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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
27/42

バイオマス発電所跡地2 #『鍵』

    バイオマス発電所跡地2 #『鍵』


「いい加減、やめようよ。君じゃ僕に勝つのは無理だ」

 車体の向こうから、広谷の謙虚さ皆無な言葉が聞こえてくる。西川は腹の疼痛に顔を歪ませながら、位置関係を整理する。

 位置――正面向きで道を塞ぐフォークリフト。西川はその後ろで陰に屈んで身を隠しており、相手はフォークリフトから離れている。

「悪いな。諦めは悪い方でね」

 西川は笑いながら、相手との距離を慎重に測る。

 頼りない視覚は一時放棄――聴覚と触覚に集中――音と振動、二つに神経を注ぐ。

 足音――スニーカーの靴底が地面を揺らす。距離――5メートル以内。

「なぁ、竹内の目的は、どーせ折笠潰しなんだろ?」

「さぁね」

「ホントに知らないのか? なら、よっぽど信頼されてないんだな、お前」

 突如、足音が大きくなる。走り、踏み込んでくる気配。

 怒り心頭か――個人的な好意を突かれると耐えられない性格らしい。変なところで単純だな、と西川は獰猛な笑みを浮かべた。それは罠に掛かった獲物に向ける狩人のものだった。

 西川は、動いた。

 立ち上がり、フォークリフトの座席に、手と足をかけて飛び上がる。ヘッドガードを掴み、懸垂の要領で全身を持ち上げ――這い(つくば)るように、転がりながらヘッドガードに乗り移る――車体の右側に、広谷を確認する。

 気づいた広谷は、西川が落下してくると思ったのだろう。カウンター気味の打撃を放とうと拳を固める。

 西川はヘッドガードの上でしゃがむと、右足の膝から下で蹴りを放つ。顔面に靴底がめり込む感触――捉えたとき、西川はそのままヘッドガードから飛び出しながら、全体重を広谷の顔面にかける。

 ――潰れろ。

「ぐっ……」

 (しゃちほこ)のように背中を反らす広谷が、突然の加重に呻く。首と背骨辺りから、嫌な音が聞こえていることだろう。このまま体勢をずらされる前に、一番ダメージを受ける形にしてやる――西川は左足を、広谷の腹に向けて放つ。背面と後頭部から地面に叩き付ければ、上手く行けば無力化、最悪……いや、最良で殺せる。本当なら下向きに運動エネルギーを掛けて叩きつけたいところだが、失敗すると自分自身の両足が砕け散ってしまう。そんなリスクは冒せない。

 しかし、広谷はそこから意図的に膝を深く曲げて、アーチをより深くする。顔は地面に並行から垂直に――西川の重心が崩れる。左足は腹を掠めながら脇の方に逸れ、西川は地面へと吸い込まれる。

「ちっ――!」

 西川は着地体勢に移行する。もつれて着地したら、それこそ血みどろの殴り合いだ。西川に勝ち目は無い。

 その間にも広谷を観察――腕が地面に触れると、頭頂部が地面にぶつかるのも気にせず、肘を曲げる。まるで仰向けで腕立て伏せでもやるような、奇怪な体勢だった。

 膝を曲げ、上半身は反っているという体勢から、肘を一気に伸ばして勢いをつける――腹筋と背筋、大腿の筋肉をフルに使い、広谷はまるでバネ仕掛けのように起き上がる。

 ――どこの雑技団出身だよ、お前は!

 西川といえば、着地に失敗して左肩から無様に転がっていた。あえて転がるのを止めず、距離を取る。

 不意打ちは失敗――背骨辺りにガタが来ている事を祈ろう。西川は広谷の横を通り過ぎて後退――フォークリフトから距離を取り、広谷を引き剥がそうと誘導する。

 突然、広谷の全身に、黒い靄が掛かる。

 光を反射しないから、距離感が掴めない。吸収量を調整しているのか、完全な黒という訳でもないから、風景とも区別がつきにくい。

 ――最後まで切り札は取っといたってコトか……

 光エネルギーを吸収して、打撃において視覚的な効果を付与する算段らしい。影絵を見ても立体感はつかめないように、構えを誤魔化されると、回避に支障が出る。

 追撃してくる広谷の打撃を予想し一打、一打を受け流す。だが分が悪い。見えにくい打撃を左肩に一発、もろに食らった――鎖骨が弾けるような錯覚がした。

 懐に、広谷が踏み込んでくる。とどめの一撃、放たれる掌底――西川は右足だけ地から離し、その打撃を両方の手の平で受け止める。

 コンパスのように、ぐるりと半回転する――次は、右足を地に着けて左足が地を蹴る――西川は広谷の背後に回りこむと、その背中に手をつける。

「吹っ飛べ!」

 運動エネルギーを開放――広谷をフォークリフトの前面へと吹き飛ばす。時速40キロで3メートルほど吹き飛ばされた広谷が、やっと体勢を崩した、このチャンス、逃すわけにはいかない。

 フォークリフトの前面――それは、西川の射線()だ。

 西川はフォークリフトの前方まで後退する。そこにあるのは、L字のフォーク。左右ともに、縦と横の部分で色が違う。

 火事場の馬鹿力だ――西川は片側のフォークの先端と地面の隙間に手の平を入れて、力を入れて持ち上げる――悲鳴を上げる腰――がこん、と音がした瞬間、ありったけの運動エネルギーを開放する。

 猛烈な勢いとともに、それは鉄の矢のように吹き飛んだ。

「な……」

 広谷が戦慄の声を漏らす。

 フォークリフトはフォークが短いと、フォークの長さよりも奥行きのあるものを運ぶ際に不安定になる。そういう場合、長さを調整するため、サヤフォークと呼ばれる、本来のフォークよりも長い『つけ爪』を付けることで対処する。鞘という名を関しているが、実際には、その断面は『口』の字型ではなく、ホチキスの針のように、底辺が無い形状をしており、被せるだけに近い。

 フォークの部分の色が変わっていたのは、このつけ爪の部分だけ色が違っていたからだ。

 西川は隠れる前に、フォークが長いのは、サヤフォークが付属してあるからなのか確認して、さらに、どういうタイプか把握しておいた。幸いだったのは 固定ピンを使って固定するタイプではなく、最初は斜め向きに被せ、サヤをフォークに平行にすると、鞘部分の入り口にある止め具がフォークの垂直な部分に引っかかるという、単純な構造になっていたことだろう。

 サヤフォークは、長さにして2メートル50センチ以上。重さは150キロを越す、文字通り金属の塊だ。

 そんな不意打ちに、広谷が対処できるわけもなく――唸りを上げて飛翔する鉄槌が、広谷の身体を射抜いた。


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