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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
16/42

回転寿司3 #『塵芥』


    回転寿司3 #『塵芥』


 法華津穂高は退屈だった。

 仕事が終わってから、寿司屋で夕食。それ自体は別にいい。だが彼が所属するグループ『塵芥』のパウエル、内田大樹はこういう旨の発言をした。

 ――『烏』の竹内から会食の誘いがあった。なんか怪しいから、お前らは様子見に徹して、要らない事は言わずに黙ってろ。

 つまり黙々と寿司だけ食べていろ、という事だ。代金に関しては、どうせ『烏』の竹内経由で『上』が経費として支払うのだろう――余談だが、ファミリーレストランで『鍵』の西川が頼んだ甘味も同様に経費で支払われている――なら、好きなだけ食べるに越したことは無いのだが、それにしたって何も言うなと言われると、面白くない。

 ――僕だって色々話したいのに……。

 せっかくの機会だ。似たようなグループの先輩方の体験談くらい聞きたい、という気持ちがあったのだが、これでは期待できそうにない。つまるところ法華津は不貞腐れていた。

「面白く無さそうだね」

 真正面――一番レールに近い席に座っていた『烏』の18番・広谷朱博が、掠れて消えそうな声で呟いた。

 図星だった。だが内田に言われていたように、変なことは言わないようにしよう――そういうところだけは生真面目な法華津は、どぎまぎしながら首を振る。

「いえ、そのようなことは、決して……」

 やがて、隣の席に座っていた内田が溜め息をつく。

「下手糞……」

「ゴメンナサイ……」

「だから言うなって!」

 あ、そういうことか……と思って再び頭を下げそうになった直後、わざとらしい溜め息が聞こえた。

「はぁー、ったくよー。内田さん? これって何? ダイコン役者ってヤツ? 一周して鈍感の演技にすら見えますよ」

 その発言は、内田の真正面に座る、『鍵』の西川一政のものだった。

「悪かったな。誰もがお前みたいに悪辣な感性を持って生まれてくるわけじゃないんだ」

「何を仰います? オレは純真無垢な上に清廉潔白ですよ」

 内田が湯飲みに口をつける。

「どの口がほざいてやがる、クソガキ」

「ん? それは若くて初々しいっていう、褒め言葉と受け取っていいですか?」

「勝手にしろ」

 独り言にすら思える少ない声量で、内田が毒づいた。

「お前……折笠さんにはナメた口利くクセに、他の先輩には随分ちゃんとした敬語を使うのな。びっくりだよ」

 それは『鍵』の春川の意見だった。彼は西川の隣に座っている。どうやら西川というヤツは、上司の眼鏡で小柄な女の人には、もっと荒い口の利き方をするらしい――暇つぶし程度に法華津は記憶した。

「この人は尊敬できるぜ?」

「心にもない事をよく言う」

 意地汚い笑みを満面に浮かべる西川を尻目に、内田がぼやく。

「なんせパウエルのクセして仕事は部下に丸投げだ。給料泥棒もイイトコ。明智さん可哀想」

「なるほど。心からの言葉だったな」

 法華津はイヤミというものを初めて聞いたので、『給料泥棒って悪い意味の言葉だよね』とか『なんで悪い人を尊敬するんだろう?』とか、的外れなことを一生懸命考えていた。海野がその事実を知ったら、また仏頂面で頭を撫でるに違いない。

「それで? 18番、お前からの説明はそれだけなのか?」

 西川が意味ありげに、彼の隣に座る少年に問う。

 広谷からの説明は、『烏』の3番、北池啓助が失踪したという事実と、その捜索の依頼だけだった。経緯の説明もなければ、心当たりのある場所を言うわけでもない。これが何を意味するのかは、火を見るよりも明らかだ。

「そうだけど。何か不満?」

「ハ、よく言うよ。説明不足も甚だしい。お前のトコのパウエルがなに考えてる知らねぇが、こりゃ止めてくれって言ってるようなもんだぜ?」

 内田が相手の時とは違い、敬語もクソも無い。だが相手も気にしていなかった。

「止める? 何を?」

 鈍感な法華津の目からでも、広谷がとぼけているのは明白だった。

 これではラチが明かないと察した内田が、横槍を入れる。

「北池啓助が失踪ってトコからして、嘘も甚だしい……って西川は言ってるんだ。分かりきってるタネなら、手品は一発芸と変わらんだろう? 白々しすぎて笑える」

「なんでもいいですけど……そういうことなら証拠なり根拠なりがあって仰っておられるんですよね?」

 流れる寿司を取りながら、広谷は興味も無さそうに呟く。西川がため息をついた。

「……こりゃアレか。話してもダメだな。いい加減食おう。こいつに構ってても何にも聞き出せそうにないし。まぁ、聞き出せないも何も、そもそも知らないだけかもしれないけど」

 楽しげに西川は、広谷の前を横切ってレール上の寿司皿を取る。

「答える義理はないね」

 その台詞は、すごく苛立たしげだった。なにが不満なのか法華津には判断できなかったが、少なくとも、この状況が、西川の言うとおりだというくらいは、理解できた。

「答えてるようなもんだけどな、ソレ」

 笑いながら西川は、卵返しを口に放り込む。

「ただ怒っただけじゃないのか?」

「あ、まぁそれオレも思いました。けど性格的に考えれば、やっぱ今の反応は図星じゃねーっすか?」

 批評されている広谷は、顔色ひとつ変えずに別の皿を取る。

「あ、広谷。同じの取って」

 広谷はレールから一番遠い席にいる春川に渡す。「ども」と春川が軽く感謝の意を表する。

「まーなんにしたって、コイツらが行動するのを、こっちはただ黙って見ておくしかないことに変わりないんすけど……」

 最近の回転寿司というのは、純粋に寿司ばかりを流しているわけではないらしい。アイデア寿司と呼ばれる、およそ老舗店では出ないであろう『ローストビーフ軍艦』とか『アボガドと海老のカルパッチョ風』などという珍妙なものから、切り口が乾燥しつつある果物、ケーキなどのデザートの類が流れていた。子供の夢の結晶みたいな流れを、不満そうに眺めながら、よりにもよって西川はプリンを取る。西川の隣に座る春川が、吐き気を堪えるように口を塞いだのを、法華津は見逃さなかった。

「お前……まだ食うのかよ」

 春川はなぜか泣きそうな顔をしていた。

「いや、それを言うなら『まだ食うのかよ』じゃなくて『もうデザートかよ』だろ。つか三皿目でデザートに突入ってどうなんだ?」

 内田が半ば焦るようにして突っ込むが、本人が気にしている様子はない。――法華津などの、春川以外の面々が知る由も無いが、西川はココに来る前、他にも色々な甘味を口にしている。

「いいじゃないっすか。美味(うま)けりゃ順番なんてどうでもいいっすよ」

 プリンを一口、二口食べた後、西川は迷い無く、そのプリンの入っているカップに、躊躇無く醤油を注ぎ込む。

 その後、男子、女子ともに目立った事柄は無かった。


 かくして、珍妙な座談会IN回転寿司は幕を閉じた。支払いは男女まとめて竹内が引き受けた。――ちなみに皿の数を数えたわけではないので誰も知るよしもないが、食べた皿の金額が一番高かったのは、単価の高いデザート皿を六皿も平らげた西川である。

「いやー、美味しかったねー寿司。じゃ、北池のことはそういう事でヨロシクね皆さん」

 竹内が笑うが、周りは全く表情を変えない。この緊張した空気は分っているだろうに、こうも余裕ぶった態度ができるのは、ある意味、才能なのか。

「じゃっねー……いこ、朱博」

 広谷の手をとって、二人は小走りで法華津の横を通り過ぎ――女の口が微かに動く。

「――」

 思わず、法華津は振り返る。だが竹内と広谷は、遠ざかる後ろ姿を見せるだけだった。

「どうかしたか?」

 解散となり、皆が自分達の車に乗り込み、別のグループのメンバーに手を振って分かれている中、内田だけが法華津の異常に気付いていた。

「あ……いえ、なんでも……」

 法華津は笑って誤魔化してみるが、耳元で囁かれた一言は、法華津の期待をかき立てるには十分なものだった。

 ――ねぇ、退屈してるんじゃない?

 すれ違い様の一言は、そう聞こえた気がした。

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