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第06話 レースの前に (1)


「……え? 復帰する?」


 次の日、ヴェルメイは真剣な表情の二人をぽかんと見つめた。その顔に何かを感じ取り、ヴェルメイが二人に向き直る。


「俺がマネージャーになって、ハルをレースで勝たせます」


 俊也の宣言に、ヴェルメイはふむと腕を組んだ。そして、二人に口を開く。


「それで、あたしに何でそれを?」

「あ、いえ。言っておいたほうがいいかなぁ、って」


 ヴェルメイの視線に、そう言えば何も考えてなかったと俊也は頬を掻いた。勢いで宣誓なんかしてしまったが、別に自分たちは有給を貰いに来たわけでもない。


「まぁ、あたしは仕事に支障なければ文句はないよ。……でも、もうスポンサーいないだろ? どうするんだい?」


 もっともなヴェルメイの発言に、俊也はうぐっと口を詰まらせる。ちらりとハルを見た後、俊也はハルに質問した。


「……お金、かかりますよね?」

「そ、そうですね。大会に出るだけでも、それこそ……」


 どうも、正式に馬主登録をしていない場合は、大会に出る度に莫大な参加費がかかるらしい。そのためスポンサーと呼ばれる馬主たちは、それらを免除して貰える会員権を多額の金で購入し、複数の選手を多数のレースに参加させるのだ。


「その会費って……」


 俊也の視線に、ハルがこくんと頷く。当然、ヴェルメイも含めて馬主になるなんてことは不可能だ。


「たいていの新人選手は、新人戦の参加費を何とか工面するのさ。そこで活躍できれば、馬主に目を付けて貰える。優勝できれば、そのままプロだしね」


 ヴェルメイが、困り顔の俊也に説明する。となれば、俊也達もその方法で行くのが筋というものだろう。


「一番近い大会は、……まぁ無理だね。年末の新人戦に賭けてみればどうだい?」


 ばさりと新聞を広げたヴェルメイが、とんとんとケンタウロスレースの予定表を指さした。確かに半年ほど先の年末に、新人戦の大会が予定されている。


「ん? 新人戦ですか?」


 どういうことだと、俊也は眉を寄せた。ハルは何度か出場経験があるはずだが。


「レースで優勝したことのない馬は、全て新人なんです」


 ハルの申し訳なさそうな顔に、俊也の表情がぎょっと固まる。厳しすぎませんかと、ヴェルメイの方を振り向いた。


「そんなもんだよ。年四回の新人戦。……要は、その優勝者だけでも年に四人いるんだ」


 ヴェルメイの説明に、なるほどと俊也は唸った。その人たちが、プロになるのだ。勿論、この街以外にもケンタウロスレースは様々な都市で開催されている。それくらいの関門を抜けれないようでは、どうしようもないということだろう。


「……まずは、新人戦で優勝しないといけないわけか」


 目の前の現実に、改めて俊也はハルへ振り向いた。毎回最下位。そんなハルを、優勝させなければいけない。


 しかし、決めたのだ。絶対に、この少女に勝利を捧げると。俊也は、ぐっと気合いを入れ直した。


「まぁ、その前に、参加費稼がないとね」


 そう言えばそうだったと、ヴェルメイの冷静な声に、俊也は前途の多難を噛みしめるのだった。





 ーー ーー ーー





「ご飯減らして貰って、食費浮かせばどうですかね?」

「だめです」


 かぽかぽと街の通りを歩きながら、ハルは名案ですと手を叩いた。それに、ハルの横で地図を見つめる俊也は即座に反対する。


「身体が資本なんですから。栄養はちゃんと取らないと」

「うぅ、難しいですねぇ」


 ずっしりとした荷物を背負いながら、ハルはうーんと首をひねった。ハルのおかげで仕事は増えたが、それでも参加費にはほど遠い。


「レースも大事だけど、何とかして資金を工面しないとな」

「……といっても、ヴェルメイさんにこれ以上負担かけるわけにもいきませんし」


 それもそうだと、俊也も頷く。


「何か、お金儲けの方法でも浮かんでくればいいんですけどねぇ」


 うむむむーと頭を抱えるハルに、そんな簡単に浮かんでくれば苦労はしないだろと俊也は笑う。

 しかし、その発言に俊也の身体の動きがぴたりと止まった。


「……お金儲けの、アイデア?」


 そういえばと、俊也は思い出す。最近すっかり今の世界に慣れてしまっていたが、自分は元々どこの住人だったか。


 何か重要なことに、俊也は気が付いた。





 ーー ーー ーー





「でりばりぃ?」


 何だいそれと、ヴェルメイはきょとんとした顔で俊也を見つめた。その褐色の顔に、俊也はどう説明したものかと腕を組む。


「簡単に言えば、食事の配達ですよ。お昼ご飯とかを、仕事場とかに届けるんです」


 仕事場に通う必要がある人の昼食は質素だ。特にこの街には弁当屋のようなものもないため、街の人たちは大体がパンや蒸した芋などで軽く済ませる。毎日ヴェルメイの手料理を食べている俊也が特別運がいいのだ。


「節約の意味もあると思うんですが、それよりもそもそも選択枝がないんですよ。みんな、美味しいものが食べれるならお金は出すと思うんですよね」


 俊也の言葉に、ふむとヴェルメイが顎に手を添える。昼食ねぇと、眉をひそめた。


「でも、注文しにうちに来る必要があるだろ? 結局手間なんじゃ」

「それは契約って形にすれば。週六日、何人契約的な感じで」


 ヴェルメイの疑問に、俊也は答える。電話なんかないのだから、ここは仕方がない。しかし、あらかじめ用意する分量も分かるしメリットも多いはずと俊也はヴェルメイを見つめた。


「……うーん。あたしの飯なんか売れるかねぇ」

「あっ、そこは大丈夫ですよぉ」


 ぽりぽりと頬を掻くヴェルメイに、ハルがにこりと手を挙げる。元気よく笑うハルに、ヴェルメイの視線が集中する。


「店長さんのご飯すごく美味しいですから。大丈夫だと思いますっ!」


 はいはーいと自信満々なハルに、ヴェルメイが照れたように銀髪をいじる。仕方ないねぇと、ヴェルメイは俊也の方を見つめた。


「あたしも女だ。従業員も増えたことだし、いっちょあんたの案に乗ってやるよ。必要経費は出してやる。好きなようにやってみな」

「ほ、ほんとですかっ!?」


 詰め寄る俊也に、ヴェルメイがにやりと口角を上げる。あたぼうよと、褐色エルフの未亡人は大きな胸を張って笑った。


「こちとら博打で亭主の借金返した女だよっ。こんなの、賭のうちにも入らんさっ」


 がははと笑うヴェルメイを、俊也たちは唖然とした顔で見つめるのだった。


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