表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
23/42

賃貸マンション3 #『塵芥』


    賃貸マンション3 #『塵芥』


 ドライヤーで髪を乾かした直後、インターホンが鳴った。

「誰、こんな時間に?」

 明智が不気味がるのを無視して、内田はボタンを押す。エントランスにあるカメラが映し出しているのは、高校生と思しき男だった。

 見た目は至って普通な男――『鍵』の春川晴臣だった。

「なんの用だ?」

『相談したい事があるんですが……』

 直接訪ねて来た事や、声色から察して、事務的な連絡とは思えない。内田はエレベーターへと春川を通す。

「誰?」

 海野が興味なさそうな口調で訊いてくる。

「春川だ。『鍵』の」

「ふーん」

 大変につまらなそうで結構。内田は言語を発しただけなのに、すごく損した気分になる。

「内田さん、いくら紛い者じゃないにしても、無警戒で通しちゃマズイですよ」

 明智は、明らかにこの状況を気に食わないようだ。同じ女子高生でも、海野とは正反対の反応だ。

「安心しろ。俺達には海野がいる」

「人のこと勝手に用心棒代わりにしないでくれる?」

 自分の意思を軽視された海野がぼやいた。

 まもなくして、玄関のドアをノックする音が聞こえた。内田は一応、魚眼レンズ越しに訪問者を確認すると、ドアを開けた。

「こんばんわ」

「上がれ」

 短く言って、廊下の脇に立つ。春川は「失礼します」とお辞儀して、靴を脱いで、内田の横を通り過ぎる。内田は玄関の鍵を掛けた。

 春川をリビングに通す。明智は海野の隣に座っており、唐突の訪問に警戒を(あらわ)にしている。正反対に、海野は仏像ドキュメンタリー番組を見たまま動かない。

「用件は?」

「えっと……念のために聞きますが、盗聴器とかは無いっすよね?」

 今にも確認しておきたいと言い出しそうなので、内田は間髪いれずに答える。

「必要ない。二十四時間体勢で警備システムが作動してる。警備会社のシステムは明智が監視してるから、仕掛けられてる可能性はゼロだ」

「へぇ……警備会社。スゴいっすね『塵芥』って」

 春川が純粋な関心の目を明智に向けるが、本人は視線をそらす。

「『上』から、警備会社のシステムのアカウントとパスワードの情報が流れてくるだけです」

 これは事実だった。ハッキングだかクラッキングだか、そんな面倒なことをする必要は無い。どうせ、警備会社の株主は『上』の人間なのだろう。こういう類の情報は、『塵芥』にとっては湯水のように使い捨てられる程度のものだった。

 いや、おそらく各グループのパウエル……例えば、『鍵』の折笠崖梨や、『烏』の竹内宇智巴も、同じような情報を手に入れていることだろう。しかし内田は秘密主義ではないので、パウエル権限で手に入れた情報は、適材適所で明智や海野、法華津に開示していた。

 これは内部で裏切り者が出ないようにするための処置だった。一人が裏切ろうと、残る三人は一人の知らない情報を駆使してアドバンテージを取れる。自分が隠し持っていても良いが、それでは各自の即応性に欠けてしまう。だが、これはあくまで予防策。実際に事が起きてしまうと、あまり効果無い。……法華津がそこまで気を回しているとは、考えにくいが。

 ……そして、その事態が起きてしまっていると見ていい。

 春川の突然の訪問から、内田は何か異様な事態が起こっていると察していた。とりあえず詳しい話を聞きたい、春川を催促する。

「用件は?」

「『烏』潰しに協力して下さい。やつらは折笠を狙ってる。18番……広谷朱博は、西川が対応しますが、北池はどうにもならない」

 なるほど。そういうことか。内田は納得した。

「つまりお前は、法華津と海野を使って、北池を潰すつもりか?」

 春川ば黙って頷く。

 少しだけ考える。電気を操る第3席・北池啓助を相手に、位置を操る第4席・海野火早野と、運動を操る法華津穂高のタッグが勝てるか否か……。

「いいだろう」

「内田さん!」

 注意を勧告する部下を、内田は片手で制止する。

「だが、こっちにも一つ、条件がある」

「なんでしょうか?」

 春川は緊張した表情を浮かべる。

「こっちの20番、法華津穂高が消えた」

「……は?」

 予想だにしない発言だったに違いない。春川の目は点になっていた。

「理由が分からないし、暴走してくれたら、非常に面倒くさい。なにより、北池潰しに、アイツが必要だ。そうだろ?」

「はい。じゃあ彼の捜索を手伝います」

 まったく、せっかく借りを作れるところだったのに、使い潰してしまった。法華津には説教が必要だ。海野によるくすぐりの刑とか……いや、これではむしろご褒美か?

「だが、もしも海野もやられたらどうする?」

 最悪の事態を想定して、懸念事項を口にする。

「そんな心配無用なんだけど~」

 となりでブーイングが聴こえるが、内田は聞こえないフリをした。

「その時は、こっちで責任を持ってやらせていただきます。折笠と西川で」

「頼りないな」

「同感です」

 あまりに正直な意見に、内田は苦笑いした。

「聞かれたら、チビ二人に怒られるぞ」

「ですね。けど嘘をついたって、どうにもならない」

 不器用なヤツだ。それと同時にやりやすい相手、話のわかるヤツは大好きだ。煩わしくなくていい。面倒なだけで役に立たない、理屈をこねくり回すだけのガキよりも、自分に正直な青二才の方が可愛げがあるというものだ。

「……いいだろう。こっちは海野を派遣する。その代わり、お前は法華津を見つけてくれ」

「はい」

 春川の返事とともに、交渉は成立した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ