賃貸マンション5 #『塵芥』
賃貸マンション5 #『塵芥』
「海野。私鉄のホームだ。準備しろ」
内田によって、明智の自室に呼び出された海野は、そんな上司の発言を聞いて、げんなりした。
「そんなギャグ漫画みたいな顔をするな。北池が『充電』し始めてる可能性がある」
させときゃいーじゃん。と言いたい。面倒なことこの上ない仕事だ。風神と雷神の特集の楽しみでもなければ、やっていけないくらいだ。
「実害、あるの?」
「大いにな。竹内が失敗しても、アイツが保険になるんだよ」
「どういうことですか?」
内田の台詞に疑問を抱いたのは、明智だった。
「天気予報は見たか?」
「あっ……」
天気予報? そういえば、仏像特集を見る前に、美智子がなんか言ってたかも……と、海野は記憶を掘り返す。
「深夜から雨が降る。どこも彼処も導電できる状態になるんだ。無差別テロと変わらん」
ピリリリ、と喧しい電子音が響き渡る。法華津かと思って、海野は部屋を出てすぐにある、壁に備え付けられた固定電話の子機を取る
『よお。「塵芥」の固定電話って、ここでいいんだっけ?』
どこかで聞いた事のある、生意気な中坊の声だった。
「アンタ……えっと……あれだ。『鍵』の」
『覚えてもらって光栄っすね、西川です。内田さんに代わってもらえます?』
なんだか、今日は忙しいな……海野は電話を保留にする。
「内田~、西川から電話~」
なにか神妙な顔をして、内田は海野から受話器をひったくる。
「はいもしもし……そうか。で? ……ああ」
内田は受話器から耳と口を離すと、明智に尋ねる。
「おい、春川の場所は?」
尋ねられた明智は、うーん、としばし考え込む。
「……あ、今どこにいるかはわかりませんけど、目的地でいいですかね?」
明智がキーボードやマウスを操作している。おそらく、法華津の居場所をディスプレイに表示しているのだろう。
「西川、春川は法華津を探しに向かってる。……そうだ。おそらくこの様子だと、廃棄された施設の立体駐車場だ……は? ああ。バイオマス発電施設? お前、そこにいるのか。確かに近いな。余剰熱発電研究施設だ……ああ。いや、ダメだ。私鉄は止まってる。その辺なら、東側に出れば四本射線の大通りがある。手伝い業者の奴らを向かわせるから、それに乗れ。……なに、こっちも春川にやられてもらっちゃ困るしな、ま、一つ貸しってことでいいさ」
再び、受話器を離すと、明智に命令する。
「明智、手伝い業者のヤツに連絡。ワゴンを一台」
「分かりました」
明智は自分の二代目のスマートフォンを取り出して、電話を掛ける。
なんだか、だんだん慌しくなっている。一応、状況を把握しておきたいので、内田に訊く。
「どうかしたの?」
通話を切った内田が、海野に視線を向ける。
「西川の野郎が、『烏』の広谷と交戦したそうだ。戦闘の末、西川が数箇所打撲。広谷は肋骨叩き折られたって。手伝い業者の奴らに任せて、病院に送る手筈になってるってさ」
「ふーん。大した事無いわね」
「いや、そこは心配しようよ火早野。大丈夫なんですか?」
海野と変わって、心配を口にしたのは明智だった。
「ああ。どっちとも命に別状は無いらしい。で、西川は春川の援護に向かいたいそうだ」
「殊勝な事で」
まったく元気なことだ。私にもその元気をくれ、と海野はぼやきたくなる。
「ああ、一つ貸しってことだ。法華津のせいで一つ使い潰したかと思ったが、取り戻せて上々だ」
癇癪だけは勘弁してやろう、と内田は上機嫌だ。こいつが上機嫌なのは久しぶりに見るが、むかついてならない。
まぁいい……このエネルギーは、北池殺しに使ってやろう。海野は玄関から靴をもって来ると、ベランダ出る。
「で? 私鉄の止まってる駅は何処?」
「すぐそこ、こっから一番近いの駅だ。行くのか?」
内田が、まじめな口調で言う。
「他に誰が行くってのよ」
とりあえずは、人間一人分でいいか――海野は下に人がいないのを確認して、窓からその身を投げた。




