駐車場2 #『鍵』
駐車場2 #『鍵』
暗がりの駐車場には、三人の男が居た。一人は法華津穂高。一人は負傷の身の春川晴臣。そしてもう一人は、ついさっき到着した西川一政。
路上に転がった身体が起き上がる。不意打ちを食らった法華津穂高だ。春川が肋骨を押さえて西川の後ろへと移動していると、ふと、ホイール付きの自動車のタイヤが視界に入った。おそらく、この駐車場のどこかにある車の後部から、本来あるべきスペアタイヤが一つ消えている事だろう。
これが法華津の身体を吹き飛ばしたのは容易に想像がつく。おそらく西川が、紛い者の力で蓄積していた運動エネルギーを与えて、砲弾よろしく吹き飛ばしたに違いない。
だが、春川は不安だった。彼は法華津が自動車を止めていたのを見ている。法華津の方がより大きなエネルギーを持っていることは言うまでも無い。
つまり能力的には、西川よりも法華津の方が優れているのではないか?
ふと春川が西川を見る。彼は法華津を観察していた。だが、そこに憂いも無ければ不安の色も無かった。春川は不思議に思う。この化物を前にして、どうしてお前は、そんな態度でいられるんだ? と。
「次はお前か……」
立ち上がった法華津の言葉に理性が宿る。だが猛獣のような気配は抜けていない。少しでも隙を見せれば飛び掛ってくるだろう。西川は心底嫌そうな顔をした。
「ったくよー。なんでオレの相手って、どいつもコイツもイカれたヤツばっかなワケ? 18番も相当なイカレ野郎だったんだけど。そんで、こっちは何? 戦闘狂? 出来すぎだって。ふざけてんの……なぁ?」
春川を見ながら法華津を指差し、西川は苦笑する。だが先ほど戦ったばかりの春川は、西川の無防備さが恐ろしかった。
「おい、アイツから目を離すな。アイツは……」
「へーへい。ったく、お前にまで折笠の生真面目病が伝染っちまったか? つーかアイツが同系統なうえに格上の相手ってことくらい、オレも分ってるんだぜ?」
同系統で格上。すなわち、紛い者としての性能は、完全に法華津の方が勝っていると西川は判断している。春川と全く同じ見解だった。
「なら逃げろよ、勝てるわけがない……」
「アホかお前は。誰が逃げるって? このオレが、なんの考えも無しに、こんな化物の前に立つわけねーだろ。つーかそれ以前に、オレが勝てない戦を挑むと思うわけ?」
カツカツと足音を立てて、西川は能力において上位互換の相手に歩み寄る。
自信に満ちた足取りを見て、法華津は口元を吊り上げる。
「ふぅん。いいよ、すごくいい……ふ、ひヒ」
発音から発声へと、法華津の声帯の機能が切り替わる。
「別にテメェがオレを殺してもいいがな、そしたら、あの二人の命の保障は出来ないぜ?」
ぴくり、と法華津の眉が反応する。
「4番の海野火早野は『烏』の3番の北池啓助を狩りに向かってる。五番内席には五番内席で対抗する、当然だな。こっちにも5番の折笠がいるけど、アイツにゃ悪いが、あいつが五番内席にいられる理由は、あいつの席がリーダー役であるパウエルも兼ねている5番席だからだ。『上』からしたら五番内席なんて正直どうでもいい。別に強いヤツを1から5の五つの席に固める事に合理性は無いからな。
だがパウエルも兼ねてるんなら、リーダーシップがあり、『上』の指示に忠実でなきゃいけない。だからあいつは5番の席にいられるだけだ。もし折笠が3番に挑んだら、ソッコーでやられるな。力だけなら、まだお前の方が北池啓助に対抗できそうだ」
上司に対して遠慮の無い評価をしながら、西川は、なおも敵へと接近する。
「……っと、無駄話が過ぎた。ようするに北池に対抗できるのは、海野だけだ。で、お前は竹内のアマに『乗せられて』ココに来た。折笠は……たぶん竹内のトコに行ってて、前述どおり18番はオレが倒した。『烏』、『鍵』ともにやるべきことをしてるだけで、他に手は回らない。そんで『塵芥』の残る二人は、福田の生存確認に行った。そりゃいけねぇな。あの二人は紛い者じゃねぇ。パンピーと変わらん。いくら相手が二人だろうが、いくらオレが紛い者の中じゃ弱かろうが、あれくらいなら、どうにかなる。分ったろ? 『塵芥』の19番と21番。明智美智子と内田大樹の命は、オレの手中にあるってワケだ」
衝撃的な一言に、法華津は動揺を露わにする。春川もびっくりだ。福田の生存確認なんて、ハッタリにもほどがある。
「何を……」
「ああ。春川が来た理由は、聞いてるんだっけ? 確かに、春川は『塵芥』に、お前を連れ戻すよう言われたかもしれねー。けど、俺らとしちゃ、お前さえ連れてこれれば、アイツらの命なんて、どうでもいいんだ」
「人質のつもり……そんなの効くわけ……第一、僕はあの人たちを裏切って、ここに……」
法華津の表情を見て、西川は笑った。
「へぇ、効かないんだ。なら、俺を殺せばいい。それすらイヤならどこへなりとも消えればいい。けどアイツらの行方を知ってるのもオレだけだぜ? オレを殺せば奴らの居場所は分らなくなるし……オレはアイツらの事を、遠くからでも殺せるようにしてるかもな」
心底意地の悪い笑みを浮かべる西川の目の前で、
「なるほどね」
空気が、暴虐によって砕かれる。まるで砲弾が飛び出したのかと思った。
そんな不意打ち――猛獣の突撃を、西川は半身にして回避していた。
破裂するような音が駐車場全体に響き渡っている中――音源は立ち上がり、静かに告げた。
「なら殺さない。二人の場所を、吐くまで殴る」
「へぇ、そう来たか」
ニヤリ、と西川が冷たい笑みを浮かべた。
「スマートじゃないが……最終手段だ」
西川の左腕が、踊るようにユラリと挙げられる。その動作と法華津の突貫は同時、肉食獣のような体勢をとると、まるでスタートダッシュのように二度目の突撃が開始された。時速50キロという速度で、法華津が強引に間合いを詰める。
だが、先ほどと違うところがある。それは両腕を真っ直ぐ横に伸ばしているところだ。プロレス技でいうラリアット、素人丸出しの姿勢だが、時速50キロという人外の速度が、その危険度を本来のプロレス技以上へと補正する。
正面を避わせば腕の餌食。だがカウンターをしても自分の腕が砕けるだけ。そしてあと一瞬で接触するという状況では、横に移動して回避するという選択も有り得ない。
そんな危機的状況で、西川は冷たい笑みを浮かべたままだった。
「お前、迂闊だよ。言ったろ? オレとお前は、同系統の紛い者だって」
左腕が法華津に触れる――途端、法華津の速度が慣性を無視して消え失せる。
「――!」
法華津が、慌てて後退した。
立体駐車場は、広くても、やはり障害物の多い屋内でしかない。この状況で、大きなエネルギーの出力は危険が伴うので、セーブを掛ける必要がある。
そうか、と春川は気づいた。法華津への策は人質なんかではなく、この地形であり――そしてここに引き止める事だったのだ。
なら――この場において、運動量のアドバンテージは、無いに等しい。
春川は、西川の悪辣さに驚嘆した。




