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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
37/42

倒壊した駅舎付近1 #『烏』

    倒壊した駅舎付近1 #『烏』


 心配するように、法華津穂高が海野火早野の傍らに急ぎ、屈む。海野の命に別状は無しと判断したのか、安心したように立ち上がる。

「おいおい、話が違うぜ法華津君よぉ。宇智巴のヤツが取り込んだんじゃなかったっけ? お前」

 北池の言葉は、心からのものだった。まさか今更になって裏切ろうなど、いったい何があったのだろうか――ああ、そういうことか。納得が言って、北池は笑った。

「お前、25番……西川のヤツに負けたな?」

 びきりと、音がしそうなほどに血管を浮かせて、法華津穂高は怒気に表情を歪ませる。

「おーおー、怖いねぇ。けど、格下相手にしてやられるようじゃあ、大した事無いか」

 それが挑発と分かっていようと、こいつに止められる自制心は無い――北池の予想通り、法華津は猪突な猛進を繰り出そうと構え――飛び出す瞬間、北池は笑った。

 あまりに直線的。あまりに読めるタイミング。こんなものなら、すぐに決着がつく。

 ありったけの力を放電しようとして――突然、法華津穂高の姿が消えた。

 ――4番()か!

 すぐに、地面に突っ伏している海野火早野の助力によるものと察しがつき、上に視線を向ける。案の定、流星のように墜ちてくる猛獣の姿があった。

 落ちてくる質量の猛攻。相打ちを避け、北池は二歩下がる。だが、法華津とて伊達に五番内席に挑んだわけではないらしい。落下しながら、急にその方向を変更する。

 無理やりに自身に別方向の運動エネルギーを与えたのだろう。内臓を押しつぶしかねない重圧が自身の身体を襲うのも厭わず……まったく、元気なことだと北池は苦笑した。

 北池の手から突き出される錐。たとえ触れる事が出来なくても、最大10センチまでは射程範囲。さらに錐そのものに触れても感電するわけだから、距離にして2、30センチのアドバンテージとなる。得物を持った相手であれば微々たるものだが、法華津穂高は素手のうえ、運動エネルギーを使用した機動戦が戦術の基本だ。法華津の力の使用を、ある程度牽制する事が出来る。

 突き出した錐が、激突する――北池は微笑を浮かべて、放電した――だが、流れない。

 ――またかっ!

 一瞬にして、法華津は足元を浮かしていた。さらにそこから、強引に左腕に運動を課す――掌を突き抜ける錐。痛みに悶絶しそうな法華津の顔――だが、彼自身はお構いなしに、そのまま北池を弾き飛ばそうと腕を伸ばし続ける。

「うぉ!――」

 両手で触れれば感電させることは出来る。だが、目の前の法華津の鬼気迫る希薄を前にして、そんな余裕は無い。このまま飛ばされたら殺されるという確信……というより実感が湧く。マズい。これは投げられた50キロ近い質量の塊を、そのまま受け止めるようなものだ。体勢が崩れ、尻餅でもついたら終わりだ。北池は接してから『使わ』なければ攻撃とはならないが、法華津の場合、『接した』瞬間に攻撃となる。その差は明白だ。一発鳩尾にでも食らえば、北池はアウトだ。

 北池は浮いた法華津の突撃を、半身を逸らして受け流し――突き刺さって引っかかっている錐を離した。下手に執着を残せば、上手く抜けずにそのまま地面に叩きつけられる可能性があるからだ。

 法華津があらぬ方向に飛んで行くのを後ろ目に確認しながら、転がるようにして距離を稼ぎ――逡巡する。地面から離れられると分が悪い――ならば、

「引きずり落とすしかねえな」

 そのための一番簡単な手段に目をつけて、そちらに向かって走り出す。

「待て!」

 この卑怯者、とでも言いた気に、法華津が北池を睨む――が、北池は動じない。その手を地面に突っ伏す海野火早野に向ける。

 だが、それでも法華津は間に合った。神速じみた速さで、海野に伸ばす北池の腕へと猛進し――

「ほら来た」

 待っていました、と北池が笑う。

 バチン、と火花が弾ける音が木霊(こだま)する。だが――北池は瞬時に外したと察した。法華津自身は接触の寸前に自身に急ブレーキを掛け――そして錐を投げ返していたのだ。錐は北池の掌に薄く刺さり、それが電撃を受け止めたのだ。

「ちっ――」

 ほとんど擦過しただけに近い。薄皮一枚に刺さっただけで出血すら無い。北池は腕を振って錐を排除した。手で取っている暇は無く――すぐに法華津が突っ込んできたからだ。

 北池は腕を伸ばす――だが、瞬時に法華津は移動して、北池の腕を回避した。

 呆れた。馬鹿の一つ覚えだ――上を見る。やはり法華津は、そこにいた。また宙に逃げんのかよ――北池は苛立ち紛れに吐き捨てる。


「馬鹿かよ。どうせ落ちてくるのによ」


 北池が、馬鹿にするように言う。

 これは、北池にとっては、屈辱を与えるための、些細な言葉のはずだった。


 だが、よりにもよって――こんな言葉がきっかけで、法華津穂高が自身の力の新たな領域に気づく事になろうとは、夢にも思っていなかった。


 ふっ、と。法華津の姿が宙から消えた。


 なんだ――? 理解できない北池の懐に、既に何かが潜り込んでいる――!

「なに!――」

 叩きこまれる、時速50キロの鉄拳。筋肉を破り、骨を砕くだけでは飽き足らず、それは衝撃となって北池の身体を弾き飛ばす。

 北池の身体が、まるで水切りの石のように、横に旋回しながら、アスファルトの上を五、六と弾いて飛んでいく。爪先が地面に引っかかると、翻筋斗(もんどり)打って顔から地面に倒れて、止まった。

 勝負は、それで決まった。そこに――新しい怪物の卵を残して。


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