駐車場3 #『塵芥』
駐車場3 #『塵芥』
法華津は、春川と戦っていた時間が長すぎたせいで、すっかり忘れていた。自分が運動を司るのと同じように、同じ紛い者であれば、同じことが出来るということを。なら、狙うは運動以外の攻撃か、吸収されないように視界の外から……あるいは不意打ちを喰らわせるしかない。タイヤを飛ばした西川と同じように。
だが、落ち着いて戦えば、こんなヤツは敵ではない。確かに、さっきのヤツよりは歯ごたえがありそうだが、自分より格下であることに変わりはない。
まったく、竹内宇智巴は何を考えているんだ。僕にふさわしい戦場は――こんな雑魚を掃討する場ではなく、それこそ、五番内席の――海野さんや、北池啓助のところだというのに。
しかし、内田と明智を人質にとるなんて真似をした西川は、絶対に討たなければならない。二人のことはどっちでもいい――そういうことにしたい――が、自分を相手に、そんな手段でどうにかなるなんて稚拙な考えを浮かべ、それを実行に移し、その程度の策で自分に挑んだコイツには、格の違いを見せ付けてやらなければ、気が済まない。
体勢を整え、いざ動こうと前傾姿勢になったとき――その瞬間に、西川が前進した。
まるで川の流れのように滑らかな動きで、法華津の横を通り過ぎ、一瞬にして法華津の背後を取る。
――速い!
実際、西川が移動した速度は、法華津自身が使っていた運動と同じだ。だが、いくら速度が同じでも、それが自分の意思で放たれたものか、それとも他人が行使したかでは、全く事情が違ってくる。
そこで、ふと疑念が生まれる。
西川はこっちの動きに対応できていた。なのに格上であるはずの自分が、同じ動きをする西川に対応できない?
それは、自分の力は、相手に読まれているのに、自分が同じ目に遭ったら何も出来ないという事実であり――法華津の心を苛むだけの力を持っていた。
「ふざけるなッ!」
腕に力を流し、足を軸にした円運動。背後に回った西川の頭を吹き飛ばすつもりで放ったが、法華津の腕は空を切り、体は反転する。
振り向いた法華津の視界に、西川はいなかった。法華津が振り返ってくると読んで、同時に西川は法華津の背後に回ったのだ。つまり法華津を中心にして半回転しただけで、二人の相対的な位置は変わっていない。
――くそ、雑魚がチマチマと……。
「はい残念」
さきほど法華津から奪った突撃の際の運動エネルギーが西川の膝から先に乗り、法華津の鳩尾に炸裂する。
法華津が呻く。ダメージは確実に身体に響いている。厄介なことに、西川は法華津の視界に自分の膝が入っていないのを確認してから放っていた。
条件反射によってでも、紛い者はエネルギーを吸収できる。しかし全くの無意識下、不意打ちには対応できない。野球で打者が条件反射でボールを打つことは出来ても、前を見ておらず、突然に投球されれば対応できないのと同じだ。
法華津の紛い者の力は、西川に大きく勝っている。操れるエネルギー量も、操作の器用さも。
だが、紛い者以前の点で、西川と法華津では性能が違いすぎる。普段ならまだしも、逆上した今の法華津の動きは単純に過ぎ、西川の打撃は法華津の死角から放たれる。
もしこれが、学校の運動場のような場所であれば、法華津は20メートル単位で、ヒット&アウェイを好きなだけ乱発し、西川を削り取ることができた。西川が同じことをしても、あっという間にガス欠を起こす。
しかし、屋内で障害物の多い此処では、そうはいかない。大きすぎる力は、文字通り身を滅ぼすだろう。
法華津を猛獣と喩えるならば、西川はさしずめ狩人だった。
冷静に力量を推し量り、絶対に仕留められる状況を作り出し、獲物を狩る。
三度の突撃が敢行される。いい加減飽きた、と言わんばかりに、カウンターの要領で西川の右手が法華津に触れて運動エネルギーを奪い取り――同時に顔を掴む。
「が……」
脳天を圧迫され、手の平に視界を奪われ呻く法華津。どうにか腕を解こうともがくも、華奢な法華津の腕力ではどうにもならないし、そもそも運動エネルギーは全て奪われる。
「ぃいいいいギィッ」
勢いに乗った前蹴りが繰り出される。だが西川はそれを左手で受け止め、それを持ち上げて法華津をこかすと、うつ伏せに組み伏せて馬乗りになる。――完全に不意を疲れた法華津は、自らを運動をさせる暇すらない。
「しばらく大人しくしてろや、法華津くん」
上体を無理やり起こさせて、そこからチョークスリーパーの要領で首を締め上げる。強引な逆えび固めモドキに法華津の背骨が悲鳴を上げるが、首を絞められ喘ぐことすらままならない。
しばらく芋虫のようにもがくも何かができるわけもなく――法華津はそのまま意識を失った。




