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沖ノ浜の紛い者  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本章
15/42

回転寿司2 #『塵芥』


    回転寿司2 #『塵芥』


 海野火早野は、折笠崖梨という先輩の事を少々気に入っていた。

 折笠は『鍵』のパウエルにして五番内席という二つの役職を兼ねている。つまり海野と同レベルの紛い者でありながら、内田大樹と同じ面倒くさい立場にいる。学校で言うなら、有名な部活動の選手でありながらクラス委員、みたいな立ち回りなワケだ。いくら五番内席の中で、一番格付けの低い5番とはいえ、海野はそれを過小評価していなかった。そして折笠は、根はトコトン真面目と聞く。容姿にしても、ボブカットに眼鏡というのはあまりにも出来すぎだ。

 だが、それだけならお堅い先輩、という印象しか受けない。しかし彼女の身長は一五○センチもなく、随分と小柄だ。そういうチャームポイントを兼ね備えている点を海野は気に入り、そしてそれ以上に尊敬していた。

 逆に竹内宇智巴という女を、海野は不気味に思っていた。

 腰くらいまである長い茶髪は緩く波打っていて、身体の線は細く、四肢は長い。モデル体形というよりも、手長猿という方が海野の主観ではしっくりくる。そして何よりその目。まるで他人を裸にして嘗め回すような、心底不気味で淫靡な光が宿っている。

「四名様でお待ちのタケウチ様ー、四名様でお待ちのタケウチ様ー」

 女性の店員が、喧騒響く店内で声を張り上げる。竹内、折笠、明智、海野の四人は、店員に続く形でテーブル席へと移動する。

 席の奥の方に寿司が流れるレーン。その真下に湯飲みに湯を注ぐ装置が整備されている。竹内と折笠が、対面する形でそれぞれ奥の席に着く。竹内がそこそこ身長があるのに対して、折笠は竹内よりも頭一つと少し分、小さい。椅子に深く座っているのに、背もたれが大分余っている。

 ――ホントにちっちゃいわね……。

 背丈だけなら先輩とは思えない。海野は先輩の小柄な体躯を可愛く思い、同時に少し妬けた。これくらいとは言わずとも、自分ももう少し小さかったら良かったのに。

 海野は折笠の隣に座り、残る明智は竹内の隣に座った。

「あら――化物が、仲良くお隣に座っちゃってる」

 明智は緊張し、海野は舌打ちする――が、隣の折笠は、一人涼しい顔をしている。

 店員は聞き逃したのか、キョトンとしている。「何か最初にお汁物などどうですか?」というテンプレート通りのセリフを言うが、全員が首を横に振る。

「なにかご注文がございましたら、そちらの上のボタンを、会計の際はテーブルにあります、呼び出しボタンをお使いください」

 そう言って店員が去っていく。店員が十分に離れてから、海野が思わず口走る。

「随分と失礼なヤツね」

「ちょいちょい、年上に敬語使えないのはどっちよ? アンタの上司ばボヤいてるそうじゃない? ウチのメンバーは言葉遣いがなってないって」

 揚げ足ばかり取りやがって――海野は顔面を引きつらせる。

「あら? 案外、我慢強いわね。ま、青二才はそうやって謙虚じゃないとね~」

 挑発には乗るまいと、海野が必死に(へそ)に力を入れて耐えていると、横から助けが入った。

「竹内。年長者ほど謙虚な態度をとるべきとは思わないか?」

「は?」

 明らかに人を小馬鹿にしていたさっきとは違う、ドスの利いた声――海野は緊迫しながら、事の成り行きを見守る。

「後輩が些細な過ちを犯したのなら、諌めて許せるくらいの器はないのか?」

 竹内は折笠の話を聞きながらも、人数分の湯飲みをテーブルに置き、一つずつ粉末状の茶葉と湯を入れていく。プラスチック製の安っぽい湯飲みから、この空気には不釣り合いな弛緩した湯気が立ち上っていた。

「は、まるで自分は器のデカい人間、みたいな口調ねこのチビ。私のことは目の仇にしといて、よく言うわ。同じ立場の人間にはケンカふっかけるクセに」

 すると折笠は怪訝な表情をした。

「なんのことだ?」

 その反応が気に入らなかったらしい。噛みつかんばかりの勢いで、竹内が声を荒げた。

「はぁ? さっきから、ずっとつっかかってきてるじゃないのよ」

 言いながら竹内は、入れ終わった四つの湯飲みの内の二つを、海野と明智に渡していく。だが目線だけは折笠に固定されている――まるで得物を前にした猛獣の様相だ。明智と海野は一言も発せない。

「私は注意しているだけだ。私的な感情は無い。それを勘違いしているようなら、お前が自意識過剰なだけ――」

 茶髪の女が立ち上がり、プラスチックが空を切る。

 明智は目を見開き、海野は思わず立ち上がる。

「あ、ゴッメ~ン。アンタのぶん、零しちゃった」

 湯のみは折笠の頭上に投げつけられ、折笠は湯のみから零れた一杯分の熱湯をかぶっていた。湯飲みの中の熱湯が、どれほどの温度から知らないが――少なくとも火傷は必至だ。

「あ……アンタふざけてんの!」

 いくらなんでもやりすぎだ――海野は竹内に掴みかかった。

「こらこら、周りが見てるわよ」

 確かに周囲の人間の視線が立ち上がっている海野を貫いている――だが海野は気にしなかった。

「知らないわよッ! アンタ、やって良い事こと悪いことの区別すらつかないワケ?」

「ちょ、人殺しが何言ってるの?」

 さきほどの折笠とのやり取りとは打って変わった、人を小馬鹿にした口調と表情――反論できないだけに、みるみるうちに海野の顔は屈辱に赤く染まる。

 もし人の目が無ければ、さっきの仕事で余ったエネルギーで、既に夜空にふっ飛ばしていたかもしれない。それができないなら殴ってしまえ――と拳を握り締めた瞬間、再び隣から声が掛かった。

「その福田だが……トワイライトホテルに入ったのを『塵芥』のパウエル……21番席の内田に知らせたのは、お前らしいな? 竹内」

 明智からハンカチを渡され、それをジェスチャーで断っている折笠を見て、海野は折笠の容態はそれほど酷くないと悟った。そこでふと違和感に気付く。

 頭から熱湯をかぶって、平気でいられる?

 冷静になった海野は、自分の席に座り直しながら見た。

 彼女の肩や髪に、白く冷たそうな何かが張り付いている……氷だ。常識では考えられないことも、紛い者なら可能にする――海野は思い出した。この女が、一体どんなエネルギーを操作する紛い者なのか、を。

 折笠の質問に答える声があった。

「それが?」

 立ったまま見下ろす鬼女さながらの竹内を、折笠はじっと見上げて告げる。

「福田は本当に死んだのか?」

「――」

 四人の間に、沈黙が降りた。

 折笠が流れるような動作でポケットからハンカチを取り出し、眼鏡のレンズを拭いて掛け直す。

 その一連の流れを、蠢く昆虫を見るような目で観察していた竹内が、優雅にすら思える動作で座りなおした。

「コンクリートに押し潰されて死なないのは、アンタら化物くらいのモンでしょ?」

 ――へぇ、あくまでとぼけるってワケ……?

 折笠の一言で状況を悟った海野は、竹内の白々しい態度にうんざりするどころか、一周して感心した。よくも、こう堂々と、とぼけられるものだ。

「それ以前の問題だ。そもそもあの建物に福田は入ったのか? いや、そもそも福田を殺せ、という命令は出ていたのか?」

 これには流石の海野も押し黙り、沈思した。

 命令が出ていない? そんなワケがない。現にリーダーである内田はその指示のメールを受け取り、実行していた。しかし折笠からそんな言葉が出てきたということは……それなりの事情があるという事か?

「根拠が無いわね。五番内席の上にパウエルのエリート様のセリフとは思えないわね、聞いて呆れるわ」

 健康さとは縁の無さそうな白い指が、竹内自身の茶色い髪を梳く。まるで川の流れに従って泳ぐ白魚のようだった。

「確かに根拠はない。だが人間という生き物は合理性だけで生きているわけでもないだろう? もしそうだとしたら、そもそも沖ノ浜という人工島は存在していない」

 折笠は椅子に落ちた湯飲みを拾い上げ、構わずそれに湯を注ぐ……それはあまりに自然な動作だった。だが、洗わなくていいのだろうか? 流石にこの緊迫した空気の中で、その疑問を口にはできない。

「……だから?」

「お前が何でこんな事をしてるのか、その動機を知りたいだけだ。どうせ何をするかは言わないのだろう? ならせめて動機を聞きたい」

 折笠は立ち上がると、遠慮がちに自分の衣服や髪をはたくと、白く凍りついた氷は、パリパリと音を立てて床に落ちて、溶けて水滴に化けていく。

「アンタが一体何を言いたいのか、私にはサッパリ分んないわね。こんな事ってどんな事? 被害妄想も程々にしたら?」

 頬杖を付いた竹内が、流れていた寿司を取った。そういえば寿司を食いに来たんだった……海野は今頃になって思い出す。

「あ、明智っち何か食べる?」

「あ……じゃあ焼きハラス……」

 竹内の穏やかな口調は、まるでさっきまでの修羅場が嘘のようだ。明智が遠慮がちに好みの寿司を言うと、竹内はレーンを流れているそれをとって明智の前に置く。

「海野、お前もだ。何か食べるか?」

 隣の小柄な先輩が海野に問うた。身長差で必然的に上目遣いになっていて、海野の母性をかき立てる。が、今はそんなことより「二人のお話はもう終わりですか?」と問いたい気分だった。

 海野がしめ鯖を頼んだ後、竹内が二皿目に突入する。鮭だった。一口で豪快に頬張ると、純粋に寿司の味に目を見開く。

「ウッマ。これウッマ。やっぱ北海道から直送ってのは違うよねー、崖梨ちゃん」

 なんの脈絡も無く声を掛ける。海野は緊張したが、折笠の態度は至って普通だった。

「そうだな。最近は冷凍配達の技術も発達しているから、ほとんど鮮度は落ちないんだろう」

 女子高生同士にしては少し内容がズレている気はしたが、けれどどこまでも自然な会話だ。二人の表情を見ても、それだけ見れば普通すぎる。

 仲が良いのか悪いのかも分らなくなってきた……海野は困惑することしか出来なかった。


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