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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
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路地裏2 #『塵芥』


    路地裏2 #『塵芥』


 法華津穂高は退屈していた。

 紛い者である彼にとって、普通の生活は退屈でしかなく、彼の精神を腐らせていった。

 けれど彼が生き生きとする瞬間がある。それはこうして、紛い者の力を行使する瞬間だ。

 自分の力を発揮できる――他人とは違う、自分だけの才能を、惜しげもなく発揮できる、この瞬間。

 『塵芥』の中では新参者の彼に任される仕事は少ない。それに彼は不満を感じていたが、だからこそ、この瞬間、こうして自分の力を最大限発揮できる時は、何よりも幸福だった。

 明智が道の端に下がる。

 法華津は、だらりと腕を垂らして、正面から迫り来る軽ワゴンを見据える。

 金属の猛牛が、華奢な法華津と接触する。

 衝撃と圧力――本来なら伝わってくる筈のそれらの暴力は、法華津の身体に届かない。代わり軽ワゴンは、その場でタイヤを止めて停まっていた。

 しかしエンジンは動いている。本来なら車体も移動している筈だが、その運動エネルギーを法華津が吸収してしまっているため、このような不可解な現象が起きているのだ。

 彼は、自分の内側に、大きな力が蓄積していくのを感じ取る。その――高揚感とも取れる、圧倒的な力の奔流に、つい、惚気てしまった。――気づいたときには、触れてから3秒経ちそうだった。慌てて体勢を変えて、軽ワゴンのルーフへ駆け上がる。

 すると軽ワゴンは、ダムにせき止められていた水流のように、急加速して路地裏を突っ切っていく。

 軽ワゴンは路地裏を抜けると、そのままトワイライトホテルへと直進する。遠目から見ても、周囲に人の気配は感じられない。まだオープンしていないのを考えれば当然か。

 屋上を見ると、ヘリコプターが飛び去るところだった。海野さんだ――法華津は確信した。

 軽ワゴンはホテルの近く、50メートルほど離れたビルの裏で急ブレーキをかけて停車する。普通にビルの屋上に行けば簡単なのだが、『上』の方針で、できる限り紛い者の力を使えということらしい。サンプルデータは取れているのに、今更どういうつもりなのかは知らないが、法華津としては感謝していた。

 法華津は周囲を確認する。人の気配はない。

 法華津は足元から、蓄積していた運動エネルギーを開放する。

 使用するエネルギー量は、吸収したエネルギー全体に比べれば小さなものだが、それでも49キログラムしかない法華津穂高という物体を、垂直に30メートルほど運動させるには十分な量だった。

 まるでジェットコースターに乗っているのかと、錯覚しそうな重圧が降り注ぐ。時速50キロメートルでの上昇は、法華津の体を容赦なく蝕む。

 最終到達地点に達し、なんともいえない浮遊感が法華津を包む。落下が開始するその前に、法華津は屋上のフェンスを掴む。


 その瞬間、法華津の視界に映ったのは、ホテルが傾く光景だった。

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