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おーっほっほっほ、フラグをへし折りますわぁっ!!  作者: 夢落ち ポカ(現在一時凍結中)
第一章 おーっほっほっほ、1人目ですわぁっ!!
10/18

第九話 おーっほっほっほ、包囲網が完成しましたわぁっ!!

皆様、お久しぶりです一ヶ月ぶりの投稿です。

書いては消して、書いては消してを何度も繰り返し、ようやく投稿できました、遅くなりまして大変申し訳ない。

このお話の後半に残酷な描写が書かれています、気持ち悪いと思った読者の方々は即座にブラウザをお閉じください。

*ネット小説大賞+ネット小説賞感想希望のキーワードを加えました。

 


 話し合いの場で最初に口を開いたのはドレヴァンだった。


 風采の上がらない小役人然とした風体だが、中身は180度違う。



 ロンドベル公爵家の使用人の中でも特に優秀な者が選ばれたというが、元を辿ればドレヴァンはロンドベル公爵家の分家の出なのである。


 その中でも筆頭、マーセナス子爵家の次男であるドレヴァンはアドリアナからの指示を十二分に理解して成果を出し続けてきた実績がある。


 年齢も28という事でアドリアナの婿候補から外れてしまっているが、それさえ目を瞑れば彼が次期公爵家の、アドリアナの夫になっていただろう人物である。


 アドリアナもドレヴァンも、まったく意識していないが。


 アドリアナがドレヴァンに向けるものは忠義に対しての『感謝』であり、ドレヴァンがアドリアナに向けるものは『忠義』であり『奉公』以外の域を出ないものでしかなかった。


 加えて言えば、ドレヴァンには密かに将来を誓い合った女性がいて、近々式を挙げるとのことだ。


 アドリアナとしてもこれまでのドレヴァンの忠義に報いる為に、本人たちの希望という事もあり密やかだが全面的なバックアップを約束していた。


「お嬢様、こちらが先日の支給した物資の差し引き分の報告書になります。

 そしてドルンズ様にも同じ報告書を。

 今回は予定外の事態が起こりましたが、前回の約2割ほど物資を上乗せさせていただきました、どうぞお納めください」


 ドレヴァンが渡したのはアドリアナがカインズたちの前で渡した報告書とはまた別のものである。


 アドリアナが渡したのは今回のカインズたちを潰す為の『シナリオの修正』が記載されたものなのだ。


「おぉドレヴァン、いつも世話になるな。

 そういえば近々式を挙げるとリア嬢から聞いてな、新郎新婦を乗せる馬車にはぜひワシの領地から選りすぐりの白馬を贈らせてもらおう」


 これはドルンズなりの最大限の感謝の現れである。


 本来軍馬として利用されているものをロンドベル公爵家の後ろ盾があるとはいえ、一商人に贈るとまで言わしめたのだ。


 ドルンズなりにアドリアナに対して感謝しているが、ドレヴァンに対してもそれに匹敵するだけの感謝を抱いていた。


「ありがたく頂戴します、ドルンズ様」


 深々と頭を下げたドレヴァンにドルンズがウムウムといった仕草で頷きながら報告書に目を細めながら読み流していく。


「なるほど…2割ほど増えた大半は薪と小麦か、ありがたいのう。

 他はいつもの様に生活必需品に野菜の種と苗、肥料…そして保存食か。

 …元々アイゼンガルド州は作物が育ち難く種や苗を贈られても困っていたのじゃが、リア嬢のおかげで寒い土地でも育てることの出来るものがあったのが幸いしたわい。

 少しずつじゃが、納められる税の中でも出来のよい野菜がいくつか紛れていてのう、文官たちも喜んでいたぞ?」


 この城にいる文官たちは貴族階級の者もいるが、大半が平民出身者である。

 彼らは故郷にいる友人や親類が出来のよい農作物が送られてきているのを見て一部の部署から歓声が上がっていたという。


「ふふ、それは探した甲斐があったというものですわね。

 今回は更に2品目ほど追加の野菜がありますので、城内で育ててみて確認してから農地へと配布されるといいでしょう。

 公爵領でも特に寒い土地…アイゼンガルド州の土地柄に近いとされる地域で試験的に栽培してみましたが、十分な量の野菜が収穫出来ましたわ」


 当然だがアドリアナはこれまでの人生でただの一度も失敗をした事がない、というほどの完璧超人ではない。


 失敗をする度にその問題を極限まで追及し、回答を得た上に更なる改善を行うことにより、予想の斜め上に辿り着いてしまう『だけ』なのだ。


 人はアドリアナの事を『才人』だの『神童』だのと褒め称える、本人はまったく不本意だと思っているが、それが事実でしかないからだ。


 普通の人間は問題に直面した際、その殆どが乗り越える事に労力を割く。


 だが、アドリアナは違う。


 彼女は乗り越えた後の『問題』も含めて労力を計算して割くのだ。


 長い人生、問題は意図しなくても欲しくなくても到来してくるものだ。


 アドリアナはそうした問題を本人曰く『面倒だから早く終わらせているだけ』というが、まだ『問題』すらも起きていないというのにその対処すら終わらせるという行為ははっきり言って異常である。


【彼女】からの知識もあるとはいえ、所詮は記憶だけの存在だ、助言をする事などない。


 それはすなわち、知識面については非凡な域を出ないが、それ以外の能力―――問題解決能力においてアドリアナはこのエイルネス王国において、いや、世界を見渡しても類を見ない『怪物』とさえ言ってもいい存在なのだ。


 その彼女が『十分』と断言したのである。


 恐らくはドルンズが考えている以上の成果が出ているのだろうと思いつつ、アドリアナがこのアイゼンガルド州の為に尽力している片手間(・・・)で更なる財を築いているのだろうなと内心でぼやくのであった。


「はははははっ!!

 それは頼もしいのうリア嬢よ、感無量じゃて。

 あとは…そうじゃな、おう、学問所に派遣する教師が少なくてのう。

 一部の地域に穴が出来てしまっとるんじゃ。

 商会の方から誰ぞ教師役の勤まる人材を寄越してくれると助かるんじゃがな」


 たった10年程度では空いた人材もそう簡単に集まり切るわけではない。


 長い期間をかけて優秀な人材を確保する為、アイゼンガルド州の各地で学問所が設けられていた。


 読み書きは当然の事、簡単な計算や歴史や地理、果ては礼儀作法を学んでいく学問所では初級、中級、上級と三つのコースがあり、上級を合格出来れば商会に就職しても即戦力になると言われている。


 文官になってもらえないのはドルンズとしても痛いところだが、最終的にアイゼンガルド州の明るい未来の事を考えれば、それも善しと考えていた。


 その計画に綻びが出始めているのは、この計画のそもそもの発起人であるアドリアナとしてもあまりよろしくない状況といえた。


「承りましたわ、アイゼンガルド州の環境にも耐えられる優秀な人材を40人ほど派遣しましょう。

 ドレヴァン、この件が済み次第本店に戻ってアイゼンガルド州に異動させる人材の目録を作りなさい」

「承知しました」

「手間をかけるのう。

 …して、あのカインズ(コゾウ)をどうやって潰すんじゃ?

 リア嬢の事じゃから、よほどエゲツナイ手を使うんじゃろう?」

「…なんでしょう、いかにも私がさも当たり前のようにそんな事をしていると思われているのですの?」


 心外だといわんばかりの傷付いた顔をして口元を隠すが、目が笑っているとその場にいる誰もが気付いていた。


「否定しようのない事実じゃからのう?

 リア嬢よ、お主が3年前サウスザスターの諜報部隊を丸々潰した時なんぞがいい例じゃろう?

 捕まえた手腕は素晴らしかったが、その後の処理(・・)はもうぞっとしたわい」


 ドルンズのいう3年前とはサウスザスターの諜報部隊が王都に向けられた時の事である。


 アドリアナはどうやって察知したのか、彼らの行動にいち早く気付くと即座に行動には移さず泳がせ、諜報部隊に情報を集めさせた所を隠密―――オニワーヴァンを使いこの部隊を犠牲者無く捕縛したのだ。


 彼らの手には纏められた書簡という物的証拠が残っていて、これがサウスザスターとエイルネス王国との今後の関係を左右するものとなった。


 その書簡には、現在の王都の近況、警備状況、駐留する戦力、そして『攻略する為にはどの地点から攻め入るのがもっとも最適か』という考察を事細かに記されたものであり、言い逃れのしようの無いものであった。


 この報告を受けた国王マリウスはサウスザスターに使者を送った、御璽入りの親書を持たせて。


 ―――そして現在、彼の王国とはその殆どの輸出入を禁止しており、サウスザスターの経済は真綿で首を絞められるかのように窒息し続けているのだ。


 そして捕縛した諜報部隊はサウスザスターへと送還された。


 送還されて数日と経たない内に、彼らはこの世から去ってしまったが。


 アドリアナがどのような手法用いて諜報部隊の存在を察知したのかは不明だが、ドルンズはアドリアナが以前サウスザスターと因縁がある事を思い出し、その時に何らかの情報を得ていたのではと考えたがさしあたって自らに害が及ぶような問題と思っていない為、注意する程度の警戒だけしていた。


 事実、アドリアナは懐に入れた者は全力で守り、敵対した者に関しては一切の躊躇なく殲滅するという極端な一面を持っている。


 懐にいるという自覚のあるドルンズが、対岸の火事を決め込んでいるのもそういう訳なのである。


「…お嬢様、ノルドランドに派遣していたオニワーヴァンから追加の報告書が届いています」


 因みに、この部屋の天井にはオニワーヴァンの【チュウニン】クラスの者が2人配置されていて、いつでもアドリアナからの命令を受け取れる仕様ができている。


 そしてここで驚きなのが、ドルンズがオニワーヴァン専用の秘密の通路を作っている事である。


 過去の戦争で彼らもまたアイゼンガルド州を守るために身を粉にして働いてくれたということで城の設計に盛り込んだのだが、当然ながら費用もその分加算されていて、アリストやアドリアナはそれを聞いた時にため息をついたという、実に似たもの親子である。


「……エヴァンス、貴方これを読んだ?」

「はい、実にお嬢様好みの内容かと思いあらゆる対処を準備済みです。

 …如何なさいましょうか?」

「………今日の担当は…マヨイとオウメね。

 …そのままでいいわ、聞きなさい2人とも」


 アドリアナはエヴァンスの対応に不満があった訳ではない、単純に自分が思っている以上に自分の事を知っているエヴァンスにモヤモヤ(・・・・)とした気にさせられたのだ。


 そして、エヴァンスは相変わらず何を考えているのか分からない笑顔を張り付かせていて、自分だけエヴァンスの事を分かっていないのではと思ったアドリアナはそれ以上考える事をやめた。


 今考える事は面倒で忌々しい4人の王子という国家レベル問題の解決であって、アドリアナとエヴァンスの個人レベル問題は別のものである、と考え直したのだ。


『『はい、お嬢様』』

「詰め所にいる『ヴォルフ』を呼んで、行動を共にしなさい。

 場所は血霧の傭兵団の所有している隠れ家、目的は団員の殲滅(・・)よ。

 殲滅の際衣服にはなるべく修繕の施しようのない跡を付けないよう回収しておく事を厳命しておくわ。

 死体は回収したあと共同墓地に……いえ、灰になるまで焼いてノースエンドに捨ててきなさい。

 …ドルンズ様、これでよろしかったかしら?」


 アドリアナの言葉はもしザックスとミスティがいれば目を見開いていた事だろう。


 まだ幼い2人には、こんな汚れた部分を見せたくなかったというのか、それともアドリアナの配慮だったのか。


 アドリアナはここノルドランドに派遣したオニワーヴァンからの報告書に『血霧の傭兵団の隠れ家を発見』という文字を見た瞬間、予定を急遽変更した。


 これが成功すれば、安全面が完全に払拭されるほどの局面にと変えられるのだと思えばこその行動である。


 故に、アドリアナはマーニ達を唆した忌々しき血霧の傭兵団の団員たちの排除を命じた。


 途中、アドリアナは死体の処理を深夜の共同墓地に穴でも掘って放り込んでおけばいいと思っていたが、ドルンズの険しい表情を見てすぐさま考えを改めた。


 死体となったとしてもこの北の地に『ノースエンド人』を死後の眠りにつかせる気など更々ないのだと気付いての事だ。


 ドルンズは満足そうにうなずくと、特に問題はないと返すのだった。


「…行きなさい2人とも、今日中に事を済ませるのよ」

『『ははっ!!』』


 返答が為されると、音もなく2人はこの場から去っていく。


「…なんじゃい、ヴォルフの坊主が来ているならこちらに呼べばよかろうに。

 あの坊主と話すのはワシ好きなんじゃがなぁ」

「ドルンズ様はヴォルフと会えばすぐに引き抜きの話をされるでしょう?

 ヴォルフは『刀刃(トウジン)隊』の要ですから、引き抜かれては困りますわ。

 本人にもその意思はないというのに…いつになったら諦めていただけるのかしら?」

「ワシが当主をしている間は根気よく続ける気じゃが?」

「…本当に10年は先になりそうですわね」


 渋い顔をしてぼやくアドリアナにドルンズは当然とばかりに笑っていた。


「むしろ引き抜かん方がおかしいじゃろうて、あの坊主は彼の『戦狼』の傭兵団の部隊長を最年少で任された男じゃからな。

 団が解散になってからもう5年経つが…未だに坊主以外の団員たちへの勧誘は衰えておらんようじゃよ?」


 ヴォルフガング・ザストレン、【戦狼】と傭兵界隈でも呼ばれていたある傭兵が作った『戦狼の傭兵団』に所属していて、元部隊長という肩書きを持った人物である。


 当時15歳という若さで部隊長となった彼は【双剣狼】と呼ばれるほどの有名で、特に10年前のノースエンドとの戦争でその名を一躍周辺諸国に響かせた。


 その後、団長が団を解散させたことで彼は1人気ままな1人旅を楽しんでいた所、ロンドベル公爵家が彼をスカウトし、それに成功したのである。


 スカウトに成功したのは、現在の雇い主であるアドリアナだ。


「…今日中には片はつくでしょう。

 私たちは、今後の予定の話をしましょうか」


 アドリアナはにこやかに話をぶち切ると、数日後に向けての『本番(・・)』の打ち合わせに入っていく。

 カインズへのカウントダウンは、刻一刻と迫っていた。



 × × ×



 夜も更けてきた頃、ノルドランドの中心部から離れた郊外に『ソレ』はあった。


 現在も開発予定とされているその場所では最も人の出入りが激しく、依頼を受けた業者が建築を終え次第出て行く為、『彼ら』についてよく知っている者もまたいなかった。


 建築業者専用の区画の更に隅にあるレンガの二階建て建造物。


 と、そこから出て行く人物が完全に見えなくなるのを見ている3人組がいた。


「…行動が早くてなによりっすねぇ」


 明るいというよりも軽い印象を受けるそんな口調で20代半ばの青年がローブ姿の人物の背が見えなくなるのを呆れた表情をして立っていた。


 灰色の髪を短く見苦しくない程度に整えて端正な顔立ちは軽い印象を受ける口調の所為で価値を著しく下げているが、本人は気にした様子も無くへらりと笑っていた。


 背中にロングソードを、腰に刀を佩いた彼は肩を竦ませている。


「それは当然かと。

 お嬢様とドルンズ様がワザと(・・・)警備の穴を作り彼程度の隠密能力で鉄壁を誇る城塞を抜け出せたのですから。

 …恐ろしいのが、彼がその事実を自身の実力だと勘違いしているところでしょうか?」

「『バカにつける薬はない』とお嬢様が仰っていましたよマヨイ姉さん、まったくもってその通りかと。

 あの程度の警備、【ゲニン】でも3分とかけずに突破出来ましょう。

 …というか、こんな仕事さっさと終わらせてお嬢様の元へと帰りたいです」


 揃って扱き下ろすのは2人の黒尽くめの少女だ。


 彼女たちはロンドベル公爵家が抱えている隠密組織【オニワーヴァン】、その中でも精鋭クラスである【チュウニン】の地位に就いている2人である。


 鉄の掟と鋼の絆で結ばれたこの組織の中でも、彼女たちの連携は【ジョウニン】にも匹敵するとされるほどの実力者だ。


 マヨイとオウメの2人は実生活では双子の姉妹という側面もあり、仲も良いと組織内でもよく話が上がるほどである。


 アドリアナに下された指令『血霧の傭兵団の部隊が隠れ家として使っている建物の中にいる者達の殲滅』をヴォルフガングと共に遂行する為にやってきたのだ。


 現在も控えめに言っても騒音の激しい周辺のおかげで少々の騒ぎは掻き消してくれるので、たとえ戦闘になったとしても気付かれる可能性は低いだろう。


 おまけにこの周辺で雇われている建築業者の者たちは夜に作業している者たちが多く、人気も少ないという3人にとって都合のいい状況が作られていた。


 この状況を作り出した2人に対して3人は感謝しつつ、任務遂行に移ることにした。


「そうっすね、俺もその意見に賛成っすわ。

 んじゃ打ち合わせ通り、2人には上にいる非番の連中をサクッとぶっ殺しといてほしいっす。

 後は俺が片付けるっすよ」

「お気をつけて…というのは失礼ですね。

 ヴォルフガング殿、行ってらっしゃいませ」

「丁寧な仕事を希望します、ヴォルフガング殿の喰い散らかし(・・・・・・)は片付けが面倒ですので」

「んじゃあ今回はカタナの方使ってサクサクやっておくっすね」


 ぼやきとも取れるオウメの言葉にヴォルフガングは背中のロングソードを抜かず、腰に佩いていた刀を抜き放った。


 音も無く抜かれた刀は芸術品と見間違うほどの光を放ち、空気すら断てるのではと錯覚してしまうほど痛々しい気を放っている。


 マヨイとオウメの2人もまた音も無く建物の屋根に上ると閉めてあった木製の窓を細身のナイフで隙間を通して開け、するりと入っていく。


 ヴォルフガングは2人が入った事を確認して扉を軽く叩いた。


「失礼します、自分はノルドランド行政府のパッソといいます!!

『ハドソン一家』の方、いらっしゃいますか!?」


 声音を自分なりに真面目なものとし、扉に近付くにつれて気配を晒したヴォルフガングは『血霧の傭兵団』が使っている身分偽装(アンダーカバー)としての彼らを呼びつけた。


 右手には既に刀を握り締めていて、すぐにでも襲いかかれるようにしている。


『…ちっ、何の用事だよったくよぉ!!』


 扉の向こう側では野太く酒焼けした男の声が聞こえてきた。


 見えなくても分かるほど酔っ払っているのか、何度か室内の何かにぶつかりながら扉に向かってくる男からは何の警戒もしていない、猟兵としてありえない行動にヴォルフガングは『楽な仕事っすね』と口元を緩やかに持ち上げる。


 そして扉が開かれた瞬間、ヴォルフガングの右腕が消えた。


「ちわーっす、討ち入り(・・・・)にきたっすー」


 気の抜けるヴォルフガングの声と同時に、水袋を大量に溢した様な音が辺りに木霊した。


 ヴォルフガングは首から上がなくなった男に目も向けず、テーブルで目が点になっている男たちを冷静に眺めた。


 机の淵には得物である剣を置いている者は極少数で、賭け事でもしていたのか札が積まれていてやはり酒も飲んでいたのか床やテーブルに酒瓶が転がっている。


「あーららー、ダメっすねーこいつぁ。

 いくら下位とはいえ、『二つ名持ち』の団員ともあろう者が自分の得物すら身近に置いていないとか、ダメダメにも程があるっす。

 恥ずかしいっすわぁ。

 っつーわけでぇ―――皆殺し、決定っす」


 ヴォルフガングの言葉を皮切りに、本格的な殺戮が行われた。


 刀を振るう度に男たちの首が胴と離れていく。


 彼と打ち合うよりも早く、ヴォルフガングの刀が男たちの首を通過していくのである。


 得物を持っていない男たちは近くにあった酒瓶を割って鋭く尖ったガラスを武器にしてヴォルフガングに襲いかかるが、間合いからして届いていない以上、その行為はあまりに意味が無かった。


「クソッタレッ!!

 お前ら、囲い込んで仕留めろ!!」


 偉そうに指示を出している男にヴォルフガングは一瞬だが目を止めた。


 使い込まれた剣と酔っていない厳然とした声音は歴戦の傭兵の風格を漂わせている。


 実力も相当なものだろうと見たヴォルフガングだったが、哀れみの目を向けた。


 今回ばかりは相手が悪かったとしか言い様がないだろう。


 確かにヴォルフガング1人に対して多数で囲い込めば、勝機はあっただろう。


 だが、ヴォルフガングと敵対している男たちの装備や練度、そして体調などを加味したとして、たった1人で乗り込んできたヴォルフガングに対して傷一つ付けることは敵わないだろう。


「…あーあ、手下がもっと優秀だったらちったぁマシな殺し合いになったんだろうけど、運が悪いっすねぇおっさん?

 まぁ、『二つ名持ち』の中でも下位の『血霧』だったらこの程度なんすかねぇ。

 10年前はもう少しマシだった気がしたと思ったんすが、こりゃ期待外れっすわ」


 話していながらヴォルフガングの手は止まることはない。


 逃げようとする男の首を落とし、札を投げつけて目晦ましにしてガラス瓶を突きこもうとする男の一撃を的確に避け首を叩き落す。


 首無し死体を量産するその様はまさに処刑人の様で、リーダー格の男は目の前の男―――ヴォルフガングの持つもう一つの二つ名を思い出した。


「てめぇ、【首切り狼】かっ!?」

「そうっすよ?

 また懐かしくも物騒な二つ名っすねぇ、誰が言い出したのやら。

 …さってと、後はおっさんだけっすね…覚悟はいいっすか?」


【双剣狼】と呼ばれていたヴォルフガングは双剣の使い手であり、圧倒的な強さで敵を斬殺し続けた。


 そしてその殺害方法が一貫していて『首切り』だった。


 敵を確実に殺す事を目的として、中途半端に斬って背後から襲い掛かられる様な事態にならない為の行動だったのだが、それが悪い意味で目立ってしまった。


「ま、待て、待ってくれ!!

 お前ら、俺たちを殺しに来たって事は、第二王子の従者がさっきまでいた事を知ってるんだろう!?

 俺は今ノースエンド王国からの依頼を受けてここに来てるんだ、今俺たちを皆殺しにすれば、この国とノースエンドがまた戦争になる―――も゛っ!?」


 男の命乞いをヴォルフガングは聞き入れず、そのまま刀を一閃した。


 卑怯以前に、男は手首に隠し持ったナイフで隙を窺っていた。


 ヴォルフガングは先手を打ったに過ぎない。


 こうして、ヴォルフガングは一階にいた総勢12名の斬殺死体を量産して、任務の半分を終えた。


「…ばかっすねーおっさんは。

 お嬢にケンカ売っておきながら、そんな安い脅し聞く訳ねえじゃん?

 むしろ戦争にかこつけて、あんたら血霧を殲滅する気満々なんっすよ?

 …って、首無し死体にナニ喋ってるっすかね俺は、頭おかしい奴みたいじゃん」

「首無し死体量産している人がおかしな奴じゃない訳ないでしょうバカ師匠(・・・・)?」


 刀を納めながらぼやくヴォルフガングに背後から声をかけた者がいた。


 頭まですっぽりと外套を被り、その下からは執事服がちらりと見えていて、ヴォルフガングはすぐにその者の正体に気付いた。


「あれ、弟子(・・)のエヴァじゃないっすか?

 どうしたっすかこんな所に、お嬢の側にいなくてもいいんすか?」


 外套の被っていた部分を取ると、金髪の青年が不機嫌な表情をして立っていた。


 アドリアナの執事であるエヴァンスがそこにいた。


 そしてヴォルフガングのいう所の弟子とはその言葉通り、エヴァンスは一時期ヴォルフガングに剣を習っていたのだ。


 アドリアナを守る為に御綺麗な剣術だけではまだ足りないとエヴァンスは彼に師事した。


 ヴォルフガングはその形振り構わないエヴァンスに、彼の助けになればと思い猟兵の流儀を叩き込んだ。


 エヴァンスの想い(・・)に誰よりも早く気付いた彼なりの優しさはエヴァンスを執事でありながら並みの騎士や傭兵では敵わないほどの実力者に鍛え上げた。


 エヴァンスの腰には二振りのブロードソードを佩いていて、加勢に駆けつけてきたのが見て取れた。


「…ドルンズ様がお嬢様の側に精鋭の騎士を寄越してくれていて、その厚意に甘えてこの場に来たんですよ。

 お嬢様の懸念通り…後処理の面倒な殺し方を…本当に後先考えていませんねバカ師匠、床が血溜まりになっているじゃないですか、誰が掃除すると思っているんです?」


 普段アドリアナに見せないような呆れた表情を隠さないエヴァンスに、ヴォルフガングはケラケラと笑っていた。


「相変わらず口が悪いっすねぇエヴァは、お嬢がいない時だと特にそうっす。

 どうしてこんな口の悪いガキになっちまったんだか…本当に不思議っす」

「俺に剣を教えたどこぞの猟兵が傭兵の流儀と一緒に口の悪さも教えたんでしょう。

 バカ丁寧な口調は舐められる、もっと荒くしろって…バカ師匠だって荒いどころか気の抜ける感じの声だって言うのに…」


 からかう様にニタニタと笑っているヴォルフガングに、苦虫を噛み潰したような表情をしたエヴァンスが愚痴る。


 まるで年の離れた兄弟のような気安さに、アドリアナが見れば驚いた事だろう。


「…エヴァンス殿、いらしていたのですか?」

「…あぁ、床が…やっぱりこうなっていたんですね、面倒な。

 あ、エヴァンス殿、貴方が来たということは、何か起きたのでしょうか?」


 二階から降りてきたマヨイとオウメがエヴァンスが来た事でアドリアナに何かあったと思ったのだろうう、実際はただエヴァンスが加勢に駆けつけただけなのだが、説明を受けると3人は揃ってヴォルフガングに冷たい視線を向けた。


「な、何すかその目は!?

 俺ってば今回の作戦の要っすよね、何でそんな冷たい目で見られないといけないんすか!?」

「自分の所業を胸に手を当てて、あと床に目を向けてみれば一目瞭然でしょうバカ師匠、何寝言ほざいてるんです?」

「…やっぱり具体的に注意しておけばよかったですね、反省しています」

「…片付けが面倒ですね、後処理するのは私たちなのに…面倒事を進んで作れるその無神経さに殺意を覚えます」


 罵詈雑言が一斉に向けられ、涙目になったヴォルフガングは『分かったっすよ』と観念したように声を上げた。


「俺が悪かったっす、後処理は俺も手伝うから、勘弁してほしいっす!!」

「…それじゃあ、まずは家捜しから始めましょうか。

 何かあのバカ王子と関係する物があれば最上なのですが…」

「死体から確認しましょう、後先考えず首切り死体を作った誰かの所為で、血溜まりが出来ています。

 証拠が血に漬かってしまえば折角の証拠が台無しです」

「二階は既に確認していますから、後はこの一階の死体だけです…血生臭いですね。

 室内にこれだけ血臭が篭るなんて、後処理したとしても臭いがこびり付きそうですね、物件としての価値は地の底ですよこれは」

「急いで俺がやるっす!!

 だからもうそれ以上何も言わないでほしいっすよおっ!!」


 いそいそとヴォルフガングは自分が斬殺した男たちの懐を探っていく。


 一部既に血が染み込んでいる紙が出てきたが、証拠とは全く関係のないものが大半だった。


 ヴォルフガングに任せるだけでなく、エヴァンスやマヨイ、それにオウメもまた男たちの死体から所持品を探った。


「…これじゃないっすか?

 偉そうなおっさんの懐に入っていた手紙っす」


 手紙の端が血で滲んでいるが、中身は無事だったようですぐさまエヴァンスは中身を一読する。


「…これで詰みですね、後はこちらが集めた証拠を突きつければ、あのバカ王子に引導を叩き付けられそうです」


 エヴァンスの一言にマヨイとオウメ、そしてヴォルフガングはそれぞれが安堵した表情を見せたが、次にエヴァンスの信じられない言葉に目が点になった。


「…それでは自分はこの手紙をお嬢様に渡して来ますので、一足先に失礼します。

 お三方は後処理をした後城に戻ってきてください、では」

「「「あ、逃げたっ!?」」」


 後処理が面倒だからか、それらしい理由を一方的に伝えてそそくさと立ち去ったエヴァンスの背に恨み言を投げつけた。


 それから数時間後、日の出ギリギリの所で後処理が済み、城に戻っていくと表向きの理由として娼館帰りのヴォルフガングに門番が『護衛としての自覚』云々を説教される羽目となり、ヴォルフガングの仮眠時間が更に短くなったのは、不運としか言い様がなかった。



読んで頂き、ありがとうございました。

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