ファミレス #『鍵』
ファミレス #『鍵』
折笠崖梨、春川晴臣、西川一政の『鍵』の三人は、ファミリーレストランに来ていた。
三人が店内に入ると、中は空いていた。店員に人数を聞かれ、片手に大きな鞄を持った折笠崖梨は三人だと答える。
春川の学生服は学ランだ。上のボタンは二つ外している。容姿は多少ませてはいるが、平凡な顔つきで黒髪は短く切っている。身長は今年の健康診断で、百七十五センチだったと記憶している高校二年生……そう、いたって普通を自覚する高校二年生だ。
そんな平凡な彼からすると、残る二人は異質だった。
男の方、西川一政は、春川よりも二つ年下、中学三年生だ。
彼が着ている制服も春川と同じ学ランタイプだが、ボタンは遠慮なく全開で、下には白地に黒い髑髏がプリントされたTシャツを着ている。髪は後ろ髪が襟に掛かるくらいまで伸ばしている。
そして何より異質なのが目付きだ。目は春川よりも細く、瞳に光というものが宿っていない。なのに、いつでも変わりなく笑っているのだ。最近では春川も少しずつ慣れてきているが、最初の頃は、その不気味な目付きが苦手だった。
女の方、折笠崖梨は春川より一つ年上だというのに、小柄な部類に入る中学生の西川よりも、さらに身長が低い。
黒いブレザーに黒いネクタイ、そして黒いズボンと、男性の喪服のような学生服に身を包んでいる。三人が通う学校は全員違うが、その中でも彼女の通う高校は、この近辺でも一、二を争う名門高校で、どういう理由なのか、男女で制服に違いがない。
黒髪のショートボブは耳をギリギリ隠しており、黒ブチ眼鏡と感情の無い人形のような表情が相まって、暗いというより無機質な印象を受ける。彼女はこのグループのリーダー的存在であり、かつ二十六の席の内で最強と噂される『紛い者』の五つの席……五番内席の一つに在席している。
店員に案内された三人は、男二人と女一人に別れる形でテーブル席に腰を下ろす。奥の席に座った西川は自然な流れでテーブルにあったメニューを取る。
「何にすっかな~」
数多とある前の方のメニューをすっ飛ばして、デザートの一覧に見入っている西川を見て、春川は思わず口出しをした。
「西川。遊びに来たんじゃないんだぞ」
「分かってるよ。でも成長期なんだから適当に糖分を摂取しとかないとさ。こんくらい別にいいだろ? 折笠さん」
「構わない。経費から出そう」
折笠が言った瞬間、西川は迷わずテーブルの上に置いてある呼び出しボタンを押す。まもなく高校生のアルバイトらしき店員が「お待たせしました」と言いながら駆け寄ってきた。
「アンタらは?」
西川が尋ねる。
「俺はアイスコーヒー」
「私は遠慮する」
一人が注文すると、西川は待ってました、とばかりに年上の店員にメニューを見せながら注文する。
「メロンソーダフロートと、この、『白玉と抹茶クリームとフルーツ餡蜜』ってヤツ」
西川の甘ったるい注文を聞いて、春川はフロートと餡蜜の二つを同時に胃袋にかき込んだ気分になって吐きそうになる。
「かしこまりました。アイスコーヒーとメロンソーダフロート、それから『白玉と抹茶クリームとフルーツ餡蜜』がそれぞれお一つでよろしいでしょうか?」
「オッケー」
いつもまにか西川が主導権を握っている。異論は無いが、あまり良い気もしない。
失礼します、と言い残して店員はその場を去る。
「さてと、悪かったな折笠さん。話を始めようぜ」
悪びれた風もなく西川がメニューを戻しながら言う。折笠は特に気にした様子も無く、話を始めた。
「聞いていると思うが……『上』の指示で『塵芥』がアイエーシー株式会社の現会長、福田忠義を殺害するらしい。理由は福田が目をつけ始めた天然ガス発電だ」
言いながら折笠は鞄からノートパソコンを取り出して電源をつけると、その画面を見せる。そこ表示されていたのは、インターネットで入手してきたと思しき、沖ノ浜の建造経緯や、福田の略歴、そして福田の会社であるアイエーシー株式会社などの資料だった。
「この沖ノ浜という人工島を建造したのは、多数の財閥の傘下の企業だ。『財閥による次世代のクリーン・エネルギー開発』という謳い文句のもと、総面積36キロに及ぶ、次世代エネルギー研究開発複合施設である、この沖ノ浜が誕生した。では、なぜ次世代のクリーン・エネルギーが必要なのか? ということだが……」
「そっちの方が、今後は儲かるからだろ」
西川が口を挟んだ。折笠は構わず続けた。
「そうだ。地球温暖化対策というのも、ある程度はマスメディアなどの『演出』の部分がある。いくら大きな企業であろうと、時代に乗る方が利口だ。それに財閥は、海外に傘下企業が少ないから、石油などの化石燃料では大して稼げない。しかし新世代のクリーン・エネルギーという分野を新しく開拓してしまえば、そちらに投資することでエネルギーの分野にも手が伸びる。無論、資源は少ないが、そこは高度な技術力でカバーする、典型的な『技術大国日本』だ。そして新しく開拓された財閥のエネルギー分野、そのシンボルが沖ノ浜、というワケだ」
つまり沖ノ浜は財閥にとって重要な『エネルギー開発という金儲けの手段』において、名実共に象徴なのだ――分っている事ではあるが、わざわざ折笠がそれを説明するのには、何か理由があるのだろう。春川はそれを念頭に置いて、話の続きを聞く。
「だが福田が行おうとしているのは、海外企業と協力した天然ガス資源を利用するエネルギー開発だ。それにはメタンハイドレートなど、日本の経済水域ないし領海でも多く埋蔵されている……とされる資源も含まれる。無論、財閥も最終的には天然ガス資源を利用するだろう。しかし、今はそのタイミングではない。何より厄介なのは、福田が率いるアイエーシー株式会社には、それを現実にしかねない規模と能力がある点だ。アイエーシー株式会社は、エネルギー産業を中心に事業を展開しており、沖ノ浜にも波力、潮力などの実験発電施設をいくつか所有している。……余談になるが、トワイライトホテルを筆頭としたサービス業は最近……と言っても五年目になるが、とにかく近頃になって着手したに過ぎない」
そういうことか。春川は納得した。徐々にアイエーシー株式会社は事業を拡大してきており、天然ガス事業もサービス業も、その一環、手段でしかないワケだ。今まで地道に頑張ってきた財閥からしたら、たまった物ではない。
「つまり、クリーンエネルギーだかなんだかで世間体を気にしてるアホ共にとっちゃ『そこそこ力があるうえに面倒なヤツが、空気を読めないことほざいて、未来の我々の商売道具を取ろうとしている、これは許せないからぶっ殺せ』ってこったろ?」
西川が簡潔にまとめた。
「……その解釈で問題ない」
問題ないんだ。素直な感想を、春川は胸中にとどめた。折笠はなおも続ける。
「……まぁ、そういうことで『上』は福田の暗殺を決めた。福田を殺せば会社の足を引っ張れる。その間に沖ノ浜に関わる会社への根回しを済ませ、アイエーシー株式会社が新事業を沖ノ浜で興せないようにする、というわけだ」
「リーダーも潰せりゃ、アイエーシーの株をTOBして、CEOだか会長だかを沖ノ浜にとって都合のイイヤツに座らせることも出来るかもってか?」
流石にそれは無理がある気がする、春川は口に出してみる事にした。
「そりゃ難しくないか? だって遺書みたいなのとかあるんじゃないか?」
「どーなんだろうねー、オレ、遺産相続とかそういうの詳しくないし。っていうか会長死んだら次の会長って社長なのかな?」
こほん、とわざとらしく折笠が咳払いをした。西川が「スンマセー」と反省の色なく適当に謝りながら話の続きを促す。
「とにかく、これで福田が殺される理由は分ったと思う。だが私が話したいのは、この件そのものではなく、『上』が福田を殺すことにした理由だ」
「資源が原因の小競り合い。よくある話じゃねーか。幼稚園児でも積み木の取り合いするだろ。なんか珍しい話か?」
その例えはどうなんだ? と春川は思ったが口には出さないでおく。
「いや、わざわざ殺す必要性を、私は感じない」
折笠が神妙な顔をした。
いつの間にか他人のノートパソコンを勝手に操作していた西川が、頬杖を付きながら呟く。
「……なるほど、アンタの言いたいことがわかった。『上』は紛い者の力を使用したことに関するデータを少しでも多く取りたい。その試金石がこのトワイライトホテル。そして紛い者の力でホテルを丸ごと潰せば……アイエーシーだっけ? そこの安全問題とかになるんじゃね? 会社の信用が落ちれば株価は下がり、株を手放す人間も出てくる。株の買い時、『上』が狙うとしたら、おそらくはそこ。アイエーシーを乗っ取る気だ。だからホテルを壊す必要はあっても、わざわざ福田を殺す必要は無い……ってか?」
「でも、てっぺん潰しとけば、もしかしたら沖ノ浜にとって都合のいいヤツを居座らせられるかもしれないんだろ?」
お前がさっき言ってたんじゃないか。思わず春川は突っ込んだ。
「いや、だったら解任とかでいい。ホテル潰しにの後に不倫騒動とかクスリとか脱税疑惑とかな。けど『上』はわざわざリスクの高い殺人を選んだ。だがそこに合理的な理由が見つからない。そういうこったろ? 折笠さん」
折笠が首肯した。そこに迷いは無かった。
折笠崖梨は合理主義者だ。ゆえに、この事態に納得がいかない。『上』の人間まで折笠と同じ考えとは限らないが、それにしたってこの状況は極端だと判断したのだろう。
「私はこの件について、何か違和感を抱いている。そこで万が一、『上』で何か問題が起こっていてはいけないから、我々『鍵』は内偵を開始する。いいな」
ひどく命令的な口調だったが、もとより春川も西川もイエス以外の選択肢は無かった。春川は軽く頷いて了解の意を示し、西川はより具体的な質問をする。
「へいへい。で、とりあえずオレらはトワイライトホテルへ向かって、経過を観察してくればいいか? どうせアンタ、なんか調べる事あるだろ? 心当たりある?」
西川の問いに、折笠は小さな声で答える。
「ああ、可能性は低いが、一つだけ」
カンの鈍い春川でも、それはどうにも、確信しているようにしか聞こえなかった。