第二話 おーっほっほっほ、接敵ですわぁっ!!
続きました。
次回は…14日…に?
入学式を終えてから1週間、同じクラスで件の4人の王子との会話をしていくうちに、アドリアナはある事に気付いた。
彼らの性格や行動パターンが、【彼女】の持っていた記憶とかなりの頻度で似通っていない事を。
カインズは傲慢に見えて色々と考えている仕草が目立つ。
キシュワードは自分の事を知能派と思っているが、実の所それほど警戒するほど大物ではない。
クラウスは思いやりがあって優しいというよりも臆病で相手の態度を伺っている。
コンラートは自分の実力を過信しているようで、裏では努力をして苦手分野を克服しようとしていること。
王都にいる隠密を使い、彼らの行動を調べさせてから何度も確認してわかったことなのだが、これを吉と見てもいいのか、それとも凶と見るべきなのか、アドリアナには判断し辛い問題であった。
「…彼女も見つからないし、本当に長期戦になりそうね」
入学式を終え、就寝しながら忘れていた事を次の日からアドリアナはオニワーヴァンを使ってある人物を探していた。
「例の『男爵令嬢』の件ですね?
申し訳ありません、ただ今学園の生徒を虱潰しに調べてはいるのですが、王都にいるオニワーヴァンを総動員しても、件の男爵令嬢が見つかるのは数ヶ月は要するという報告が来ています。
公都から増員をしてもらうよう、奥様に連絡いたしましょうか?」
王都にいるオニワーヴァンの人数は50名だったが、アドリアナが各国の情勢を調べるように指令を下した所為でその数は20人と減少していた。
公都には未だ公爵領内で活動しているオニワーヴァンが多数いる為、王都に応援として派遣しても問題ないとエヴァンスは考えたのだ。
男爵令嬢の件もそうだが、オニワーヴァンを動員している数が減っているのは情報の重要性を知るアドリアナからしても問題だと思うしかないからだ。
「…そうね、その方が時間短縮も出来ていいかもしれないわ。
それにしてもあの連中、よくもまぁ一緒のテーブルについていられるわね、驚きだわ」
アドリアナの視線の先にはカインズ、キシュワード、クラウス、そしてコンラートの4人が同じテーブルについて、誰もが一言も喋らずにお互いを監視し合いながら食事についていた。
それを囲う様ににして、彼らの側近が食事を交替で取っているのだが、アドリアナの目には不思議というよりも異常としか映らなかった。
原典ではあの中に男爵令嬢がいて、まるで王女のように4人の王子たちに扱われている【彼女】の記憶を見て、アドリアナはありえないでしょうと表情を硬くしていた。
「…親交のある国ならともかく、ノースエンドとサウスザスターは離れ過ぎていて国交の仕様がこれまでなかったし、イストリアとウェスタンスは辛うじて国交はあってもお互いが仲が悪いのに、同じテーブルにいるなんて…何か共通の悪巧みをして、共同戦線を張っているようにしか見えないわね」
「大方、誰がお嬢様の元へいって落とそうかというのを牽制しながら見張っているのでしょう。
周囲の生徒の方々はお可哀想に、険悪な空気が漏れ出して空白地帯が出来ています」
道筋と早くも違う状況となっている以上、未来を見通す事が難しいとアドリアナは内心歯噛みする。
しかし、本来ならば自分は数ヶ月前に死んでいた存在だ。
名誉を貶められ失墜し、悪意を向けられ無様に路上で死んでいたかもしれない屈辱より遥かにマシと思うことにして、今後の予定をエヴァンスに尋ねた。
「この後のお嬢様のご予定は15時よりロンドン商会のドレヴァン会長との打ち合わせが入っています。
何でも、3ヶ月に一度の北への支援の際、新規の店舗も置きたいとの事案のようです」
ロンドベル公爵家というよりもアドリアナが個人的に出資をしているロンドン商会は現在では王都の一等地に店を構えられるほどに大きな商会となっている。
【彼女】の記憶から再現可能な技術を販売する事で爆発的に購入者を増やしたその手腕は他の大商会から見ても脅威と映るようで、負けじと顧客確保に勤しんでいた。
これがロンドベル公爵家の令嬢であるアドリアナがいなければ裏で手を回してその技術を奪われて泣き寝入りするしかなかったかもしれないが、王都でもアドリアナの名は知れていて、ロンドベル公爵家を敵に回して生きていけるとは思っていない彼らは正攻法で対抗するしかなかった。
過程はどうあれ、結果的に良いサイクルを生んでいるとアドリアナは納得していて、それはもはや問題ではない。
商会長のドレヴァンもアドリアナが信用している公爵家に代々使えている使用人の中から、最も商才のある者を選抜して据えている以上、一定以上の信頼があった。
そんなドレヴァンからの提案に、アドリアナは『もうそんな時期なのね』と口にしていた。
新規の店舗を置くという事は、雇用の枠が増えるという事だ。
それに加えて流通経路をこの数年で構築している北は現在最も商戦の激しい地域でもある。
小さな町から辺境伯のいる城下街まで熾烈な戦いが繰り広げられている。
北への配慮もあり、値段もリーズナブルである意味では試験地ともいえる土地柄になりつつある北は王国にとっても別の意味で重要な役柄を得ようとしていた。
「…ドルンズ辺境伯様に何か口利きでもしてもらおうかしら?」
貴族の繋がりというのはこういう時非常に役立つ。
口利きなどはその最たるもので、特にアドリアナの父アリストに並々ならぬ恩を感じているドルンズはアドリアナの願いを叶えるだろう。
それが彼の治める北の大地にも利益があるというのなら、なおさらだ。
「手土産が必要になってきますが、如何いたしましょうか?」
「ドルンズ様は民に心を砕いている方だから、いつもの支援物資を倍にすればそれで快く快諾していただけそうだけど…それだと芸がないわよね」
「…となりますと、それなりに『趣向』を凝らした土産が必要になってきますね?」
「そうねぇ…ふふ、お誂え向きにちょうどいいのがいるみたいだし、釣り出してみようかしら?」
何か楽しい事を考え付いたのか、アドリアナとエヴァンスはこの日上機嫌で学園を早退した。
■ ● ■ ● ■ ● ■ ● ■
学園生活3週間目、私は行動を開始しました。
さて、楽しい楽しい釣りの時間ですわ。
エサは私、食いついてくるカインズ王子を一本釣りする予定ですの。
ここ最近、私は4人の王子たち、特にカインズ王子と最低限以下の会話しかしていません。
いくら婿に来ようとしている彼らでも、ここまで接点がなくなると焦ってくるのでしょう。
その焦りが苛立ちを生み、こうして釣り出される隙を作ると知らずに。
ふふふ、まだまだ修行が足りませんわね、本当に王族としての教育を受けてきたのかしら?
「……アドリアナ、最近忙しくしているようだが、学園を早退したり何日も休んだりと、何をしているのだ?」
エヴァンスを離れた場所に配置して、1人でいるところをカインズ王子がのこのこ…いえ、予想通りやってきました。
焦りと苛立ち、そして不満を露にしていて、猫が剥がれ掛けています。
上手に猫を被っている者からすれば、一目見れば看破されてしまう位には剥がれていて、もうこの時点で無様としか思えませんわ。
学園の図書室は現在学生や研究者たちがちらほらといますがそれぞれ自分の課題をこなしたり資料を読み耽りながらと自由にしていて、私もそれらしく行動をしていました。
いえ、実際興味のある本があったので熟読していたのですが、まぁそれは置いておくとしましょう。
「あらカインズ様、ごきげんよう。
はい、公爵家の執務や現在出資している商会との交渉や後見先の将来有望な彼らとの時間を優先していますが、学業を疎かにはしていませんわ。
中等部でもこうして生活をしていましたが、成績を落としたことは一度としてありませんでしたから」
首席の座を一度として誰にも明け渡したことのない私は実力を見せているからこそ堂々と休学や早退が学園長から直々に許されています。
実際、私がこの学園にいるのはこの図書館の内部資料だけなのだけど、学園関係者以外は例え貴族であろうと審査が入って時間がかかるから仕方なく学園に在籍しているだけなのです。
いえ、もちろん他の貴族の子息子女とのコネを作ったり、将来有望そうな平民層の人材を探したりという意図もありますが。
「…そうか、ならばいいのだ。
そうだ、お前に用事があったのだ」
はい来ました、餌によって来ましたよカインズ王子が。
「なんでしょうか?
出来る限りお応えしたいと思います」
「…お前の仕事ぶりを見てみたいのだ」
本来なら、このような話題が上がる事はまずないでしょう。
ですが、私の事を少しでも調べれば、私という人となりがすぐにでも把握出来てしまうでしょう。
最先端の流行の発信者でもあり、根っからの仕事人間。
学業を疎かにせず、公爵家の代行として恥じない功績を幼い頃から立て続けた稀代の傑物。
女である事を惜しまれている私ですが、お父様は私がその気になれば王国初の女性宰相になるのも夢ではないと仰っていました、やりたくないですが。
公爵家を発展させるならともかく、王国全体となると話は別ですからね。
まぁともかく、私の人となりを知った以上、4人の王子たちの話題は基本的に甘いものはなく、政治や経済についての話題が中心になっています。
辛うじてついてこられるのはカインズ、キシュワード王子。
残念ながらクラウスとコンラートは政治はともかく経済についてはからきしな様で、私の中では更に減点していた。
経済観念のなっていない婿なんて不要ですわ。
「…まぁ、カインズ様がそうおっしゃるのなら、私も出来る限りお見せ出来るお仕事を見ていただければと思いますわ。
ですが…次の仕事は少々休学の時期が長くなりそうで、カインズ様の都合は大丈夫でしょうか?」
本来なら王族の方々に自分の都合を合わせるなんてありえないのですが、この発言は返ってくる答えが分かるからこそ出来る高等テクですの。
ここ最近、カインズ王子たちは邸宅に戻ると勉学に励んだりこのエイルネス王国についての情報収集、並びにその共有しかしていません。
まぁ、要するにヒマ人なのです。
「よい、既にそちらの予定が出来ている以上、こちらも我侭を言うつもりはない。
だが早めに連絡をしておけ、以上だ」
傲慢な所が抑え切れていませんが、これで釣れたと思えばこの程度、達成感で相殺ですわね。
正直掛けた手間と見合うのかと聞かれれば肩透かしもいい所なのですが、まあいいでしょう。
「はい、近日中に手紙を送らせていただきますわ」
カインズ王子は満足して図書室から出て行く、本当にそれだけの為にやってきたのでしょう。
これだけ貴重な資料があるのに読んでいかないなんて、もったいないわね。
「…エヴァンス、魚が釣れたわ。
ここからが時間との勝負よ、行動に移りなさい」
「はいお嬢様、直ちに」
さぁカインズ様、踊りましょうか?
北の大地で、どこまで踊り切れるか、見物ですわね。
読んで頂き、ありがとうございました。