賃貸マンション1 #『塵芥』
賃貸マンション1 #『塵芥』
法華津ら『塵芥』の四人は、賃貸マンションの一室にいた。
夕食は済ませたし、特に目的もなく皆はリビングに集まって、テレビを見ながら団欒していた。テレビの真正面に円形のテーブルを挟んでソファがあり、左から明智、海野、法華津の順で座っていた。
テレビが映しているのはニュース番組だった。人気絶頂中のアイドルグループの一人が、覚せい剤取締法違反で逮捕された、という内容だった。
「うわー、ひっどいよねマスコミってー、『1万人に1人の美少女』とかって自分たちが勝手に騒いでただけなのに、手の平返して『悪魔の女』だってー。……わ、深夜から雨降るって。洗濯物入れとかないと……」
「マスコミの演出過多はいつものことだし。ってか美智子、そろそろチャンネル変えてくれない? NHSで仏像特集始まるんだけど」
「ホンット変な趣味してるよね火早野ってー。なにがそんなに良いの?」
法華津は仏頂面のまま、二人のやり取りを聞いていた。
いったい自分は、何をしているのだろう。生活は全然変化していない。これでは今までと同じだ。紛い者になったというのに、この平和ボケした生活を甘んじて受け入れなければいけないのか。
ふと、横から50キログラムほどの重圧が掛かった。隣の女性が自分に寄りかかってきていることに気付く。
「火早野ってなんでそんな法華津君とひっつきもっつきしたがるの? 好きなの?」
「別に」
なぜか海野は無表情だった。
法華津穂高は、海野火早野を好いている。しかしそれは女性としてではなく、自分よりも強い者に対する憧れだ。
今日のビルの倒壊作業――解体というには些か芸術性に欠けるが、しかし徹底した破壊は、法華津にとってリスペクトの対象だった。
故に、そんな彼女に自分の仕事を褒められれば、素直に嬉しい。愛でられれば照れてしまうのも自覚している。
だが――逆に、こういう普段どおりの生活の中で、こうして一緒にいても、何にも嬉しくなかった。ムチがあるからアメは甘く感じるのだ。アメばかり舐めていれば、舌は肥えるどころか、鈍磨する。
カラオケルームで頭を撫でられた時も同様だった。海野は何か勘違いしているようだが、彼にとっては、むしろ正当な評価の表現を、無条件で与えられていることに不満すら抱いていた。苦労して手に入れたからこそ――先輩からの心からの評価は、嬉しいものなのに……。
そんな事を考えていたら、唐突に法華津の携帯端末が鳴った。
――?
このマンションに四人ともいるので、相手は『塵芥』のメンバーではない。とすると誰なのか――法華津に心当たりはない。
「あっら。法華津、誰から?」
「学校の友達とか?」
海野と明智がそれぞれ尋ねてくるが、「わかんないです」と誤魔化して廊下に出る。――非通知だった。変だな、と思いながらも、通話ボタンを押す。
「もしもし」
『やっほぉ。法華津穂高くん?』
聞いたことのある女の声だった。法華津はすぐに誰かを察した。
「『烏』の……竹内宇智巴……さんですね」
『そうそう! ちゃんと年上への言葉がなってて偉いわねー。どっかの女とは大違い』
楽しそうな雰囲気が、電話越しでも伝わってくる。おそらくあっち側で、茶髪の女が小躍りしていることだろう。……少し、羨ましく思った。
「……ご用件はなんですか?」
法華津は警戒していた。北池啓助が行方知れず、ということもあって、もしかしたら、あとから内田や明智に何か指示されるのではないか、と考えていたからだ。この件の主犯と思しき人間から声が掛かれば、流石の法華津も何事かという思考は働く。そもそも、なんで自分の携帯端末の番号を知っているのかも謎だ。
だが、
『あなたにふさわしい戦場を用意してあげる。どう?』
――その一言で、そんな蒙昧な理性は吹き飛んだ。
マンネリを抱き、力を持っているのに使えない、欲求不満な日々。
おかしなものだ。本来力とは、何かを為すための手段の筈だ。なのに力を手に入れると、何かの為に使うという目的は消え去り、『ただ使いたい』という欲求を満たす為に行使する。有り体に言えば、手段と目的が逆転してしまうのだ。だがそういう人間ほど、事を起こした時点で『勝って』いる。だって、事を起した時点で彼らの『使いたい』という目的は達成されているのだから。後に何がどうなろうと、彼らにとってはどうでもいい。そして、そういう人間を止めたって、損をするのは止めた人間の方だ。
法華津は野生のカンじみたもので、竹内の目的が自分を使うことだと看破した。
けれど、そんな彼女の思惑も、彼にとっては手段である。何かと戦う口実、いや、口実というより使う場所そのもの。部屋の中にいては、バスケットボールも投げられない。相手はコートを用意してくれるらしい。
ならば、誰に使われているかなんて関係ない。それに自分が満足できるか……悩む余地は無かった。
「どこに行けばいいんですか?」
悪魔の誘いとも知らず、少年は話に乗った。




