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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
24/42

バイオマス発電所跡地1 #『鍵』


    バイオマス発電所跡地1 #『鍵』


 閉鎖されたバイオマス発電実験施設。それが広谷が指定してきた場所だった。

 バイオマス発電そのものは昔からあり、木屑や、チップ状に粉砕した材木を燃やして発電するというものだ。しかし廃材をチップ状に粉砕するには、エネルギーやコストが掛かる。

 そのため、廃材を加工する機械を動かすのに必要な電力を、加工した廃材を燃料にして発電できる電力が超えるように運用しなければ、赤字になってしまう。そのため、一定量以上の廃材がないと利益が出ない――つまり、大きな会社を相手にしか出来ない発電方法なのだ。

 この施設は、燃焼させる前の段階の研究をしていた。たとえば、廃材加工の段階をすっ飛ばして、単純に燃焼させるだけで発電させたり、もっと効率的な廃材の加工方法などだ。加工に掛かる費用が減れば、小さい会社を相手に出来る。

 しかし、加工しないままだと、効率的に燃焼させることが出来ず、また他の加工方法も編み出せなかった。結局、プロジェクトが形になる前に、会社が経営破綻した。この手の発電方法に利益を見出す企業がなく、土地の所有者も、施設の設備などを撤去するのに金が掛かるので、施設自体も、こうして放置されたままなのだ。

 そう――ここは、意図せずして建てられた、潰れた会社の墓標である。

 松、檜、杉、桐……さまざまな種類の材木が、丸太のまま、板状、棒状などの様々な形状、大きさによって分けられ、棚のようなものに置かれていたり、あるいは、アスファルトの地面に転がしてあったりする。種類ごとの区画の間に道がある。上空から見ると、ここは京都の町みたいに、碁盤のように見える筈だ。廃材の大きさや量がまちまちなので、いささか歪になっているだろうが。

 同じ木であっても、ここは森林とは違う。地面が土かアスファルトか、木が立っているか横に倒してあるかという違いだけで、別種の空気を作り出している。同じなのは、夜になると光が無いことだろう。誰もいないのだから、当然と言えば当然である。

 ちか、と、暗い視界の右上の方で、光が見えた。白い光。光源は、懐中電灯だと分かる。西川は、その方向へと駆けていく。

 十字路の交差点で、そこは他より、少しだけ広い空間だった。何度もフォークリフトが通過したのか、僅かに他の場所より、アスファルトの表面は滑らかになっている。

 西川が出てきた道の対面――そこに一つ、人影があった。

「よう、18番」

 西川は普段どおりの足取りで、敵対者へと歩み寄る。

「……」

 だが、返答はない。いくらなんでも、それは味気なさ過ぎる――西川は嘆息を漏らした。

「慎重なのはいいけど、それはそれでオモロくないな。ちったあ喋れよ。なんの話し合いも無くやりあったって、メンドいだけだろ。なぁ?」

 訊ねるが、当然ながら返答は無い。

 癪に障ったので、西川はおちょくる事にする。

「ったく、徹底してるな……こんなんじゃ竹内のヤツに嫌われるのもしゃーないな」

「は? ふざけんなよガキ」

 ――……え、なに? こいつ、わざと?

 単純な挑発に対して、ここまで単純に反応するとは気合が入っている。だが……あまりにも単純すぎる。なんていうか、ワザととしか思えない。西川は呆れ顔を隠せず、誤魔化すように溜め息をついた。

「あー、はいはい。からかってスンマセンしたね」

 肩をすくめて謝罪する。が、相手はどうやら頭にきたらしい。持っていた何かを握りなおす……シルエットから、丈夫そうな懐中電灯だと分かる。あれでは鈍器と何が違うのか。

 西川は少しずつ歩み寄りながら、相手との間合いを計る。

「いいよ、どうせ君には、ここで足止めくってもらうから」

 最初のアクションは、西川の攻撃圏外で、かつ広谷が攻撃範囲に踏み込んだ瞬間だった。

 今まで突っ立っていただけの広谷が、突如、右足を踏み込んで、一気に間合いをつめてきたのだ。

 ゆらりと上げられた鈍器は、唐突に遠心力を得て、西川のこめかみへと放たれる。

 体を捻り、殺意に満ちた一撃を、すんでの所で回避する。西川は身体を動かしつつ、運動エネルギーを放出――時速40キロのスピードに乗って、後方へと距離をとる。

 相手は光を操る紛い者。しかし出力するエネルギーは大した事ないから、せいぜい目くらましが限度だ。ゆえに、攻撃手段は物理攻撃に頼るしかない。

「自分から近づいてきたくせに……」

 逃げてんじゃねぇよ、と続けたいのか。そんなの西川にとっては知ったことではない。

 油断は無いはずだった。しかし相手は、西川の予想を裏切る挙動を見せた。まさか、あんな機敏に動けるとは、思っても見なかったのだ。

 広谷は、右手の懐中電灯を逆様にすると、後ろのスイッチを押して点灯させる。

 広谷は逆手に持った鈍器を、袈裟切りのように左斜めに振り上げる。鈍器の扱いとしては妙だが、しかし、光源としての機能を伴っていると話は別だ。

 振り上げられる光源に、思わず視線が向いてしまう――まずい。意識して西川は視線を外し、敵の凶器を見ないようにして、相手の打撃から逃れるべく、またも後退のために、運動エネルギーを使用する。

 ――クッソ、舐めてたな。

 この暗黒の中で、あの光は強烈過ぎる。人間は虹彩の絞り――瞳孔の開け閉め――で、入ってくる光の量を調節する。しかし、強すぎる光で眼球を照らされると、瞳孔は閉じるのが間に合わず、許容より大きな光を網膜に入れてしまう。

 あまりに大きすぎる光を入れてしまうと、『直接グレア』と呼ばれる現象が発生する。これは高輝度の光源を見ることで発生する『眩しさ』のことだ。網膜に残った残像は、一時的に視力を低下させる。

 人間が外界から取得する情報の約八割は、視覚によるものと言われるくらい、視覚は大事な受容器官である。そして、武術の猛者ではない西川にとって、格闘戦で打撃を避けるには、やはり視力に頼るしかない。つまり視力の維持は、この状況において必要不可欠なのだ。

 しかし相手の打撃は、光源そのものである。眼で見ないと避けられないのに、眼で見ると視力が低下する。何度も繰り返していくうちに、視覚は機能不全に追い込まれてしまう。ジリ貧もいいところだ。あの妙な懐中電灯の扱い方は、こちらの視力を減退させるため、出来るだけ光源をこっちに向けるための工夫なのだろう。なかなか趣向が凝らされている。

 では――まず西川がやるべきことは、一つだ。

 まず、自分が保有しているエネルギーを確認する。二度の後退で、おそらく14メートル分ほど使用した。自動車が軽自動車だったことから考えると、残量は、おそらく45キログラムの西川を、140メートル移動させる程度のものだろう。

 広谷の周囲を観察する。相手の立ち位置は、十字路の交差点の中ほど。右の奥には積載された丸太。左側に板状の木材が、棚のような物に置かれている。十字路の奥にはオレンジ色の影が見える……フォークリフトだ。こちらに正面を向けて停車している。――よく見ると、L字型をしているフォークの部分が、地面に垂直な部分はオレンジ色なのに、地面に平行な、実際に物を乗せる部分は黒色で――アンバランスなほど、長い。

 ひとしきりの逡巡を終えて――西川は前傾姿勢になると、スタートダッシュを決めた。アスファルトの地面の上を、飛び跳ねるように駆け抜ける。

 待ち構えている広谷に、直接挑みかかるつもりは無い。

 上に向かって運動エネルギーを開放する。ばね仕掛け染みた動きで、放置された丸太の山の急斜面を上っていく。

 頂上まで来た瞬間、西川は丸太に触れて――時速40キロメートルの運動エネルギーを解き放つ。

 丸太――カラマツの比重は0.48で、水の半分程度しかない。長さ4メートル、直径40センチなので、重量は240キログラム、西川4・5人分ほどの重量だ。

 それを、ほんの5メートル――西川の体重に換算すると25メートル分――移動させる。時速は40キロあり、通常の平行運動と違い、引力を受けながら落下するため、速度は減退せず、むしろ上昇する。勢いよく転がり落ちるカラマツは、濁流に流された大木を思わせる。

 4メートルもある材木が唐突に迫って来ようと、広谷に避ける術は無い。

 広谷の動きは迅速だった。

 次の動きの立ち上がりを気にしながらも、その場に伏せてやり過ごす――しかし、カラマツは広谷の背中を擦過する。広谷が、転がるようにして吹っ飛ぶ。

 あの様子なら、負傷しているだろう。しかし、その程度だ。いくら木材といえど、比重は水の半分程度しかない。直撃すらしていないし、殺すほうが無理な話だ。

 その隙に、西川は落下の勢いを活かして接近する。

「くっ……」

 立ち上がり始めていた広谷が、突然の猛攻に動揺を示す。

 だが、それは遅い。

 西川の右腕が放たれる。純粋な腕力による平手が、広谷の得物に接触する瞬間、運動エネルギーを開放する。

 プラスチックと金属の破砕音が響く。広谷の手から凶器が失せる。

 懐中電灯は吹き飛ばした――まずは一つ目のプロセスの完了に、小さな達成感を抱いたところで――

「どこ見てる?」

 広谷の手が、西川の顔にかざされる。

 ――しまった!

 光は衝撃となって、眼球から直接めり込んでくる。

「――ッ!」

 強烈過ぎる光が網膜に叩き込まれ、西川はよろめいた。緑なのか赤なのかも良く分からない残像が網膜に貼りつき、西川を盲目にさせる。

 視覚を失い、西川は歯噛みする、懐中電灯に気を取られ、すっかり肝心な事を忘れてしまっていたと。

 紛い者には、様々な種類があり、それぞれエネルギーの出力、吸収方法は異なる。

 電気エネルギー操作の紛い者は、自身が感電する状況であれば電気を吸収でき、出力の際は、自身を電源と仮定した際に、電気が流れる状況――紛い者自身を電池と見立てたときに、電流が流れる状況――ならば出力できる。

 運動エネルギー操作、位置エネルギー操作、および熱エネルギー操作の紛い者も、運動出来  る状態にあるもの、地面より上に位置するもの、および発熱体に触れることで、それぞれのエネルギーを吸収できるし、出力できる。

 では、光エネルギーの入出力条件は?

 電球のエネルギー変換効率は30%とか、LEDなら50%だとかというように、物体を光らせるには、莫大なエネルギーが必要だ。なぜなら物体がエネルギーを受けても、それを100%光にしてくれるわけではなく、電気から光への変換効率は、それほど高くないからだ。

 たとえば電球に10ジュール分の電気を使っても、光と出来るのは3ジュール分で、残る7ジュールは、熱になって消えてしまう。

 これから分かるように、光エネルギー(、、、、、、)と、物体を光らせる(、、、)エネルギーは別物だ。

 紛い者の力は、触れたもの、エネルギーを受けられるものに、エネルギーを与える、というもの。

 光エネルギーを与えられれば、広谷は吸収できる範囲で、光エネルギーを吸収する。ならば、その逆――出力も、条件は同じ。

 すなわち、光を反射するものであれば、なんであれ、光源とできる。

 光エネルギーを操作する紛い者と懐中電灯。まったく、なんてあくどい発想だ。

 美術の世界に、アトリビュート(象徴的な持ち物)という単語があるように、時として持ち物は、持ち主を特定する役割を果たす。

 だが――逆に言えば、人は持ち物で、勝手に相手の『種類』を特定する。特定してしまう。

 竹刀を持っていれば、剣道選手や体育教師。

 拳銃を持っていれば、警察官。

 しかし彼らは、事物がなくなれば、その力を剥奪される。実際にどうかは別として、その時、その瞬間、彼らの力は減退する。敵の武士から刀を奪えば、かなり戦いやすくなるように。

 道具は総じて、持ち主に恩恵を与える。広谷は、これを逆手に取った。

 まるで懐中電灯がないと、自分は光のエネルギーを使えないかのように振る舞い、そちらに意識を傾けさせたのだ。

 それは(デコイ)だ。

 それは見るものに不親切な、叙述トリックばりの、明確な騙まし討ちだ。

 獲物を捕らえたと意気込んだ者ほど、その瞬間が大きな隙であり――その姿こそ、格好の獲物だ。

「くっそ……がっ!」

 暴言を吐きつつ、西川は力任せな蹴りを入れる。きれいに広谷の腹に入り――打撃によるダメージを与えるはずだった。

 まるで、柔らかい布越しに、堅い材木を相手にしたような感触がした。

 効かない。しなやかながら強靭で、まるで樹木を相手にしているのではないか、と疑いたくなる。その正体は一つしかない――腹筋だ。

 低下した視覚で広谷を見る――それでも分かった。この格闘戦こそ、彼の望んだものなのだと。それが分かるくらい、広谷の表情は分かりやすい笑みを浮かべていた。

「なに? それ」

 直後、広谷の腕から散弾銃の如き勢いで、衝撃が放たれた。まるでコンクリートがぶつかってきたのかと思った。

 吐き気――内臓が萎縮する。視界がブラックアウトしかけ、脳の機能が一時停止する。慌てて意識を取り戻すと、西川は反撃に転じた。

 広谷の襟首を掴み、力任せに放り投げようと、運動エネルギーを開放しようとする――それに対して、広谷は俊敏に反応した。

 右手でボタンを千切り、左手で、自分の襟の後ろを持つと、上半身を前に倒しながら、一気に腕を引き上げた。

 ずるり、と広谷が服を脱ぐ。西川は空振って、危うく地面にぶつかりかける。

 そこに、踏み込むような右脚が迫りくる。

 まるで落ちてくる鉄柱だった。西川は、あえて前進――すんでのところで蹴撃を避けて、広谷の横を通り過ぎる。

 ――おいおい、ウソだろ!?

 振り返り、広谷を見直した西川は、目を見張った。

 細身のわりに、その上体は筋肉質だった。装甲のような三角筋、袖に隠れている間は気づかなかったが、腕は意外と太い。上腕二頭筋から前腕筋肉は、細い影がいくつも見られ、浮き彫りになった血管が、獰猛さに拍車を掛けている。

「へぇ……可愛い顔して、筋肉の塊じゃねぇか18番」

 罵るも、西川は慄いていた。

 コイツは流石に事前に把握するのは無理だったな……身体のラインが細いところに悪意を感じる。どういう鍛え方をしたら、そんな細身に見せかけられるのか。そういえば体重に違和感を抱いていたのに、どうして忘れていたのか――。

 残念ながら、西川は身体を鍛えたりはしていない。あんなのは頭が悪いヤツがすることだ、と無意識に侮蔑していたからだ。だが今はそんな自分の短絡的な考えを恥じていた。やはり肉体は人間が最初に手にする資本というだけはある。

 法華津穂高の運動量を利用した一撃や、ボクサーや拳法使いのそれと比べれば、確かに広谷朱博の拳は貧弱かもしれない。しかし小柄で細身の中学生である西川にとって、それは一撃食らえば、一発で戦闘不能になりかねない鈍器だ。さっきの直撃でノックアウトしなかったのは、当たり所や、相手の打撃を放った状態を要因とした失敗――つまり奇跡だ。

 広谷朱博の紛い者としての力は、大したことない。その点で油断していた。じわじわ追い詰めていくつもりが、いつの間にか立場が逆になっている。このままでは、西川一政は負けてしまう――

「なんて、ね」

 そんなわけ、あるはずがない。自信だけではない。必然だ。確かに広谷は、西川の予想を超えていた。しかし、所詮はその程度だ。勝つための必要条件が消えたわけではない。

 勝利とは、事前に綿密に計画を組むことだけではなく、その実行力を、実行時に持ち合わせていないければならない。

 視界を失い、吸収した運動量も底をつきかけ、身体能力のアドバンテージもある。

 だが足りない、到底足りない。西川(オレ)の思慮に、広谷(動物)ごときが敵うはずがない。

 立ち位置は逆になっている。今の西川の背――十字路の奥には、フォークリフトがある。

 西川はフォークリフトへと駆け寄る――そしてあるもの(、、、、)を確認すると――迷わず、車体の陰へと逃げ込んだ。


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