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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
22/42

隠れ家 #『鍵』

    隠れ家 #『鍵』


 北池啓助。18歳。身長177センチメートル、体重64キログラム。所属は『烏』の第3番席。紛い者。

 紛い者としての能力。操作対象は電気。最大吸収エネルギーは不明。現在の最高記録は7億6290ジュール。

 データベースに載っている情報に目を通していくが、すべて知っているものばかり。所詮は、その程度だ。当たり前といえば当たり前。むしろ紛い者としてのステータスの全てが分かっているのなら、実験場としての沖ノ浜の意味なんて、そもそも存在しない。

 西川はファイルを取り出す。それは西川が手に入れていた、北池の学校で行われたSPI、高校生活に関する学校アンケートなどの資料のコピーだ。

 SPIによる考察。SPIは一定の時間の中でインターバルを設けながら、単純問題をひたすら解かせていくテストだ。最初は良好で、途中から効率が悪くなり、最後にまた上向きになる――という風に、正答率と回答数は下弦の弧を描くのが一般的だ。だが北池啓助は、弧ではなく、完全な右肩下がりとなっている。短期的な集中力はあるのかもしれないが、持続性はないことが分かる。飽きっぽいということだ。

 次に学校アンケート。『将来に希望を持っていますか?』といった抽象的ものから、『高校卒業後の進路は?』というような具体的な質問まで多種多様。

 基本的には、とてもそう思う、どちらかといえばそう思う、ふつう、あまりそうは思わない、とてもそうは思わない。の五つで回答する。

 一見すると馬鹿らしく、何の参考にもならない資料であるが、西川一政という男は、目的の為なら手段を選ばず、あらゆる物に可能性を見出す。必要に迫られれば、ゴミ漁りをしてゴミの捨て方やどのようなゴミであるかさえ調べ、心理を読み尽くそうとする。

『将来は有名になりたいと思う』だとか『自己主張の激しい方である』といった質問に、『とてもそう思う』を選択しているあたり、自己顕示欲の強い性格だと分かる。『集中力がない』『怒りっぽい』『イライラする事が多い』にも同様の回答を示している事から、神経質であることも窺え、これはSPIの結果とも一致するため、信用度は高い。

 その一方で『友達のことは分かっているほうだと思う』『自分に自信がある』『友達の間では率先してまとめ役を勤める』には否定的、『自分が辛いことでも、周りがそれでいいなら我慢できる』『何かを選ぶときに、長い時間悩んでしまう』『人に気に入られたいと思う』『他人に頼られたらイヤとはいえない』といった質問に肯定的な選択をしている。

 自己顕示欲が強く神経質、自分に自信が無く、他者に依存する傾向がある日和見主義。妄想が過ぎ、自意識過剰な子分タイプ。敵対者ならば、これほど分かりやすい相手はいない。つまり、口が達者で粋がっているガキだ。持久戦に持ち込んで、じわじわ削れば、あっという間にこっちのペースに持ち込める。

 続いて、別の資料を見る。それは『烏』のもう一人の男、広谷朱博の資料だ。沖ノ浜の紛い者としての資料はもちろん、SPIや学校のアンケートなど、揃えたものは北池と同じである。

 身長160センチメートル、体重60キログラム。所属は『烏』の第18番席。紛い者。

この背丈で体重が60キロとなると、BMIでは23くらいと、中肉中背な部類となる。西川の記憶では、広谷は細身だった筈だが……今は解決しそうにない疑問なので、意識的に思考の隅に追いやる。

 紛い者としての能力。操作できる対象は光。現在確認できている最大吸収エネルギーは1万2千ジュール。せいぜい目くらまし程度が関の山。紛い者の中では最弱か。

 SPIでの考察。全体的に集中力が高く、忍耐力がある。特に言語分野(国語)より、非言語分野(数学)の結果が著しく良好。理詰めで物事を考える傾向アリか。

 『自分の損得を考えて行動する』『自分勝手な振る舞いをよくする』には否定的。『将来は人の役に立つ職業に就きたい』『困っている人を見ると、助けずにはいられない』『相手の意見をよく聞いて、共感する』『後輩や子供の世話をするのが好き』『約束は絶対に守らなければいけないと思う』などは肯定的。責任感が強く、タフネスで、公の場では厳しい生真面目な性格と予想する。

 能力的には北池の方が厄介で、人間的には広谷の方が厄介だ。では西川としてはどちらの方がやりやすいかで言えば北池だ。春川にもいったように、紛い者以外の方向の搦め手でなれば、意外とすんなり仕留められそうだ。

 だが、広谷の方は別だ。こちらは精神的に強い。ならばこちらとは正面からぶつかるしか無い。

 とりあえずはこんなものだろう。西川は資料の情報を頭に叩き込むと、それをシュレッダーにかける。自己分析の結果から、資料を残しておくと安心して、中身を忘れてしまうのは自覚している。それに大切じゃないと思った事は忘れた方がいい。情報は更新するべきだ、それが人間の情報ならばなおさら。いつまでも過去の情報ばかり覚えていても、将来使えるとは限らない。PCの方も、データベースへの接続を切る。

 さて、とりあえずノルマは広谷朱博の撃破だ。ヤツらの目的が折笠潰しなら、必然的に、相手をするのは竹内宇智巴、それもサシだろう。竹内も頭は良い方だが、しかし執着が強すぎる。本丸の相手を、自分以外の人間に任せるとは考えにくい。

 そうなれば――残る二人は、足止め役に徹させるはず。ならば問題ない。

 ――オレは、何のために、こんなことをしている?

 ふと浮かんだ、感想。

 いつでもそうだ。負けず嫌いな自分は、徹底的に勝つために行動する。だが目的は曖昧だ。いや、目的は後から決まっている。情報を集めて、それから決める。

 竹内が執着によって折笠を狙う。なのに自分は、ただ『勝てるから』なんて理由だけで広谷朱博を狙っている。自分の卑屈さに嫌気が差し、竹内宇智巴に嫉妬した。確かに竹内は綿密に計画しているが、おそらく、そうでなくても、勝率など関係なく事に臨んだだろう。

 彼女は自由だ、奔放だ。なのに自分は、勝率に囚われ、勝利に呪われ、行動を制限されている。勝つだけの事の積み重ねに、一体何の意味がある?

「――馬鹿野朗」

 弱気になったいる自分を、吐息とともに排除する。逆だ。勝てない方が無意味だ――それでも勝ち負けよりも感情で動く方が、まだ人間味がある――雑念が混じってくるのを感じる。

 ――知ったことか。オレは勝つ。

 勝利すること、それそのものが目的だ。他の誰でもない。自分自身が勝利という答えを叩きだす。所詮人間なんて、食い物や住む場所を、社会のパーツとなることで提供されている時点で、生きていることに目的なんてないのだ。ならばせめて有意義に生きていく為に、自分は勝利し続けるだけだ。

 所詮は人生の暇つぶしだ。気楽に行こう――そう思い、やっときた、とも思う。そう、この調子こそ、西川一政が何事にだって勝てる精神状態なのだ。適度に高揚し、全てに警戒し、そして自身が達成すべき目的と、やらなければならない過程を把握している。

 ――さて、あとは、どうやって18番を見つけ出すかだが……。

 ポケットの中の携帯端末が振動する。振動の仕方を通話やメールなどによって設定を変えており、今の振動は、メールの着信だと分かった。

 いまどき、珍しくEメールだった。最近ではSNSだのコミュニケーション用のアプリケーションツールが溢れているから、メールは会社などで、事務的な要件くらいでしか使われることはない。

 文面はシンプルだった。

『添付した画像の印をつけている場所に来い』

 来なければ、なんていう文章すらない。折笠が狙われるのは分かっているのだし、あっちの援護に向かう手もあるが、下手なことをすると3番が出てきて面倒になる。こっちにはそれだけの戦力はないから、その事態は避けたい。それを分かっているのだろう。

「そっちから来るのかよ」

 地図の場所を確認する。ここから、それほど離れてはいない。……まずは資本の確保が先だ。

 隠れ家を出て、車道に向かう。夜も八時を過ぎている。あたりは暗い。突然、道の横から歩行者が出てきても、運転手がブレーキを踏めるとは思えない。

 適当にスピードを出している自動車を見繕うと、西川は歩道から身を乗り出し、それに触れた。


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