマン)と擦れ違いながら食堂に足を向ける。


 別宅とはいえ、公爵家の邸宅は広い。


 使用人同士の仲は良好で、主人であるアリストやアドリアナたちの関係も良好だ。


 過去アドリアナがアリストに待遇改善を提案した結果なのだが、給金や休日を充実させたことで仕事の効率や忠誠心も向上したことが起因している。


「おはようございますお嬢様」


 アドリアナに声を駆けたのはエヴァンスだ、彼もアドリアナと同じく朝が早いがアドリアナとは別の仕事に追われていた。


「おはようエヴァンス、首尾の方はどうかしら?」

「上々でございますお嬢様。

 彼らは未だ何も行動を移しておらず、完全に受身な状態…まさに『まな板のコイ』です」


 王都にいるカインズたちの情報をオニワーヴァンから受け取っていたエヴァンスは楽しそうに報告していた。


 どうやら楽しい未来を予想した様で、アドリアナもエヴァンスと同じくらい楽しそうに笑った。


「あらあら、本当にダメね、落第者の無様さだわ。

 確かに本人の能力は多少見れない事はないけれど、警戒心というものを持たないと。

 故郷で一体何を学んでいたのかしらね…ふふふ」

「潰し甲斐のない相手で、がっかりされましたか?」

「まさか、とんでもない!!


 確かに掛けた手間に見合っているかと聞かれれば高いかもしれないけど、この程度の出費で済めば大局的に見れば安いものだわ」


 アドリアナは窓の向こう―――カインズのいる屋敷の方向を眺めうっとりとした声で呟いた。


「―――あぁ、楽しみだわ。

 今日で全ての準備が整うのね…」

「お嬢様、本日のご予定ですが…」


 エヴァンスの報告に耳を傾けながら、アドリアナは今日という日を楽しみにしていた。




 × × ×




 今日はザックス様とミスティ様が揃って公爵家の邸宅に招待する日です。


 対外的には『王家と公爵家は最近ちょっとあったけどその関係は修復されて仲良くなっていますよ』というアピールも含めていますの。


 まぁ、判る者には判ってしまいますが、実際仲がいいのは本当のことですし、大した違いではありませんわ。


「アドリアナ嬢、こんにちは。

 招待してくれてありがとう」

「ご、ごきげんようアドリアナ様!!

 招待していただきまして、ありがとうございます!!」


 仲の良い2人は手を組んで邸宅へと訪問されました、本当に仲がいいんですのね、どこか両親に近いものを感じますわ。


「いらっしゃいませザックス殿下、ミスティ様。

 庭園で御持て成しの準備ができていますので、どうぞお出でくださいませ」


 2人を我が家自慢の庭園まで案内する、王族専用区画のあの庭園ほどではないけれど、こちらも季節の花々を咲かせていて見所はありますのよ。


 ザックス殿下、ミスティ嬢が座り、最後に私が座るとエヴァンスが紅茶を淹れてくれる。


 昔はふてくされた感じに淹れていたエヴァンスはもう何を考えているのか分からない笑みを浮かべながら淹れている。


「どうぞザックス殿下、ミスティ様。

 お茶請けの菓子も自信がありますの、どうぞご賞味してみてください」


 念の為に、私はお茶請けのクッキーと紅茶を飲んで見せました。


 王族とあらばこうしたお茶会の席では毒見役が必須なのですが、今回は私が代わりにしていますわ。


 まぁ、形だけなんですが。


 ロンドベル公爵家の人間はどうあっても王家に敵対を向けませんから、間違っても王家の方々からの攻撃を受けない限りは、と注釈がつきますが。


 たっぷり3分掛けて毒が無い事を証明し終えると、待っていましたとばかりにザックス殿下とミスティ嬢がクッキーを口に含んで目を大きくさせています。


「「おいしいっ!!」」

「お口に合ったようで、何よりですわ」


 本当はお茶会というよりも別の目的があったのですが、丁度いいのでミスティ嬢の日頃の成果を観察させていただく事にしました。


 まず知識面、今日用意した紅茶は我が公爵領でも特に許された一部の紅茶農家が栽培している最高級茶葉です。


 グラムあたり【彼女】のいた通貨で例えるなら…1マンエンほどかしら?


『あら、これって○○産の茶葉を使っているのですね』と利き紅茶が出来ればまず上出来ですわ。


 エイルネス王国の茶葉の品種は全部で46種。


 比較的覚える数で言えば低い方ですので、これくらいは正解してもらわなければ困りますわね。


「あ、これロンドベル産の茶葉ですね!!

 以前お父様と一緒に飲みましたわ」


 作法も完璧ですわね、ザックス殿下はおいしそうにクッキーに夢中で頬が膨らんでいて可愛らしいですわ。


 殿方はこうした作法が少ないので、習い始めた頃は羨ましいと感じたのを思い出しました。


「ええ、お母様が送ってくださったの。

 ザックス殿下とミスティ様を招待すると手紙に出したら、すぐに送ってくれましたわ」


 この茶葉は基本的には販売用ではなく、王族や貴族の方々への贈答用の茶葉なのですが、生産している領地の特権という事で私は日頃からよく飲んでいる紅茶なのです。


 最近は接ぎ木を足して、第二、第三世代の茶葉を市井へと流す計画が着々と進んでいます、今年中には販売できるはずですわ。


 その後もいくつかミスティ様の日頃の成果を確認していき、見たところ問題はないということで話を進める事にしました。


「…えっと、アドリアナ嬢にこれを。

 調べて欲しいといわれて、それを纏めたものです」


 ザックス殿下に渡された紙の束を受け取ると、何枚か捲って見て瞠目しました。


 これは…さすが殿下の人徳というか、人脈といえばいいのか…。


「感謝いたしますわザックス殿下。

 1週間でこれほどの情報を集めていただけるなんて思いませんでしたわ」


『ファン&ラブ(ファンタジー&ラヴァー)season2』において、ザックス殿下の役割は他の攻略者…同じ第二王子という立場でありながら攻略者ではなく『情報屋』としての顔を持ついわゆる『お助けキャラ』というものです。


 これは『公式』という世界における絶対法則のようなもので、確かな情報を絶対にくれるという、ある意味味方にすれば百人力の頼りになる方なのです。


 可愛いだけではないのですね、実に頼りになりますわ。


 書類に目を通していき、最近のノースエンドからやってきたカインズ王子以外の留学生の情報も読んでいく内に、カインズ王子の立場がはっきりとしてきましたわ。


 記憶のとおり、彼はノースエンド王国では孤立していて、味方は連れてきた側近以外では生みの母である側妃しかいないらしい。


 望まれずに生まれてきた所為で幼い頃から暗殺の脅威に曝されて、自分を守る為にあの性格を仮面として作り生きてきたと、記憶と情報を総合するとかなりの部分で合致していますわ。


 …過程と結果がダメダメですが、心意気だけは買って差し上げましょう。


 そして、自分が生き残るためにはノースエンド以外の地で生きていく為に、他国の高位貴族や王族の婿になろうと考えたらしいです。


 悪くはない手…なのですが、選ぶ相手を完全に間違えていますわね。


 とりあえず、他の国がなかったのかと本気で聞きたいですの。


 エイルネス王国とノースエンド王国はつい最近戦争をしたばかりです。


 更に言えば、救援として駆けつけた我が公爵家の領邦軍とノースエンド軍は矛を交えていて、これを撃滅とはいかないまでも、かなりの敵数を屠っていますの。


 それは当然、領邦軍にも少なくない犠牲を生み出してしまったとも取れ、つまりノースエンド王国は公爵家の領邦軍、その一部の縁者たちにとって敵とも取れる存在なのです。


 その者たちの悲しみは現在でも癒えていません、それなのに、あちらの都合で婿になろうとするなんて……許せる訳がないでしょう?


 領民たちが確実に不満に思うような事を、領主一族の、次期当主の私がするとでも?


「……ふふふ」

「あ、アドリアナ嬢?」

「アドリアナ様…?」


 ふふ、そうですわ、絶対に有り得ませんわ。


 万が一にも、億が一にもありませんの。


 ゼロに何をかけてもゼロなのですから、当然でしょう。


 情報も後はオニワーヴァンからの情報を受け取れば…整いますわね。


「…お嬢様、ザックス殿下とミスティ様にお声をかけられていますよ、早く気付いてください」

「……あら?」


 考え事をしていた所為か、エヴァンスに言われるまでまるで気付きませんでした。


 あぁ、2人が不思議そうな目で私を見ていますわね…なんと言うか、反応が似すぎて逆に笑えてきましたが、ここで笑うとまずいのでよしておくとしましょう。


「……失礼しましたわ。

 少々考え事を…」


 お客様の前でなんという失敗をしてしまったのでしょう、反省しなければいけませんわね。


「えっと…その、父上…じゃなかった。

 陛下から、アドリアナ嬢のしようとしている事を支援し見届けよ、と言われてきたんだけど、アドリアナ嬢が何をしたいのか、分からなかったんだ。

 ノースエンド王国のカインズ王子に関しての情報を集めているという事は、それに関連したこと…って考えていいのかな?」

「さすがザックス殿下、ご明察ですわ。

 最近、他国から4人の重要人物がこの国に訪れているのですが、私が調査した所このエイルネス王国に害を齎すしかない行動をとっているのが分かりまして、その対処をしようとしていますの。

 もちろん、お父様…宰相アリスト、並びに陛下両名の御裁可は頂いていますわ」


 勝手に外交問題レベルの事を仕出かそうとしていた訳ではありませんというアピールもして、私はザックス殿下に事情の説明をしていく。


 ザックス殿下も最初こそ真剣に聞いていたけれど、根幹理由として『私の婿になり』と言う点を聞くと何故か安心したようなため息をつき、場違いにも笑っていました。


 可愛らしい…と思いたいのですが、この説明のどこに笑うところがあったのでしょうか?


「え、えっと、アドリアナ嬢は公私に(わた)って要求する物が高いと陛下から聞いていて…。

 その、調べてみた限り、4人の能力だと…アドリアナ嬢が要求するだろう『婿』という人物像と合致しないから、問題ないかなって思ったんだ。

 か、勘違いだったかな?」


 …何という事でしょう、さすが王族、さすがあの筋肉ダルマ…いえ、陛下が期待している事もあって聡明で推察も素晴らしいものですわ。


 そう、私は色々な意味でお高いのです。


 その人物を見極め、その能力の限界を求めているだけなのですが、まぁ勝手に期待して勝手に失望したり喜んだりしているのでよくよく考えると随分と自分勝手なものですわね、直す気はありませんが。


 だってそうでしょう?


 筆頭貴族家として、私には失敗も、汚点も、汚濁も、ありとあらゆる負の要素を排して貴族としての模範、忠臣としての模範を示し続けなければならないのです。


 その配偶者、臣下にいたる全ての者に要求するレベルが高くなるのは当然なのですから。


「…ミスティ嬢、今回の件で貴女には知ってほしいわ。

 王妃という立場は酷く煌びやかで、眩しくて、誰もが羨むものだけれど、ただニコニコと笑っていれば良いという存在ではないわ。

 その地位に相応しい見識と振る舞い、そして力を持っていなければ待っているのは不幸な結末だけです。

 だからこそ、私までとは申しません…ですが、覚悟だけでも、思いだけでも今回の一件で知ってほしいと思いますわ」

「……は、はい、ご期待に添えるかは分かりませんが…いえ、何としてもアドリアナ様のご期待に沿え、ロンドベル公爵家からこの度のザックス殿下との婚約を祝福してもらえるような、そんな淑女になってみせます」


 …ふふふ、いい顔をする様になってきているわね、教育している方がよほど優秀なんでしょう。


 明晰な頭脳を持つザックス殿下と、その隣でいつまでも居ようと努力するミスティ嬢。


 この2人が築くだろうエイルネスという国が私、今からとても楽しそうに思えてきましたわ。


 だからこそ…だからこそ、私は負ける訳にはいかない。


 この国を守り、この2人にずっと笑い続けてもらう為にも。


 …初代様も、私の様な気持ちでいたのでしょうか?


 大切な弟にずっと笑っていてもらいたかったから臣下という形でも側に在り続け、現在に至るまで変わらない忠義を捧げ続ける一族。


 そんなロンドベルの血に、私も…お父様も愛国者と言うよりは王家の皆様が好きなんでしょう。


 どこまでも憎めない魅力を感じさせる、そんな不思議な、愛おしく守りたいと思わせる、そんな方々に。


 これを機にお茶会は終始和やかなものになり、お土産もお渡しして円満に終わりました。


 あとは…そう、オニワーヴァンからの報告を待つだけね。




 × × ×




 アドリアナの一日は、全ての書類、明日の業務の予定に目を通してから終わる。


 現在アドリアナはある重要な情報を持ち帰るはずのオニワーヴァン【ジョウニン】ミハヤを待っていた。


 その報告が終えない限り、アドリアナの睡眠時間はどんどんと削られていく。


 誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで活動する。


 妥協を許さないアドリアナの心は今日のお茶会の一件で更に高いものとなっていた。


『…お嬢様』

「お嬢様、ミハヤ殿が参られました」


 エヴァンスは既に他の業務を終え、アドリアナの側に居た。


 年頃の若い女性の側にいつまでも居るというのは外聞が悪いというものがあるが、この邸宅にアドリアナの名誉を傷つけようとする者は居ない。


 これまでのエヴァンスの功績と公爵家への忠誠心、そしてエヴァンスの想いを知っている彼らからすれば、むしろ影ながら応援している者たちばかりだ。


「降りてきなさいミハヤ、報告を聞きたいわ」

『ははっ、失礼するでござる』


 天井の一角を取り外すと、黒装束の長身の男が降りてきた。


 彼がミハヤ、ロンドベル公爵家が保有するオニワーヴァンの中でも10人と居ない凄腕の隠密である。


「まずはご苦労様、北との往復だけでも大変でしょう。

 この任務は継続的なものだからまたノースエンドに戻ってもらうけど、3日の休暇を与えます。

 英気を養い、また職務に復帰しなさい」

「ははっ、かたじけのうございます。

 それでは、こちらの報告書を。

 何か質問がございましたら、何なりと質問を頂ければと思う…でござる」


 慣れない『ござる口調』に四苦八苦しているミハヤにくすりと笑うアドリアナは受け取った報告書を読み始めた。


 エヴァンスもアドリアナの邪魔ならないよう細心の注意を払って横から見ていて、その報告書に目を通していた。


「…なるほど、ノースエンド王国の経済状況は悪化の一途を辿っているのね。

 やっぱりエイルネス王国が科した賠償金の額が途方もないのでしょう。

 治安もそれに比例して悪化…子供を売ってでもしないと生活できない村が増えているなんて…最悪ね。

 極めつけは……『血霧の傭兵団』に怪しい動きが?

 どういうことミハヤ、説明しなさい」


 8年前の戦争の結果、辛うじて勝利を収めたエイルネス王国はノースエンド王国に逆侵攻はせず、賠償金で解決を図った。


 これ以上北の大地で戦争を続ければ、草木の生えぬ死の大地となりそこに住む者たちにとって苛酷な環境になる事を考慮した国王マリウスの決断である。


 しかし、その請求した額は戦争で消費された額より倍以上のもので、ノースエンド王国は10年という期間で支払う事で合意されたとされる。


 それが後のノースエンド王国にどのような影響を与えたのか。


 賠償金を支払うのはもちろん国だが、出所は各地の領地から納められる税金である。


 税金の額を上げた事で、各地の領主たちにとっても生活が難しくなり―――あくまで貴族を基準としたものだ―――更に徴収する税を理由をつけて税を増やしていく。


 そして税を納める平民たちはその煽りを一番に喰らう。


 エイルネス王国には奴隷制度はないが、ノースエンド王国には今でも色濃く残っている制度だ。


 親たちは税金を払うため泣く泣く子供を売り対価として小額の金銭を得る事で納め税の足しにする。


 それを幾度となく繰り返し、いくつかの村々が高額の税を納める事が出来なくなり、見せしめとして焼き払われているという情報を読んだ瞬間、アドリアナの表情に剣呑なものとなる。


 税を納める事の出来なくなった平民たちは村から逃げ、盗賊に身を落として街道を襲い治安悪化の一因となっている。


 悪循環の螺旋ともいうべき最悪の状況、そしてその極め付けが傭兵団の情報だ。


 血霧の傭兵団、外国人であるアドリアナでも聞いた事のある、有名な傭兵団だ。


「はい、現在血霧の傭兵団の本隊がノースエンド王国王都ボンスに滞在しているとの事。

 気付かれないよう細心の注意を払って監視を続けて居ますが、この数ヶ月の行動としましては王都に通り掛かっただけなのか、長期保存可能な食料や武器の新調や調整、そして酒場に繰り出しています。

 彼らに近付く者たちも追跡してみましたが、王国からの関係者は1人としていませんでした」


 通常ならば、ノースエンド王国からの使者が有名な傭兵団に声をかけるなどして契約の話が持ち上がったり、なかった事になり王都からいそいそと出て行くという事態になったりする筈だが、血霧の傭兵団にはそんな様子がない。


 ミハヤの諜報能力を疑っている訳ではないが、アドリアナとしてもこの報告には何か違和感を覚えたのだ。


 そして、違和感を覚えたのならその理由を徹底的に追究しなければ気が済まないのも、アドリアナが妥協しないものであると自覚していた。


「……妙ですねお嬢様。

 いくらなんでもこれは不審すぎます」


 エヴァンスもアドリアナと同じく感じていたのだろう違和感にアドリアナは同意する。


「そうね、ここまで徹底しているとむしろ何かある方を疑うわ。

 となると…想定する状況は二通りね。

 一つは有り得ないけど、本当に血霧の傭兵団はノースエンド王国と契約を交わしていないし接触もされていない、偶然王都に通りかかってその内出ていくだけ」

「……有り得ませんね、ゼロに近い確率でしょう」

「拙者も同感でござる、我等では感知し得ない、何か特殊な連絡法を駆使して王国と繋がっているものと感じるでございます」


 エヴァンスとミハヤが揃って否定した、アドリアナも言ってみただけなので、むしろ同意されると困るので特に思うところはない。


 ミハヤの言葉にあった『特殊な連絡法』とやらが関係しているのだろうとアドリアナは更に【ジョウニン】を増やす事を決めた。


 国内の諜報能力が下がる事になるが、それでも国外の情報を優先しなければならないほどの危機だとアドリアナは感じたのだ。


「そして、こちらが本命ね。

 ミハヤの言った通り、特殊な連絡法を駆使して王国と血霧の傭兵団は繋がっていて、その依頼に応えられる様王都で活動をしている…というものよ」

「…お嬢様のご推察の通りかと思われます。

 この状況はいくらなんでも不自然です。

 徹底した真相追究が望まれます」

「エヴァンス殿の言は尤もと拙者も感じたでござる。

 ノースエンドに戻り次第、調査方法を見直し徹底した調査を再開いたす所存です…ござる」

「……ミハヤ、面倒ならその口調はやめてもいいわ、許可するから。

 …となると、王都の詳しい経済状況も調べさせておくべきだったわね…迂闊だったわ。

 調べてきてもらったのは各地の経済状況だけど、王都の経済状況をもっと深く探らせるべきだったわ」


 二つ名持ちの傭兵団を雇うとなれば、通常の傭兵団よりも桁の違う額が動く事になる。


 契約するとなれば月毎に支払う額は更に増加し、その資金で活動する団員の消費を調べれば傭兵団の資金がどこから流れてくるか判断がついたのかもしれなかったからだ。


 アドリアナは状況の悪さに苛立つと、この報告書の後半、カインズの王宮での評価について読んでいった。


『望まれていなかった側妃から生まれた第二王子』、それがカインズの評価だった。


 優秀ではあるが優秀であるが故に兄王子に敵視され、父でもあり王でもあるガステアからも内乱を企んでいるのではと疎まれていた。


 カインズ自身も自分の命の危険性がある事を察すると、母アリギュラから紹介された貴族の子弟を側近とし、周囲を警戒し始めた。


 これによって更に警戒される事になるのだが、それ以上に毒殺や暗殺者の警戒が容易になったという。


 それでもカインズは自分の将来を案じて更なる一手を打とうとしていた。


 臣籍降下という手段がなくはないが、その場合新たに公爵家を作らなければならず、10年前の戦争での賠償金がまだ払い切れていない以上、作ろうとすれば間違いなく反対の憂き目に遭う事が予想された。


「―――だからこそ、他国への婿入り。

 …想像していた通り、現実の見えていない愚かな男のようね」


 原作(オリジナル)の記憶と同様のミハヤからの報告にアドリアナは吐き捨てるようにカインズを酷評する。


 優秀であると王宮では評価されてはいてもそれを生かしきれず、賛同者を増やすことも出来ないカインズをどう評価すればいいのか、するとすれば『愚か者』として以外ないだろうとアドリアナは断ずる。


 夢見がちな愚か者なカインズは必ずやこの国の害になる、アドリアナは最終的にそう判断した。


 ―――そして、全ての駒が揃った以上、為すべきを為し、成し得る者がそれを全うす。


「…整ったわ、全てが」

「お嬢様、それは早計では…?」

「いえエヴァンス、これでいいのよ。

 おそらくこの状況ではすぐに戦争は起きないわ。

 ノースエンドの収穫時期は後半年以上は先なのよ?

 今戦争を仕掛ければ、物資が足りなくなって自滅するのが落ちだわ、血霧の傭兵団を有効的に活用するなんてそれこそ出来なくなる。

 だからこそ、今行動を起こすべきなのよ」


 アドリアナの口元が緩やかに上がる。


「安心しなさいエヴァンス、私は勝つわ、『完全勝利』よ。

 それ以外不安を感じる必要はないわ。

 貴方のソレは杞憂よ」

「…だと、よろしいのですが」


 不安が拭い切れないエヴァンスに、アドリアナはなおも自信を持って笑顔を向けた。


「なら、その不安が現実とならない為にも、貴方は私の側にいなさい。

 それなら、貴方にも対処出来るかもしれないでしょう?」


 アリストに似たのか、気に入った者をどこまでも追い詰め、鍛え上げるという悪癖にも似た行動をとるアドリアナにとって、エヴァンスという存在はこれまでも、そしてこれからも大切な人間だ。


 だからこそ、これを一つの試練として彼に乗り越えさせる事にしたアドリアナは楽しそうに笑っている。


「…分かりました。

 このエヴァンス、お嬢様のお側で『完全勝利』を間近で拝見させていただきましょう。

 そして、自分が感じた杞憂が現実のものとならないよう、全力で対処する所存でございます」


 迷いながらも、エヴァンスはアドリアナの言葉を受け取った。


 それに満足すると、アドリアナは2人を下がらせた。


 1人執務室で笑うアドリアナは楽しそうで、とても悪辣な策謀など企んでいるとは思えないものだった。


 そして自らの策謀の完成度に満足すると、ようやくアドリアナは就寝する為に自分の寝室にと戻る。


 ノースエンド王国第二王子カインズへのカウントダウンが、始まった瞬間である。




読んで頂き、ありがとうございました。

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