第十二話 おーっほっほっほ、終幕が近付いてきましたわぁっ!!
お、遅くなりました!!
第十二話投稿です!!
えっと、前書きとあとがき書いていたら遅くなりまして、申し訳ありません。
ブックマーク1000件をついに突破しました、ありがとうございます。
では、クライマックス手前、戦闘描写やもろもろ込みでどうぞ。
会場入口付近では、火花を散らす戦闘が始まった。
練度としては賊―――当然だがヴォルフたちが変装している姿である―――が優勢であるが、それを補う数と連携で即興騎士団が有利に戦いを推し進めていた。
未だ中央まで突破できた賊はいない、カインズたちとは別に護衛に囲まれているザックスとミスティもこれが全て『やらせ』だとは信じられないほどの真剣ぶりに身を震わせていた。
ザックスたちの他に辺境伯ドルンズの双子の孫は彼らの戦いぶりに目を輝かせていて、これが王族と軍人系貴族の差なのかとザックスは双子を見て頼もしく思うのだった。
一方その頃、カインズたちはこの見ているしかない状況に苛立ちを覚え歯噛みしていた。
自分たちの計画はうまくいっていた、少なくとも、賊である血霧の傭兵団をこのアイゼンベル城へと招く事には。
警備をしていた兵を倒し、予め渡していた地図の場所を目指してこのパーティー会場へと辿り着き、
そしてパーティー会場へと乱入して騒乱を起こし、カインズはそこで颯爽とアドリアナの前に立ち賊たちと戦って撃退する。
アドリアナはカインズの勇姿に惚れ、他の婚約者候補たちより何歩もリードする―――筈だった。
そう、筈だったのだ。
この国はおかしい、カインズは思った。
賊が侵入したというのに兵を呼ばず、会場にいる全員がテーブルの下から武器を取り出し、捕獲用の網を取り出しキビキビと即興の部隊を予め決めていたかのような周到さで編成していった。
夫人たちは特におかしかった。
カインズは女はむしろ場を混乱させるため、恐怖を助長させるため、何より弱っている筈のアドリアナを支えるための道具に過ぎなかった。
だが、カインズの思惑に反して、彼女たちはさながら軍人のように行動していた。
子供たちを最奥にまでいき賊との距離を稼ぐと、夫たち同様テーブルから武器を手に取り子供たちの周囲を囲み始めたのだ。
手際の良さから、普段からこうした訓練をしているのだと思わせるほどで、カインズは内心で『そんなバカな』と驚愕するしかなかった。
貴族の女性といえば喧騒とは無縁で、毎日刺繍やお茶会、裏では愛人と密会をしたりと『戦い』と真反対にいるはずの人種だとカインズは思っていたのに、このエイルネス王国は違った。
1人、また1人と賊が捕縛されていく。
血霧の傭兵団、カインズの母の実家を頼り雇った一騎当千と謳われた傭兵の彼らが戦闘職でもない貴族と一部の兵士たちに捕縛されていく。
計画ではある程度場内を騒がせたら逃亡するというものだったが、既に会場の入り口は増援にやってきた騎士たちが固め、扉も閉ざされてしまい逃げる場所はない。
そしてここは城の3階である、飛び降りれば無事では済まず、下半身の骨が砕け重傷を負う事は間違いないだろう。
「……どうして、こんな事に」
カインズが漏らした弱々しい声は側近のドームズにも聞こえなかった、喧騒のせいである。
ノースエンドにいた時から、カインズは周囲に白い目で見られていた。
望まれていなかった側妃から生まれた第二王子、それがカインズの評価だった。
優秀ではあるが、優秀であるがゆえに兄王子に敵視され、父でもあり王でもあるガステアからも内乱を企んでいるのではと疎まれてきた。
カインズは自分の命の危険性があることを察すると、母から紹介された貴族の子息を側近とし、周囲を警戒し始めた。
これによって更に警戒される事になるのだが、それ以上に毒殺や暗殺者の警戒が容易になったのでさほど後悔はなかった。
ドームズはカインズの良き理解者であり、優れた従者だった。
彼のお陰で今の自分があると、解っていたからだ。
それでもカインズは自分の将来を案じた。
今でこそ毒殺や暗殺のような表沙汰にできない手段で自分の死を望まれているが、いつまでも兄王子やその周囲からの攻勢を凌ぎ続ける筈がない事は分かっていた。
臣籍降下という手段がなくはないが、その場合新たに公爵家を作らなければならず、10年前の戦争での賠償金がまだ払い切れていない以上、作ろうとすれば間違いなく反対の憂き目に遭う事が予想された。
ならば国内ではなく、国外に目を向けてみてはどうかとカインズは考えた。
国外の有力貴族と縁を結ぶことで、白眼視されているとはいえノースエンド王族との縁を繋ぐ事ができ、更には低位ではあるが王位継承権を有する事が出来るのだ。
自分を冷静に分析してみて、自分がいかに有料物件であるかを認識したカインズは、次にどの国の、どの家が自分に相応しいかを探した。
狙い目は公爵、侯爵家のどちらかだが、そうした上級貴族の子息子女には幼い頃から婚約者がついていて、どれも芳しくない成果しか上がってこない。
しかし、それでもカインズは諦めなかった。
諦めれば、待っているのは不可避の死である、それだけはカインズは避けたかった。
既に政敵である兄王子の派閥からはドームズも抹殺対象に入っている。
彼と共にこの国から出て行く為に、カインズたちは必死になって探した。
国外に出てしまえば、後は野となれ塵となれ、婿入り先に細心の注意を払う事にはなるだろうが、それでも命を狙われる事はなくなるだろう危機に比べれば何という事はない。
そんな中で、転機が訪れた。
エイルネス王国で公爵家のアドリアナという令嬢が婚約者である第一王子との契約が破棄されたという話が飛び込んできたのだ。
それを知ったカインズはすぐさま父王に他国に婿入りする為の利益を熱を込めて語った。
父王も国を割り血塗れの内戦をして王国内の国力を損なうよりも、利益を取ったのか渋々といった様子で使者を立てて王国に伺いを立てた。
返答はなんとも如何なもので、既に3カ国の王子たちから婚約を申し込まれているという状況だった。
カインズは出遅れていた。
こうなってくるといてもたってもいられなくなったのか、カインズは父王に願いエイルネス王国に乗り込み、見事アドリアナから婚約の承諾を取り付けてくると言い残してエイルネス王国に旅立っていった。
こうして4ヶ国の王子たちが1人の令嬢を取り合うという数奇な運命に組み込まれたのだ。
だが、アドリアナと婚約するよりも他国の王子たちと牽制した結果、アドリアナと触れ合う機会は段々と無くなっていき、ただの留学生という関係になろうとしていたのにカインズたちはこの状況に焦った。
互いを牽制し続けた結果、アドリアナに近付く事が出来なくなっていたのだ。
カインズ以外の王子たちもそれぞれの事情を抱えていたのか、なんとしてもアドリアナの婿の座につきたかったのだろう。
サウスザスター王国のキシュワードが公平にクジを作り、引いた順番でアドリアナにアピールする事を決めるなるとカインズが一番手となった。
一番手という事もあり、上手くいけば自分が誰よりも早くアドリアナの心を射止める事が出来るかもしれない、そう思ったカインズはアドリアナに積極的にアピールをした。
その結果、彼女の邪魔とならないよう接していくうちにこの計画を思いついたのだ。
視察先で思わぬ事件に巻き込まれるが、それを助けた事からお互いを意識し始め婚約者となる。
だがそれも、難しくなってきた。
頼りにしていた傭兵たちは捕縛され、残すは中央まで突破してきた部隊長らしき男だけだ。
対して即興騎士団は怪我人はいるものの戦意士気共に高揚していて、敗北はもう間もなくというところだろう。
「うおおおおおおおりゃああああああっ!!」
「はぁあああああああああああっ!!」
傭兵と、アドリアナの執事と呼ばれていた男がぶつかり合う。
「……どうして、こうなったのだろうな」
もう何度目なのか、カインズは自分の計画が一体どこで狂ったのか解らず、空しい声を上げるのだった。
×××
ふふ、もうすぐ終わるようね。
カインズとドームズ、後は詳しく知らされていない子供たち以外の全員が仕掛け人という楽しい楽しい会合が終わるのね。
ドルンズ様にこの件を手紙で送った際、協力者を募ろうという提案を受けてお任せしたのは正直失敗だったのか成功だったのか、正直分かりかねましたが…今思えば提案を受けて正解でしたわ。
お蔭で北部に溜まっていた問題…血霧の傭兵団の部隊殲滅、アイゼンベル城の怠慢警備、アイゼンガルド州の貴族の方々の軍事演習、非常時における緊急避難訓練、その他諸々が一気に解消されましたわ。
そして極めつけはこれ、『ノースエンドの王族を精神的にボコボコにしよう大会』です。
ハイアデス砦に駐在いる上官たちがごっそりと抜けるというデメリットがありますが、最低限残して残りは全てこの大会に参加して意気揚々と方々でいっぱいです、盛況ですわ。
普段指揮をしている上官たちも今日は即興騎士団の一員として体を動かして溌溂としていらっしゃいます、普段のストレスを発散しているのかしら?
ちなみに、血霧の傭兵団役をしているのはこの場にいない刀刃隊が務めていますの。
公都における最高戦力と戦えるとあってか、即興騎士団の皆様の士気は上限知らずですわね。
まあ、こちらは流石に完全武装の即興騎士団に劣る装備の挙句『カタナ』という使い慣れている装備を使っていないとあってか、刀刃隊は次々と捕縛されていきました。
といいますか、こちらは予定より早く片付いてしまって後は2人…ヴォルフとエヴァンスの戦いが終わるのを待つだけですわね。
師弟対決とあって、お互いの手の内を知っている所為なのかしら…終わる気配がまったく見えないわ。
…2人ほど元気にじゃれ合っている様で楽しいのは結構なのだけど、そこらで終わって欲しいわね。
カインズたちを陥れる…いえ、国に強制送還させるというシナリオが進まないじゃない。
…あまり戦いの邪魔なんて無粋な真似はしたくはないのだけど、どうあっても今のエヴァンスではヴォルフに勝てるとは思えないし…背後から急襲しようかしら?
これでも彼女の記憶から護身術を学び続けていますの、刀刃隊の下位の者たちと打ち合える程度の実力はあるから、大丈夫だと思うのよね。
手始めに、このナイフを2人の間合いに投げ込んでエヴァンスの援護をしましょう。
「……リア嬢よ、男同士の戦いに水を指すのは関心せんぞ?」
…釘を刺されてしまいましたわ、流石軍人貴族…いえ、生粋の騎士の勘というのは洒落になりませんわ、未来予知でも出来るのかしら?
「シナリオを進めたいというリア嬢の気持ちは分からんでもないが、どうせすぐに終わるじゃろうて。
今の内にその物騒なナイフを仕舞ってことを起こせるよう準備しとるといい」
「…ドルンズ様の、仰るとおりにいたしましょう。
私も、あまり無粋な真似はしたくありませんし」
でも、勝敗が有耶無耶になればエヴァンスもヴォルフに負けるなんていう恥をかかなくても済むと思ったのだけど…そうよね、やっぱり勝負の邪魔をされる方が気に入らないのかもしれないわね、男の子だもの。
いつからだったかしら、エヴァンスがヴォルフから剣を習い始めたのは?
確か…ロンドベルの家に来て半年目、誤解が解けた頃かしらね?
執事見習いとしての仕事もあったのに、教えるのが下手なヴォルフに毎日傷だらけにして私もよく泣いていたわ。
幸いエヴァンスに剣の才能があったお蔭で、この10年近くの間にロンドベル公爵家の持つ領邦軍の中でも屈指の剣士になりました。
けど、やはりヴォルフ相手となると師匠という事もあってエヴァンスの手の内は知れているし、何より経験が足りていません。
一応ヴォルフの使っている剣は刃を潰しているけど…エヴァンスは執事服だし碌な装備もしていません、もし何かあったら大怪我になってしまいますわ。
怪我だけは……怪我だけは、して欲しくないですわね。
そんな思いに駆られたのか、私はいつの間にか声を上げていました。
×××
ヴォルフガングはこの戦いを楽しんでいた。
剣を打ち合わせる度に飛び散る火花、受け流しながら繰り出されるキレのある蹴り。
ヴォルフガングの手元には武器は質の悪い刃を潰した剣が一本に鎧も死体から剥ぎ取ったという、まるで盗賊のような出で立ちだが、気分は良かった。
何せ、久々に弟子との斬り合いが出来るのである。
武器と鎧が悪いからといって、エヴァンスと互角になった訳ではない。
幼い頃から戦場を渡り歩き、若くして達人の域までその技量は達し、【戦狼】の傭兵団の部隊長を務めるにまで至った歴戦の古強者だ。
本来の武器である剣と刀がなかろうと、かつては拾った武器で戦場を何度も乗り越えてきた非常識な彼にとって、優れた武器はそれほど重要ではない。
戦場育ちの異常な身体能力と、実戦経験の少なく戦場を知らない優秀なだけのエヴァンスの技量では、未だに手の届かない領域にあった。
エヴァンスの武器は二振りのブロードソードだ、彼はヴォルフガングと同じく二刀流で攻防一体の剣技を操る。
だが、ヴォルフガングは剣一本でエヴァンスを圧倒し、反撃の一手をそう簡単に与えようとはしなかった。
「いっいかげんっ、たおれろっ!!
他はやられているだろう!?」
戦闘中とあってエヴァンスの口調は崩れているが、ここからアドリアナのいる場所まである程度あり、喧騒の助けもあって聞こえてはいない。
既にエヴァンスとヴォルフガングは即興騎士団に囲まれていて、いつでもエヴァンスが下がればヴォルフガングに鉄網を投げ込み捕縛する事が出来るだろう。
接近したまま剣戟をぶつけ続けているせいで、2人の間を割って入るのは難しかった。
だが実のところ、割って入るのが難しいのであって、やろうと思えば出来ない訳でもないのが真相だ。
即興騎士団はヴォルフガングとエヴァンスの、かつて【戦狼】の傭兵団において部隊長を任された凄腕の傭兵とその弟子との戦いを観戦していたのだ。
取り囲んでいるとあって、外からは―――特にカインズ達からはその様子を見られる事はないため、最前列にいる彼らは武器を下ろしてあれこれと2人の剣戟に関心を寄せていた。
「もうちっと遊ぼうやっ!!
残るは俺だけだが、お前さんと戦うのが楽しいから捕まってやるのはもう少しあとっす!!」
ヴォルフガングはエヴァンスが全力で戦っているのに対して未だ余裕があるのか、まったくといって良いほどに息を切らさず、剣を振るった。
袈裟を切ろうと仕掛けようと実はエヴァンスが剣で防ごうとするだろう箇所を狙って剣をぶつけバランスを崩そうとする。
ヴォルフガングの剣がエヴァンスの手の甲を捕らえようとするが、エヴァンスはこの一撃をブロードソードを逆手に持ち替えると防いでみせた。
防いだ箇所からの掬い上げを警戒して、残る片手に持ったブロードソードでヴォルフガングに牽制の一撃を放つが、見切っていたのかヴォルフガングは少し体をずらしただけでこれをかわしてしまった。
すぐにでも追撃に出ようとしたが防いだ際に体勢を崩してしまい、そのままの追撃は逆に隙になると自制したエヴァンスは舌打ちした。
「…殺気が前に出過ぎっすね、これなら切れる場所分かるんで体をちょっとずらすだけで楽勝でかわせるっす。
まだまだっすねぇ」
ヴォルフガングは既に指南でもしているかのようにエヴァンスに助言を与えていた。
はたから見て激情を発しているように見えても、頭は冷静に対処する。
凶暴な二つ名を持っていても、計算高い歴戦の傭兵に隙はなかった。
「くっそ、またかっ!!」
そして実力を発揮し切れていないエヴァンスも、これ以上打つ手が見つからず焦りが出始めて剣の冴えに陰りが見え始めてきていた。
主人であるアドリアナのシナリオをいい加減に進めなければという義務感、自分が定めた制限時間内にヴォルフガングを押さえ込むという目標、それらが雑念となってエヴァンスを捕らえていたのだ。
「―――エヴァッ、賊を早く捕らえなさい!!」
会場に響く声に、誰もが一瞬息を呑んだ。
その鋭くも高い声はこの場の誰もが知る声だった。
ロンドベル公爵家の至宝、周辺諸国にその才気を鳴り響かせる美しき女帝。
そして、エヴァンスが敬愛してやまない主人―――アドリアナ・ピスタリオ・ロンドベルである。
エヴァンスにとって、『エヴァ』と呼ばれたのは久しぶりだった。
アドリアナが幼少の時、自分がロンドベル家に迎え入れられた頃を思い出したエヴァンスはあの頃の誓いを思い出した。
何があっても、この人を―――お嬢様を守ってみせると。
「……へぇ、目が随分と大人しくなったっすね?
あっちのお嬢さんのおかげっすか?」
からかうような声でヴォルフガングが挑発をしてくるが、先程まで焦りがなくなったエヴァンスはそれほど反応せずつれなく返した。
「ええ、我が主の声がここまで届きましたので。
時間が押しています、ここで終わらせていただきますよっ!!」
両手のブロードソードを逆手に持ち替え、エヴァンスは突貫する。
今度こそヴォルフガングに一矢報いるため、そして何より主人の声に応える為にエヴァンスは疾駆する。
「ははっ、よしこいやあぁっ!!」
呵々大笑とヴォルフガングは冷静さを取り戻したエヴァンスに最後の試験とばかりに質の悪い剣を両手に持つとこの時初めて構えてみせた。
周囲からどよめきが漏れるが2人は気にせず前に出た。
先手はヴォルフガングだった。
駆け出したのはエヴァンスだが、突貫して接近しようとヴォルフガングの間合いに入るのに意識を向けすぎたのか、既に射程はヴォルフガングの必殺の領域である。
ヴォルフガングはエヴァンスに斜め上段からの一撃を放つ。
狙いは首、これが避け切れなければエヴァンスの首と胴は別れないにしても、当分の間ベットで過ごす事になるだろう。
全力には程遠いが、それでも気合の入った一撃だ、ヴォルフガングはエヴァンスがどのような一手で迎え撃つのか期待した。
エヴァンスは逆手に持ったブロードソードでヴォルフガングの剣を受け止めると、そのまま立ち止まらず、そのまま進み続けた。
「うぉおおおおおおおおおおっ!!」
火花を散らしながらエヴァンスはヴォルフガングの懐に入る。
この時既に互いが必殺の領域にありながらヴォルフガングは振り下ろした剣を片手にし、腰から短剣を抜いていた。
「まだまだああああああっ!!」
染み付いた習慣とでも言えば良いのか、この一撃を防ぎ切り懐に入った時点で合格と判断していたヴォルフガングもこれには苦笑してしまう。
逆手に持った短剣でエヴァンスを迎え撃つヴォルフガングは短剣を振り下ろした。
―――が、勢いよく振り下ろされる筈の短剣が止まってしまった。
からん、と金属製の何かの落ちる音がする。
「はぁッ!?
…って、お前その手はっ!?」
ヴォルフガングは止まってしまった短剣の方を思わず見てしまい驚嘆した。
エヴァンスはいつの間にか片方に持っていたブロードソードを捨て、ヴォルフガングの短剣を持っていた手首を握り締めていたのである。
この一瞬の膠着状態の間、先程の金属の音はブロードソードが落ちた音だったのかとヴォルフガングは悟るが、時既に遅かった。
防御を主軸としていた突貫だと読んでいたヴォルフガングの攻撃を上回る読みをしたエヴァンスが、この隙を見逃す筈もない。
「隙ありだっ!!」
エヴァンスはヴォルフガングの手を捻り上げると防いでいたブロードソードも離しヴォルフガングの皮鎧の首の付け根―――襟首を捉えると、後は一瞬の行動だった。
エヴァンスは自分よりも遥かに体重のあるヴォルフガングの体勢を崩し持ち上げ投げ飛ばした。
「―――ッ!?」
あまりの衝撃に地面に叩きつけられたヴォルフガングは受身を取ったが一瞬息を止めて冷や汗をかいた。
「か、かくほおおおおおっ!!」
勝負あったと、観戦をしていた即興騎士団の彼らも気付いたのだろう。
シナリオを進行させる為、倒れたヴォルフガングに鉄網が投げ込まれていく。
もみくちゃにされるヴォルフガングに同情するが、今回の配役からしてこの結末は想定済みだったエヴァンスは流し目をよこすだけで何も言わなかった。
大捕り物が終わった事でパーティー会場に歓声が沸くが、エヴァンスはアドリアナの元へと急ぎ舞い戻った。
「お嬢様、賊の男を捕らえました。
後は如何様にもお使いください」
「……エヴァンス、怪我はないのかしら?」
アドリアナの若干震えた声にエヴァンスは思わず面を上げてしまう。
「い、いえ、どこもっ!!
怪我などして―――ッ!!」
エヴァンスは言い切ろうとする寸前に、耳に鋭い痛みが入った。
慌てて手を当ててみると血が付いていたのに驚いた。
「…ふむ、先程賊を投げた時に負ったんじゃろうな。
手入れのしておらん皮鎧で留め金に耳をこすったんじゃ、布で当てておけばすぐに止まるじゃろう」
ドルンズがそういうと、突然アドリアナに何か囁いていた。
アドリアナはドルンズの囁きに肯くとエヴァンスの耳に自らのハンカチを当てた。
「エヴァンス、これで止血しておきなさい」
「い、いけませんお嬢様!!
汚れてしまいます!!」
「いいえ、これは貴方にあげたのです。
断ることは許しません、受けなさい」
断ろうとするエヴァンスに、アドリアナは無理矢理エヴァンスにハンカチを持たせて立ち上がった。
「―――さぁ、終幕といきましょうか」
声を弾ませる主人の横顔を見ながら、エヴァンスは深々と頭を下げて気を落ち着かせた。
「……し、心臓に悪い」
歓声の中、この声がアドリアナに届かないのに安堵したエヴァンスはいつもと同じ表情を取りつくえる様努めた。
読んで頂き、ありがとうございました。
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