ホーム2 #『烏』
ホーム2 #『烏』
「で? あれ、ちゃんと流れてるの?」
電話の向こうの竹内に、北池は確認をする。
『ええ。手伝い業者の奴らが済ませてる……あ、それは置いて行きなさいよ、念のため』
了解、と言って電源を切る。ベンチの上に置いていた鞄の中に入れて、北池啓助は立ち上がる。
ホームから飛び降りて、二つ向こうの線路で停車している16両編成の貨物列車へと急ぐ。手すりをつかい、段差を足場にして屋根の上に上る。目と鼻の先に、黒い電線がある。
北池は、その電線に触れる。
沖ノ浜の私鉄で使われている電気は、交流2万ボルト。家庭用のコンセントの電圧が100ボルトなので、その200倍に及ぶ。本来なら破裂音とともに火花を散らし、死んでいるところだ。
しかし、気だるそうな顔で電線に触れたまま、北池啓助は生きている。
紛い者の北池が吸収できるのは、電気エネルギーだ。
家庭用コンセントが100ボルト、15アンペアなのに対し、今触れている電車の電線は、電圧は2万ボルト、電流は680アンペア。文字通り桁違いのエネルギーが手に入る。
電圧と電流の積が仕事量。すなわち136万ジュール。これは一秒あたりの仕事量だ。
予定通りに事が進めば、奴らが来るのは一時間後。すなわち、それまでに手に入る仕事量は、
136万ジュール×3600秒=48億9600万ジュール。海野がビル倒しに使用したエネルギーの、実に14倍。
電気エネルギーのメリットは、何処ででも大きな仕事量を手に入れられるという点である。今の世の中、水とガス……そして電気は、どこにでも行き渡っているものだ。その辺の電線に触ってでも、ある程度のエネルギーを稼ぐことが出来る。
莫大なエネルギーを身に溜めながら、北池は夜空を見上げる。星の光は無く、地上の光が雲を妖しく照らし出している。赤いような紫のような、不気味な空の色だった。
いけない。北池は思考を夜空から電線に戻す。短気な自分の悪いクセだ。長い作業が苦手で、なにかと集中が切れてしまう。だが今はエネルギーの入力に集中しなくては。
紛い者の入出力は触れられるほどの距離でしか行えない。とはいえ、数センチ程度の余裕はある。なので、手から足へと導電できる状態を維持しないといけない北池だが、靴を脱ぐ必要は無い。しかし集中を切らせば靴から煙が上がり、靴底には穴が開く。それだけでなく、火傷してしまうだろう。
熱……そういえば、竹内と折笠はどうなったのだろうか? 事は順調だろうか?
北池は、自らの恋人の心配をした。




