第十話 おーっほっほっほ、おもてなしを始めますわぁっ!!
お久しぶりです皆様。
突貫ですが最新話を投稿しました。
ギリギリ本日中です。
では、どうぞ。
「順調過ぎて怖いわねぇ」
そんな一言とともに、アドリアナはパーティー会場で小さく小首を傾げながら誰にも気付かれずひっそりとため息をついた。
先日、ヴォルフガングたちが血霧の傭兵団所属の傭兵を殲滅した事はどこにも情報は漏れていない。
完全に証拠を隠滅したことで、彼らは『工期が達成出来ず、違約金怖さに夜逃げした』ことになったのである。
事実彼らの本職は傭兵であり、建築物を建てるような職に就いた事は一度としてない。
実際の予定していた工期もロクに進んでおらず、誰も疑問に思う者はいなかった。
「…お嬢様、ある方がお嬢様にご挨拶したいと」
「いま会場の指示が忙しいから、後にして。
…そこの貴方、そのテーブルは繋げて」
「おうでさぁっ!!
お嬢様に声をかけてもらえるたぁこのヴァンカン終生の誇りにしますぜ!!」
アドリアナが指示をする度に、こうして作業をする者たちが似たり寄ったりな言葉を返して作業を進めていく。
公務員として働くいわば宮大工のような者たちで、全員がアドリアナたちロンドベル公爵家へ感謝の念があるのだと紹介の際に伝えられ、張り切って彼らは仕事をしていた。
まるで目の前にいるかのような大きな声量にアドリアナの表情が引きつりそうになるが、彼是一時間もこうしていれば慣れるというもので、今では完全に流していた。
現在、アドリアナはカインズとのフラグを潰す為の舞台―――パーティー会場の設営、その指示をしていた。
本来ならばこのような事に客人であるアドリアナ自身がする必要もないのだが、万全を期す為にあえて臨んでいたのである。
「…まぁ、こんなところね。
あとは予想通り、今日の夜から始まるパーティーで台本通りの行動を皆さんがしてくれれば…」
―――そして1時間後、テーブルの設置に納得し終えたのか、アドリアナは満足な表情を浮かべていた。
立食式のパーティーになっていて、ダンスを躍る場は作ってあるが、今回の趣旨はあくまでも情報交換の場としてのパーティーと表向きは銘打っている。
テーブルはその殆どが端に置かれたが、仕掛けのあるテーブルだけはなるたけ会場の中央付近に配置されていた。
「お嬢様、そろそろよろしいでしょうか?」
再びエヴァンスがアドリアナの元へとやってきた。
先ほどの催促なのだろうと察したアドリアナは面倒だと思いながらも頷いてみせる。
「かまわないわエヴァンス、呼んできてちょうだい」
「はい、かしこまり…」
「「―――お姉さま!!」」
息のぴったりと合った声が会場に響き渡る。
アドリアナは聞き覚えのある声にその方向へと見やると、ドレス姿の2人の美少女がアドリアナに向かって駆けてきていた。
まるで鏡を合せたかのようにそっくりな少女たちは赤いドレスと青いドレスを着て手を繋いで駆けてきていて、アドリアナの前で立ち止まった。
ドルンズ辺境伯爵家の直系血族に当たる双子、ミシェルと弟のアリオスである。
アドリアナは双子たちの『悪い遊び』に小さくため息をつくと、赤いドレスを着た少女に声をかける。
「…アリオス、貴方また女装なんてして…いくら似合うからって時と場所を考えなさい?
ミシェル、貴女も面白がってアリオスに女装を勧めないの、弟のアリオスにおかしな性癖でも目覚めたらどうするの?」
すると赤いドレスを着た少年―――アリオスはにこりと笑うと小さく舌を出し片目を瞑って『ばれちゃった』と小さく呟いた。
「もう、やっぱりお姉さまには私たちの区別がはっきり分かるのですね…あの執事もそうでしたけど、本当に不思議ですわ。
どうして分かるのかしら、こんなに私たちそっくりなのに」
「不思議だね、こんなに可愛いのにばれちゃうなんて」
「不思議なのは貴方たちの頭の中よ…ドルンズ様の教育方針に異は唱えたくないのだけど、自由過ぎるのは問題だと思うわ…」
軍人系貴族とあって他の貴族とは違う教育方針があるのだろうとアドリアナは思い込もうとしたのだが、中々理性が納得しておらず難しい顔をした。
アルドア学園中等部では女装せずに活動しているアリオスは中等部で人気を博していて、双子の
姉であるミシェルも同様に仲良く行動していた。
一卵性でもないのに瓜二つな二人は学園でも屈指の有名人である。
一部ではこの可憐な2人がいつかドルンズのような豪快な人物になるのかと未来を馳せて絶望している人間もいたが、殆どの人間はそれに気付いていない。
その仲の良い双子は分を超えてアドリアナに懐いていた。
その懐き様は本当の姉弟の様で、アドリアナもそんな双子の事は気に入っていた、アリオスの女装以外は。
発端は姉のミシェルが瓜二つな自分たちの事を服装だけで見分けているのではという疑問で、当時まだ髪の短かった双子たちは同じ髪型、同じ格好をして使用人たちに自分たちの事が見分けられるか尋ねて回った。
だが、見分けられた者はドルンズ以外他におらず、自分たちの事を見てくれないと思った2人は塞ぎ込み、荒れた幼少期を過ごしていた。
そこに転機が現れたのは、アドリアナが商会と共にこのアイゼンガルド州に訪れた時だ。
莫大な支援金と援助を僅かな報酬で次々と片付けていく彼女に、2人は紹介された時『この人なら』と思ったのだという。
時機を見て2人はアドリアナをお茶会に誘い、その時に尋ねたのだ。
同じ顔立ちで、同じ髪型、同じ格好の自分たちはどちらがアリオスで、どちらがミシェルなのか。
アドリアナは2人が思ったとおり、見事看破した。
一月も経っていないというのに瓜二つな双子を何度も見分けたというアドリアナの感性は飛び切り優れていたのだろう。
だが、その後に『説教』が始まったことは予想外だったという。
『見分けて欲しいのなら髪型を変えるなり口調を変えるなりすればいいでしょう?
そもそもこの城の使用人たちは貴方たちと接しているとはいっても共にいる時間が少ないのだからすぐに見分けられる筈ないでしょう?
見分けられたいのなら、まず自分たちが見分けられる努力をなさい!!』
極め付けがこれである、その場にいた誰もがアドリアナの言葉に驚き、幼い2人は盲が開けたのかアドリアナの言った事を実行した。
まずはアリオスは髪を短くし、口調も改めた。
ミシェルも同様に誰が見ても自分だと分かるように格好や服装を変えた。
使用人たちとも邪魔にならない程度に接していく内に、使用人たちも2人を見分けられるようになっていったのだ。
双子たちの騒動はこうして終息したのだが、これには後日談があった。
根がいたずら好きだったのか、2人は城内限定だが時折入れ替わったり、二人揃って同じ格好になったりといたずらを仕掛けるのである。
男装、女装癖のある双子たちのいたずらは数年経った今でも続いている。
「…ところで、貴方たち学園はどうしたの?」
「地元だし久しぶりの里帰りもしたかったので、お姉さまのしようとしている事を間近で見ようかと思って」
「休学届けを出しましたわ!!」
アドリアナの質問に双子は自分優先の答えを出したのか、それが返ってアドリアナの顔を更に厳しいものに変えた。
とはいえ、別段アドリアナは2人の心配をしている訳ではない。
学園での二人の成績は上位に位置している、おかしな趣味に全力で目を瞑れば、この双子は文武両道を地で行く優等生なのだ。
「……ドルンズ様は承知しているの?」
「おじい様はむしろ喜んでいましたわ」
「お父様とお母様の仇だし、手を下せないのは残念だけど潰すのを間近に見れるのならいいかと思って」
そして話を聞く内に、双子たちがザックスのしていた情報収集にいち早く気付き、その背後にアドリアナがいたことに気付いた。
アドリアナがノースエンド王国の第二王子や他国の王子たちと関わっている事をその過程で知った2人はアドリアナの力になろうと学園内にいるアイゼンガルド州に属している令息令嬢と共に今回の一件に関わる事を決め、アドリアナたちより早くアイゼンガルド州に帰ってきたのだ。
彼らの家族は驚いただろう。
事情を知らされていない筈の子供たちが突然里帰りをし、何故かアドリアナの書いたシナリオにちゃっかりと加わろうとしたのだから。
アドリアナもこの事には驚き、少し見ない間に成長した双子に感心した。
更なる計画の上方修正もできたことで、今後の展開にも期待したのだ。
「…ならいいわ、では貴方たちには目撃者になってもらいましょう。
ここでの貴方たちの任務はこの場で見た事を正確に記憶し、後日学園でこんな事があったと広めることよ」
本来であれば、カインズを徹底的に潰した後に学園にもいられないようにして自国へと帰らせようとしたのだが、その期間が短くなるのなら幸いと思い双子の参加を歓迎した。
「「はい、お姉さま!!」」
2人はすぐに事情を察知したのか、一礼するとすぐに会場から去っていく。
会場の入り口には双子の側近たちなのか、同じ年代の少年少女たちが双子を迎え、どこかへと向かっていく。
おそらくは既に学生組みは一ヶ所に集まっていて、双子が説明しにいったのだと思ったアドリアナはふと思った。
「……まさかあの2人、あの格好で説明にいく気なの?」
「……まぁ、アイゼンガルド州ではあの2人の事に口出しする者はいませんから。
良くも悪くも、受け入れられています」
「側近仕事しなさいよ…」
エヴァンスの言葉に思わずごちてしまったアドリアナはその後最終確認をして会場を去った。
この会場で始まるパーティに集中しなければと、双子たちの問題を先送りにしたのだ。
×××
「良く来てくれた皆の者……では、乾杯!!」
ドルンズ様のとても短いパーティ開催の挨拶が終わりました、開始十秒という相変わらずの速さに気が抜けそうでしたわ。
普通のパーティーならもっと参加した貴族の方々に季節の挨拶を始め感謝の言葉や近況報告を語ったりとあるのですが、それがまったくありませんでした。
ロンドベル公爵家ならば…いえ、大抵の貴族はここまで大雑把にはしませんわ。
挨拶が短ければ短いほど、招待した私たちの事を軽んじていると見られると捉えられるかもしれない…のですが、やはり北は違いますわね。
カインズ達は早速孤立しています、彼らの周囲には空白地帯ができていて、話しかける者はいません。
ああ、今ドルンズ様が挨拶を…これもまた十秒と経たずに、いえ、五秒も経っていませんわあれ、早過ぎでしょう。
側近ドームズは何かきゃんきゃんと吠えていますが、パーティーの喧騒に押し負けて何を言っているのかさっぱりです、まぁ想像はつきますが。
それにしても、こんな相手が私の婿候補だなんて悪夢以外の何ものでもないわね。
軽く想像してみましたが…やっぱりないわね、論外だわ。
そもそも彼、それほど能力が高い訳じゃないもの。
あくまでノースエンドの基準で高いのであって、エイルネス基準から見ると格が落ちるのよね。
いえ、もう核からして違うといいますか…とにかく残念でなりませんわ。
あぁ、私の将来の婿候補はどこにいるのかしら?
本当に分家の子を婿に…いえ、あの子も優秀なのですが、私自身が嫌われているのでどうも想像がつかないといいますか。
会えば必ずと言っていいほど逃げられるし、顔を合わせても話も碌に出来ません。
「アドリアナ様、本日はよくいらしてくださいましたわ」
「あらイライザ様、お久しぶりですわね。
旦那様のシュピッツァー子爵様はご壮健ですか?」
「ええ、手紙でも元気にしていると書かれていますので安心しています。
けど、やはり軍人の妻というのは寂しいものですわね。
旦那様のいない屋敷にはなんというか、何かが欠けたような…いいえ、旦那様という大切な方がいないと屋敷なんて火の灯らない蝋燭のような…」
「…まあ、仲がよろしいのね、素敵だわ」
今話している相手はイライザ様といいまして、中等部時代の私の同級生だった方ですわ。
高等部には上がらず、婚約をしていたシュトライト・セイン・シュピッツァー子爵と結婚した彼女は現在は子爵夫人になっていました。
…いえ、何も思っていませんわよ?
羨ましいなんて、羨ましいだなんてまったく、一切、これっぽっちも感じていませんわ。
延々と聞かされる『のろけ話』にこめかみあたりに妙に力が入りますが、なにもありませんわ。
彼女の結婚式は王都でありましたからもちろんクラスメイトで友人関係にあったので祝福しましたし?
ただ、彼女の『旦那様節』にはちょっと…なんといいますか。
いえ、仲の良い話が聞けて大変結構なのですが、こう、なんと言いますか。
…未婚の身で聞かされると辛いといいますか、ちょっと幸せ過多な彼女と一緒にいるのが辛いといいますか…普段は苦手な相手なんて早々いない私ですが、今の彼女とは一緒にいたくないですわ。
「…そういえばイライザ様、お手紙は読まれましたか?」
私の言葉にはっと気付いたのか、イライザ様はそれまで漏らしていた『幸せオーラ』を瞬時にとめて緊張した面持ちに戻りました。
よかった、『すいーつ』には侵されていても貴族としての誇りに偽りはなかったのね。
学生時代の優秀な彼女の表情が見れて、ほっとしましたわ。
「はいアドリアナ様、旦那様に代わり拝見させて頂きましたわ。
他の夫人方も同様で、すべてシナリオを頭に入れています。
…あのノースエンド王国の悪魔たちに一泡吹かせられると聞いた時から皆様お手紙が届いた次の日には完璧にシナリオを覚えていたと聞きましたの。
旦那様も『私の代わりに見届けてくれ(中略)愛しいコマドリ』なんてお手紙も頂いて、今日は楽しみで仕方なかったくらいですの!!」
そう、ドルンズ様に宛てたシナリオと同じ物をアイゼンガルド州に属した貴族の方々に送りましたの。
何人かは領地の事情で来られませんでしたが、代わりに夫人が見届けたりと今回のパーティーにはアイゼンガルド州全土の貴族が揃いましたわ。
パーティーの名目は『アイゼンガルド州の活性化を目指して』ですが、実情は『ノースエンドのバカ王子潰すから間近で見物しようぜ』というのが真相です。
…後半がなければ他の夫人やイライザ様の頑張りに感謝した筈なのに、イライザ様の『旦那様節』が出てきてなんとも言えない空気に。
…こういう時、どういう顔をすればいいのかしら。
「……お嬢様、そのまま笑っているだけで結構です」
そっと耳打ちするエヴァンスの助言に感謝して私は微笑んで事無きを得ました。
私は早くシナリオが次の段階に移らないか今か今かと願い始めて、カインズがこちらにやってきたのに内心手を握ってしまいました。
おそらく、最初で最後の感謝ですわね、よくやりましたわカインズ。
さてと、彼女もカインズの存在に気付いたので落ち着いてきました。
始めましょうか。
読んで頂き、ありがとうございました。