回転寿司1 #『鍵』
回転寿司1 #『鍵』
コイツはいったいどういうことだ?
春川晴臣考える。今、自分が置かれている状況を整理する。
高校生の自分が回転寿司屋に来ている事は、それほど珍しい事ではない。しかし、これだけの人数が集まっているというのに、賑やかで和やかな雰囲気は微塵にも無く、凍りついた冬の空気のように張り詰めている今の状況はどうにも変だ。まぁそれも、メンバーは全て胡散臭い人間と、人間かどうかすらも怪しい連中だから、仕方ないのだが。
数時間前に折笠からの連絡を受けて、とりあえず春川と西川の二人は、そのまま車で指定された寿司屋に来たのだ。
「寿司……ねぇ。こりゃ、折笠のカンもあながち間違ってたワケじゃないみたいだな」
西川の口調は『楽しそう』の一言に尽きる。どうせ、なにやらよからぬ事を考えているに違いない。
「なんでもいいけど、本人がいないからって、呼び捨てにするなよ」
「いいじゃん。いないんだし」
子供みたいなやり取りに、春川は辟易した。
「あのさ……まぁいいや」
「なんだよ?」
キョトンとした表情で、西川が見上げてくる。彼の死んだ魚のような目で見られても不気味なので、春川は視線を逸らす。
「つか、誘ったの誰? 電話で折笠に訊いたんだろ?」
「ああ。『烏』の連中だ」
「ああ……あの茶髪三人組か」
西川が、つまらなさそうにぼやいた。
「それから『塵芥』の連中も来るらしい。なんでも、『烏』の3番が行方不明なんだってよ。だから、その捜索の方針とかを話したいって……」
「ふーん……へー、なるほど……」
返事はあるが、西川は上の空だ。
「なんか気になることでもあるのか?」
「気になるどころじゃねーだろ。オレだったら、わざわざ会食なんてしねーよ。ったく、いつの時代のビジネスマンだよ。まぁ、実際に会って話すくらいはあるだろうがな。けどヤツらは、こんな真似してやがる。それはなぜか? 多分、誘ってきた『烏』のパウエル、竹内が良からぬこと企んでんだろ……」
お前が言うな、と思う。
「で、その良からぬことってのは?」」
「ああ。『烏』の宣戦布告だろう」
宣戦布告。まさか紛い者同士で? そんな馬鹿な。一体何が目的だ? 大袈裟すぎる展開に、春川はついていけずにいた。
「……具体的には、どんな?」
「知るかよ。ただ一つ言えるのは、あっちはやる気満々だってことぐれーだな。わざわざ宣戦布告なんて粋な真似してくれちゃって……暢気なロマンチストだなあの女。つっても、なんの根拠も無いんじゃ手も出せないけどな……春川。どういう感じになるか分んねーけど、お前、いらねーこと言うんじゃねーぞ」
両腕を頭の後ろで組みながら、西川がぼやいた。
「なんだよ。いまさら先輩ぶりやがって」
「なんでもいいだろ、カンだ」
随分と頼りないカンもあったものだ。春川はあえて開き直ることにする。
「分ったよ。頼りにしてるぜ先輩」
「期待すんなよ」
言葉とは裏腹に、西川は得意げに鼻を鳴らした。
時間は、元に戻って午後六時半。
「やっぱ九人だよねー。じゃあ男女にでも分れてー」
店外で順番待ちをしていた『烏』(北池不在)と『鍵』と『塵芥』の九人。その中の一人、竹内宇智巴が他の全員に向かってそう告げた。
「女子は私から説明するわ。男子はそっちで頼むわ、朱博」
朱博と呼ばれた少年が、コクコクと頷く。茶色のクセのある髪と、線の細さが特徴の少年だ。彼がまともに状況を説明できるのか少々不安に思った矢先、これは建て前であることを思い出す。何か企んでいる可能性が高い、そう西川と話したばかりだった。心配する必要は無い。
その代わり、春川は別の事を少し心配した。『鍵』のメンバーは、春川、西川、折笠の三人。男女別に分かれると、折笠は一人になってしまう。
「なぁ……大丈夫かな、折笠さん」
軽く屈むようにして西川に耳打ちするが、聞き手はポケットに手を突っ込んだまま、目線は通行人や行き交う車に注がれている。真面目に聞いていないのは明白だ。
「大丈夫だろ。あっちにゃ、今んトコは中立の『塵芥』のメンバーが二人いる。そのうち一人……海野火早野は、折笠以上の力を持ってる五番内席の4番席だ。いま使えるかどうかは知らねーけど、普通に殴りあうにしたって三対一なら負ける要素ねーだろ。ってか、女同士で殴り合いって完全にキャットファイトじゃねーか。それはそれで見てみてー。男のロマンじゃ……いや、ナシだな。いくらなんでも、メンバーがアレじゃ血みどろすぎて萎える」
なにか年下の先輩殿がブツブツと言っているが、あまり愉快な内容ではない。当人達に聞かれでもしたら最悪だ。それこそ流血事件になりかねない。
「ま、どっちにしろ折笠の敵じゃねーだろ。実力はアレだけど、腐っても五番内席だ。フツーの人間相手に負けたりしねーだろ、あの茶髪女もケンカ強いってワケでもなさそーだし」
西川の評価は、実の上司相手でも遠慮が無かった。
「折笠さん……」
そうは言っても、春川は自分の上司のことが少し心配だった。




