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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
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カラオケボックス #『塵芥』


    カラオケボックス #『塵芥』


 一体どうしてこんな事になっているのだろう?


 海野(うみの)火早野(ひさの)は考える。今、自分が置かれている状況を整理する。

 女子高生の自分がカラオケボックスにいる事は、それほど珍妙な出来事ではない。しかし、人気アーティストのJPOPを熱唱する事もなければ、クラスメイトが悪ノリでデュエットを組む事も無く、大学生の内田(うちだ)大樹(だいき)との会話が続いている今の状況はどうにも変だ。

 内田の話を聞いているのは、海野と、もう一人の女子高生、明智(あけち)美智子(みちこ)、そして海野より一つ年下の男子高校生、法華津(ほけつ)穂高(ほだか)だ。四人でテーブルに置かれた資料を見ているのだが、海野以外の三人の表情は、どいつもコイツも真剣そのものだ。

 つまり、この状況を作り出しているのは他の三人なのだ。自分一人が面倒くさいと駄々をこねても仕方ない。海野は黙って話を聞くフリを再開した。

「……ってなワケで、『上』はアイエーシー株式会社の現会長、福田(ふくだ)を殺すことにしたらしい。『上』から来たメールの内容によると、事故に見せかけてぶっ壊れる建物ごと福田を殺せってさ。福田を誘いだすトワイライトホテルと、その破壊の算段についてだが……明智」

 別の資料を学生鞄から出しながら、苗字を呼ばれたショートカットの女子高生、明智が溜め息をついた。

「計算済みですよ。……まったく、先輩って面倒くさい計算、全部わたし任せですよね」

「文系なんだ。触れてくれるな」

 隣にいた内田が臆面も無く言う。それを聞いた明智は、愚痴をこぼした意味は無いと悟ったらしい。再び溜め息をついてから、説明を始める。

「トワイライトホテルは今年の四月からオープンする、居住地帯の一角に建てられたホテルです。構造は一般的なRC構造。完成して日が浅いので、ここで倒壊すれば、確実に建築の際の手抜きを疑われます。トワイライトホテル自体、福田の会社のものですから、社会的信用も一緒に潰せ、という事ですね」

「RC構造って何ですか?」

 どうでも良いことに疑問を抱いたのは、男子高校生の法華津だ。隣に座っている少年に、海野は簡潔に答える。

「鉄筋コンクリート構造、普通のコンクリの建物よ」

 こほん、と明智が咳払いする。海野が明智に視線をやると、明智は先を続けた。

「当然ながら火早野にやってもらう(、、、、、、)時に重要になるのはホテルの重量です。

 一平方メートルあたりの重さは、床の自重と積載荷重、そして柱、梁、壁の重量を加え、約1.2トンと仮定します。

 1フロアの面積は、20メートル×30メートル=600平方メートルなので、重さは、面積600平方メートル×1.2トン=720トン。8階建てなので、5760トンになりますね」

 数字ばかり出てきて、何のことだか分からない。海野は首をかしげる。

「なにがなんやら」

「海野。真面目に聞け。お前が聞いてなくてどうする」

 真正面な内田の視線が、海野を貫く。心中で舌打ちしながら、海野は「ごめんなさーい」と言い、明智はそれを見て話を再開した。

「えーっと……私も物理は素人なので……適当に、とりあえず現状できることをやってみるって事で適当に計算しました。火早野の『溜め』には、上空に飛ばしたヘリを使います。ヘリの重量は、約7トン。なので……」

 それ以上の明智の説明を聞く集中力は、海野には無かった。元々計算とやらは苦手な性分だ。代わりに、隣に座っている法華津を見る。

 色白で華奢な身体だが、黒髪は運動部員のように短く切っている。その穏やかで幼さを残した顔立ちとの相乗効果が、海野の母性を掻き立てないワケがなかった。

 身長は大して変わらないが、体重はこの男子高校生のほうが軽いだろう。もしかしたらこの子くらいならお姫様抱っこ出来るかもなー、などと惚気た事を考えていると、真正面から邪魔が入った。

「おい。説明終わっちまったんだが……聞いてたか、お前?」

「聞いてなくても聞いてても、どうせやることは一緒でしょ?」

 言いながら海野は、片手で法華津の髪を梳く。すると背後霊に憑かれた瞬間のように、法華津は背筋を震わせた。

 仏頂面で、なおも頭髪を愛撫する海野を尻目に、法華津が同性の先輩に問う。

「内田さん」

「なんだ?」

「これってセクハラには、ならないんですか?」

「ならんな。嫌なら代われ」

 無表情でそんな事を言われても海野的には困るのだが、法華津は戸惑いもしなかった。

「それはそれで嫌です」

「なら我慢しろ」

「そうします」

 二人のどうでもいい茶番に呆れて、思わず火早野は呟く。

「アンタらは一回、煩悩を振り払った方がいいと思うわよ」

 軽く平手で法華津の後頭部を叩くと、小気味の良い音がした。

「どうでも良いコト言ってないで、いい加減歌いましょ? せっかく出費から余計にせびって捻出したカラオケ費なんですから、使わなきゃ損ですよ」

 さらりと危ないことを言ってのける明智に少々瞠目したが、他の二人はさして気にしていないらしく、カゴからマイクやらマスカラやらを取り出し始めている。だからわざわざ仕事の説明をする場所を、彼女ら『塵芥』に提供されているマンションの一室ではなく、このカラオケボックスにしたのか……海野は今更気付いた。

 しかし、仕事の前にカラオケとはよくやるものだ。よっぽど娯楽に飢えているのだろう。しかし娯楽のために経費を誤魔化す下っ端と、それを黙認する上司……人間離れした力を持っている海野だが、いけしゃあしゃあと不正を働いて白々としていられる彼らの図太い神経は、ある意味、自分が持つ力よりも貴重なものかもしれないと考える。

 ――私って、もしかして一番まともな人間なんじゃないかしら?

 そんな事は絶対に無いと分かっていながらも、海野は疑問に思うほかなかった。

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