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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
28/42

冷凍庫1 #『烏』


    冷凍庫1 #『烏』


 竹内宇智巴は待ち続ける。足元に置いた得物の入った鞄。いたる所に仕込んだ凶器に、秘密兵器のボウガン。ここは砦ではなく、竹内の城であり、折笠の断頭台だ。

 マイナス20度の世界で、竹内は雪のように白いコートを着ていた。この空間において、防寒対策は文字通り、生死を分ける。

 息を吐くと、白い吐息が霧散した。寒いな、と思いながら、コートの中に忍ばせておいたカイロで指先を温める。

 折笠は、すでにマンションから出てこの場所に向かっている。竹内のように近道をしてないのなら、三十分ほど掛かるはず――そろそろ来るだろう、と竹内は推測していた。

 そろそろ、あの女が来て、戦って――潰せる、殺せる。

 心臓が震えてる、肺が蠕動し、胃の中身が攪拌されていく感覚は、コールタールや重油のように重々しい。寒さからではない。――笑いが、込み上げてくるからだ。

 押さえ込んだ狂笑が、胸元の筋肉を振戦(しんせん)させ、人造された寒気に伝わると、まるで冬山に潜む悪魔の哄笑のように聞こえる。

 身体が燻ってる。――ああ、早くこの拳に、あいつの鼻骨をめり込ませたい。この手の平に、橈骨(とうこつ)が砕けるのを感じたい。足の裏で、あの女の細い喉が潰れるの感触を確かめたい。喉仏の軟骨が崩れる感触を真に受けたら、たぶん私は絶頂しちゃう――。

 想像するだけで、よりいっそう身が震える。縛り付けて、何度も何度も頬骨を殴りつけ、目元を蹴りつけるのを想像する――恐怖と敵意、憎悪と後悔に、激しく歪んだあの女の顔を想起する――ガキみたいな顔は青痣だらけ、曲がった鼻から血と洟の混ざった液体を垂らし、腫れ上がった目は、疲れと諦めの色を滲ませながらも、僅かに残った憎悪を宿し、一心に私に視線を注ぐのだ。

「――ぁ――あ、はは……」

 軽く意識が飛ぶ。視界が白く晴れる。ああ、なんてそれは、心地のいいことだろう――。

 たぶん、最後には痛みと疲労から許しを請うてくるだろう。その顔は、どんなものより価値がある。身も心も屈服させて、踏みつけて、脳天から拳骨を喰らわせて……たぶん、柔らかい皮膚越しに、頭蓋骨の硬さを実感できるんだろう。焦らして、我慢させて、口の中から血の(あぶく)みたいな(よだれ)を、みっともなくダラダラ垂らすんだろう。失禁して濡れそぼった脚衣(ズボン)と下着に、不快を露わにするんだろう。

 その、恥辱と失意に満ち満ちた表情を、どこまでも現実的(リアル)に想像する。

「ああ……もう我慢できない。早くシたいな、崖梨ちゃん……」

 つい、相手もいないのに口が滑る。気づくと竹内は、その身を自分で抱いていた。

 がこん、と鉄扉が重々しく開く音が聞こえた。さっきとは対照的に、竹内の頭は冷静になる。

 コートから手を出す。代わりにコートと同じ、白い手袋をつける。

 人影を認める。小さなそれは、見紛う事も無い、竹内の仇敵。

「久しぶりね~、崖梨ちゃーん」

 折笠崖梨――竹内が最も殺したい、この計画の殺害目標だ。


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