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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$2$ 終章
41/42

病院 #『鍵』

    病院 #『鍵』


 消毒液の匂いが鼻をつく。春川は、どうにもこの匂いが苦手だった。

「……で、結局、北池と法華津の席が入れ替わっただけか。なんつーか、大したこと無かったな」

 驚いた事に、先輩も同じ感想を抱いていたらしい。春川は少しだけシンパシーを感じた。

「あ、やっぱり? それ俺も思ったんだ」

「ああ。法華津が五番内席級の実力だと認められた、ってところまでは良いんだけど……なんつーかなぁ。あとは哀れな明智先輩の仕事がさらに増えたことくらいだけど……」

 リスク回避の面から、明智美智子に竹内宇智巴や法華津穂高の『お目付け役』のお鉢が回ったという話は、既にグループ中で知れ渡っている話だった。

「けど、明智さんって、そんな積極性のある人には見えないけど、大丈夫かな? 竹内にいじめられたら、ちゃんと言えるとは思えないけど」

「案外、あの人は気丈だよ。それに『上』にチクるだけの簡単なお仕事だ。実質、『上』に乗せられた竹内が、万一逆上しても大丈夫なように、先手を打ったってところだろう。『上』の勝ち逃げだ。それに万一のための法華津だろ? 取りこまれたら厄介だけど……ま、それもないだろうさ」

 なんでだよ、と春川が突っ込むのは分かっていたのか、西川は間髪入れずに続けた。

「力だけなら最初っから化け物だったワケだが……いよいよアイツも、名実ともに認められたことで、自分がどういう立場にいるのか、考え始めてるだろうからな。暴走はしないだろうし、乗せられもしないだろ。立場が人を作るっていうだろ? 数字の若い五つの席に、力のあるヤツを固める意味は無いが……その無意味な意味こそ、五番内席を五番内席たらしめてるのさ。名前だけの立場にも、名前って意味があるんだから」

 よく分からないが、やはり五番内席にも、それなりの責任があるのかもしれない。まぁ、紛い者でも無い自分が分かる話ではないので、春川はそれ以上の追及はやめた。

 病室に辿り着く。ネームプレートには『折笠崖梨 様』の文字。その隣には……。

 病室に入る。折笠が仰向けになっているベッドを横断する、うつ伏せの女の姿があった。

「だから、別にそういうんじゃない……あ、西川じゃん。なに? お土産?」

 横断する女――竹内宇智巴は背後の西川たちに気づいて、起き上がって歩いてくる。顔の腫れはひいており、なんとか人前に出ても驚かれないくらいにはなっていた。

「お前らさぁ……急に普通に話し始めるの止めてくれない? 気色悪いから」

「はぁ? アンタには関係無い話でしょうが。ねぇ崖梨ちゃーん」

 いいながら、長い腕を活かして、竹内が折笠の首を絡め取ってチョークスリーパーもどきを極める。

「やめろ臭い」

 無表情のまま、折笠が訴えたが、竹内は反論する。

「臭いのはアンタでしょ牛乳女」

「一週間も前の匂いが残ってるわけがないだろ」

 春川は内心、生きている心地がしなかったが、二人の口調が、幾分和やかなのを感じ取り、どうやら彼女たちなりの冗談なのだと理解した。――理解はしたが、納得は出来なかった。

「ところで、さっきまで二人で何はなしてたんですか?」

 春川の問いに、折笠は簡潔に答える。

「秘密だ」

 今までの折笠なら、こんな変な誤魔化しはしなかっただろう。何か変化があったらしいことに、春川は今更気づいた。

「で、それなによ?」

 春川を一心に見つめる竹内――正確に言うと、春川の両手の紙袋を、である。

「折笠には本。暇だろうからな。それとお前に広谷から」

 春川が差し出す前に、竹内は紙袋をひったくる。

「朱博から……?」

 中から出てきたのは、紙の束だった。それと十二色鉛筆が一式。

「……なに、これ。手紙?」

「ああ『上』に軟禁されるからな。電話もメールも無理だけど、俺たちが二人の間で物理的に手紙を回せば別だ。手伝い業者の奴らも、俺らのボディーチェックまではしないからな」

「へぇ……」

 感謝の言葉も言わず、竹内は自分のベッドに戻った。

 折笠は全身の打撲やら数箇所の骨折などが理由だった。法華津戦のダメージを理由に、春川も数日だけ入院していたが、彼は受けた怪我はそれほどでもなく、さらに育ち盛りとあって、すぐに回復していたのだった。だが、竹内だって、顔以外の怪我は、大した事無い筈なのだが……。

「つーか、竹内さんはなんで一緒に入院してるんですか?」

「居心地がいいから」

 どういう理由だよ。……と一瞬思ったが、何か『上』の思惑を感じ取った。事実上の軟禁をさせるつもりなのだろうか……?

「それで? 本というのは?」

 折笠が、多少の興味を向けた。春川も興味を持っていた。なんど本の選択は、すべて西川が行ったのだ。どういう風の吹き回しかと思っていたが、その答えはすぐに出た。

「病院もののホラー小説をいくつか」

 ただの悪ふざけだった。

「まるでセンスが無いな」

 折笠が吐き捨てた。

「あれれー、崖梨ちゃんはホラーが怖いの? トイレ行けなくなっちゃう? お姉ちゃんが付いて行ってあげまちょうか?」

 向かいのベッドから、気持ちの悪い猫なで声がした。既に自分のベッドに戻った竹内だった。

「うるさい黙れ。というかお前、付いて来るというか、憑いて来るだろ」

「幽霊だけに」

 下らない会話には取り合わず、春川は、先に出た西川を追って病室を出た。


「なんつーか。丸くなった気がするな。あの二人」

 病室から出てから、春川は思ったままを口にした。

「竹内はあんまり変わってないけど、確かに折笠は変わったな。前なら冗談なんて言わなかったし……」

「お前が伝染(うつ)ったんじゃないの?」

 悪ふざけに茶化すが、西川は、

「そうか……そうかもしれないな……」

 なんて、真面目に反応したので、正直、春川は困った。

「ま。どうでもいいけどね」

「なんだよ。興味ないのかよ」

 原因は分からないけど、せっかく仲良くなったのに。春川は訊くが、西川は即答した。

「ないね。あるとすりゃあ……五番内席の新人君の方かな?」


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