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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
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ホーム1 #『烏』

    ホーム1 #『烏』


「……智巴さん、宇智巴さん。着きましたよ、駅ですよ」

 竹内が目を覚ます。その原因は、落ちつい声色の呼びかけと、自分の肩を()すられたからだった。まるで子猫が肩に乗っているかのように、竹内を起こす者の手は、弱々しくも温かい。竹内は、重い瞼を開ける。

「……朱博(あけひろ)

 濃いグレーのセーターを着ていた。クセっぽい茶髪は、耳が隠れそうなくらい伸ばしている。顔立ちは大人びてはいるが、身体の線は細く、頼りない印象を受ける。藍色の学生ズボンに革ベルトと臙脂色のネクタイは、彼の通う学校の制服である。ブレザーを着ていないのは衣更えの期間だからだ。彼の名前は広谷(ひろたに)朱博という。

「寝起きに朱博の顔のアップが見られるとは、幸せな女だなぁ、私も」

 寝起きに、そんな惚気たことを言いながら、竹内宇智巴は立ち上がる。

「かっ、からかわないで下さい」

「からかってるように見える?」

 照れ隠しに電車から出る広谷の背中に、竹内は真剣な声色で投げかける。

「えっ」

 広谷はそれを聞いて振り返ったが、そこにいたのは意地悪な笑みを浮かべた女だった。

「やっぱり、からかってるじゃないですか……」

「からかってるよ。だって朱博だもん」

 そう、こうしてからかうだけで十分だ。彼を自分に惚れさせてしまえば、大概の言うこと聞いてくれるようになる。

 二年前のあの日――自分が『烏』の15番の席について半年が経ったある日、彼が18番の席に着いた。その時から竹内は広谷に自分に好意を抱かせて、いとも容易く復讐のための駒とした。広谷の紛い者としての力はそれほどでもないが、竹内にとっては十分だった。それを使うのは自分だ。弱い駒ほど、自分の力量を見極めるには、良い試金石となるし――所詮は、捨て駒だ。

 ホームの階段を登っていると、ポケットの中の携帯情報端末が振動した。

北池(きたいけ)先輩からですか?」

「ええ」

 北池啓助(けいすけ)。3番の席に居座る、『烏』の主力の紛い者。紛い者の中でも特に強力と謳われる、1、2、3、4、5の五つの席、通称『五番内席』(ごばんないせき)の一つに着いている。

「手伝い業者に任せた、消化設備の改造と、ピロティの柱への穴開けの確認が出来たって。これで私は、アイツに対抗するための策は全て弄した」

 竹内宇智巴は、二年前のあの日の出来事の詳細を――その後に知った。

 自分に屈辱を与えたあの女――折笠崖梨(かぎり)が『鍵』のパウエル、リーダーだということ。

 折笠崖梨は、五番内席に在席していること。

 だが、それでも竹内宇智巴は諦めなかった。

『鍵』のリーダーとしての、折笠崖梨の行動を調べ尽くした。

 紛い者としての、折笠崖梨の力を調べ尽くした。

 そうして、折笠崖梨という人間の心理を読み尽くした。彼女がなぜ沖ノ浜で紛い者として働いているのかを、理解し尽くした。

 今からこの街で起こる全ては、前座でしかない。余興の準備は終わった。後はメインイベントの段取りだけだ。

「朱博。そろそろ始めるから。やっぱ止めます、って言うんなら、今が最後よ」

 そうですね、じゃあ止めます、という返答は絶対に無い。分っていても竹内は言った。この質問は、選択肢は、彼をいっそう盲目にさせる。自分で選んだ道だと誤認させられる。

 広谷はかぶりを振った。

「まさか。ついて行きます。どこまでも」

 分りきっていた返答を聞いて、竹内は微笑んだ。

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