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第08話 レースの前に (3)


「う、あぁああ……」


 ぐでーっと、ハルは部屋で身体を伸ばした。藁の上で、ハルは先ほどの俊也との練習を思い出す。


「つ、疲れた。なにあれ。めちゃくちゃしんどい」


 今までしてきた練習よりも、時間も距離も大したことないはずなのに、その尋常ではない疲労感に、ハルはぶるりと背中を震わす。


 紛いなりにもこの世界でアスリートをしてきたハルは、俊也の練習メニューが何か特別なものであることを身体で感じ始めていた。


「シュンヤさんって、何者なんだろう」


 ぽつりと、そんなことを呟いてしまう。故郷で何か競技をしていたというから、そのときの経験を自分に使ってくれているのだろう。何て優しい人なんだと、ハルはぼんやりと俊也の顔を思い出した。


「……なんで私なんだろ」


 奇妙な出会いだったが、俊也の思惑がハルにはよく分からない。協力してくれるのは嬉しいが、俊也に何の得があるのだろうと、ハルはゆっくりと目を細めた。


「ハルさーん。入っていいー?」


 突然かけられた声に、びくぅとハルの身体が跳ねる。ばばっと身体を起こして、ハルは声の主に返答した。


「よかった寝てなくて。どうだった、練習」


 よいしょっと、俊也がカーテンをずらして入ってくる。ハルは、少しどきどきしながら俊也を見つめた。


「し、しんどかったですけど、何か凄かったです」

「そっか。それならよかった」


 微笑む俊也に、ハルはどうしようと顔を向ける。そういえば、あまり自分のスペースには入ってこないのにと、ハルは不思議に思った。


「そうそう。練習のあとはストレッチしないとって思ってさ。手伝ってあげるから、一緒にやろう」


 慣れない単語に、ハルが首を傾げる。それにくすりと笑いながら、俊也はハルの横に回った。


「柔軟って言ってね。身体を柔らかくするための練習なんだけど」

「あっ、それなら私もやってましたよ。ほらっ」


 俊也の説明に、ハルがうーんと両足をぴーんと伸ばす。どんなもんですと、ハルがきらんと俊也に振り向いた。それに、俊也がへぇと目を開ける。


「それだけでも知ってるなら、話は早いよ。ほら、ごろーんって横になって」

「え? ご、ごろーんですかっ!?」


 本来は横向きになるものではないが、ケンタウロスの下半身では具合が悪い。致し方ないと、俊也はハルに横になるように指示する。


「……こ、こうですかっ?」

「そうそう。ありがとう」


 かぁっと、ハルの顔が羞恥に染まる。真っ白く薄い毛並みのハルのお腹を、俊也はほうほうとちょんと触った。


「ひゃっ!?」

「あっ、ごめん。くすぐたかった?」


 さてとと、俊也はハルの右の前足を手に取る。そして、ゆっくりとそれを伸ばした。そのまま、五秒ほど制止させる。次に、脚を畳んでゆっくりとふくらはぎを伸ばしていく。慣れない動きに、ハルがほぇえと声を出した。


「とりあえず、準備はこれで出来たから。ハルさん、今度は俺の力に対抗するようにハルさんも力入れてみて」

「え? こ、こうですか?」


 ぐいっと脚をホールドしてくる俊也の力に、ハルはえいっと対抗する。力が拮抗して静止し、俊也はよしっと頷いた。


「そうそう。あんまり力入れすぎずに、俺に合わせて。……よいしょ」


 数回抵抗をかけた後に、俊也がゆっくりとハルの脚を伸ばしていく。その奇妙な心地よさに、ハルがふにゃっと顔を緩ませた。


「反対側も……。ハルさん、同じように」


 ふぅと、俊也は額に汗を滲ませる。ケンタウロスのハルの脚は、人間に比べると遙かに重い。慎重にしないとと、俊也はじっとハルの脚を見つめた。


「あ、あの。シュンヤさん」

「ん? どうしたの」


 真剣な俊也の表情を、ハルは複雑な瞳で眺めていた。何故この人はこんなにも私に尽くしてくれるのだろうと、今更ながらにハルは疑問を感じる。


「その。……こ、これってどういう意味が? さっきの練習もですけど」


 しかしその疑問は口に出せずに、ハルはあははといつもの笑顔で誤魔化した。それに気がつかない俊也は、にこりと笑って説明しだす。


「インターバルトレーニングと、PNFトレーニングっていってね、俺の故郷では有名な練習なんだよ。……といっても、俺もうろ覚えだけどね」


 真剣な表情は変えずに、俊也は申し訳なさそうに肩を落とした。見よう見まねでやってはみているが、そもそもが人間相手ではないのだ。正しいかどうかも半信半疑だが、人間の理屈はケンタウロスにも通じるはずだと俊也は信じて祈るしかない。


「こんなことなら、陸上の練習とかも調べとけばよかったな。フットワークの練習なんて、ハルさんは出来ないしさ」

「す、すみませんっ」


 俊也の言ってる意味が理解できずに、ハルは取りあえずその言葉に謝った。それに、俊也が謝らなくていいよとくすりと笑う。


「ほんと、いざとなったら練習のメニューにすら自信ないんだからさ。どの口で引退とか言ってたんだって話だよ。ごめんねハルさん」

「そ、そんなことないですっ! 私、シュンヤさんに付いていきますっ!」


 自嘲気味に笑う俊也に、ハルが大きな声を上げた。驚いた俊也はハルと目を合わせ、その眼差しに少しだけ下を向く。


「ありがとうね、ハルさん」


 俊也は、恥ずかしそうに視線を外した。それに、ハルがにこりと微笑み返す。


「そ、それじゃあ今度は後ろ脚をしようか! ほら、また伸ばして」

「えっ!? 後ろ脚もですかっ!?」


 恥ずかしさを誤魔化すように、俊也はハルの後ろ脚を手に取った。それにびっくりしたハルが、顔を真っ赤にして声を上げる。


「え? 当然でしょ。どうしたの?」

「い、いえ、その。さ、さすがに後ろ脚は、その……」


 もごもごと顔を赤くするハルに、俊也がどうしたんだろうと首を傾げた。それに、ハルは言いにくそうに口を動かす。


「そ、その。わ、私も。お、おお、女の子なので」

「へ?」


 かぁと羞恥で染め上がったハルの顔が、泣きそうな顔で俊也を見つめた。それに、俊也は思わず間抜けな声をぽかんと上げる。


 そういえばと、俊也はこちらを向けているハルの身体をちらりと覗いた。ケンタウロス特有の人間の上半身に気を取られていたが、ハルの下半身は間違いなくこの馬の身体だ。それはつまり、俊也が今持ち上げている後ろ足はーー。


「って、うわぁああああっ!! ご、ごごご、ごめんっ!!」

「ひゃあああああああっ!?」


 現状を理解した俊也の顔が、ぼっと一気に染まる。思わず脚を放り出してしまい、その勢いでハルの後ろ脚がぱかんと開いた。


「み、見てないからっ! 何も見てないからっ! 大丈夫っ!」

「ふぇええええん!!」


 ハルの涙声が、部屋に響きわたる。

 

 ここは異世界。

 女の子のデリケートゾーンも、異世界だ。


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