第04話 異世界の街とケンタウロスの少女 (4)
「……なんだい、その子は?」
帰った俊也を見つめて、ヴェルメイは呆れたように呟いた。
「えと、その。話せば長くなるのですが……」
あはははと頭を掻く俊也の横から、ずいっと少女が一歩踏み出す。
「私、ケンタウロスのハルと申しますっ! シュンヤさんに、命を助けていただきました。どうか私もこの店に置いてくださいっ!」
ヴェルメイの店への道すがら、ハルと名乗った少女はよく通る声でヴェルメイに頭を下げた。慌てて、俊也も同様に頭を下げる。
「ちょ、ちょっと待ちな。話が全然見えないよ」
そんな二人を困ったように見下ろして、ヴェルメイはどうしたもんかと首をひねった。
ーー ーー ーー
「……へぇ。シュンヤにねぇ」
二人の経緯を聞いたヴェルメイが、驚いたように軽く口を開く。褐色の肌を俊也に向けながら、ヴェルメイはふーんと楽しげに目を細めた。
「結構いいとこあるじゃないか。……惚れたかい?」
「ち、違いますよっ!!」
にやぁと笑みを浮かべるヴェルメイに、俊也は頬を赤く染める。確かに可愛いと思ったのは事実だが、別に下心が有ったわけではない。
「ははっ。怒るな怒るな。分かってるよ」
むぅと恥ずかしそうにそっぽを向く俊也を見やって、ヴェルメイはふむと顎に手を当てた。
「二人雇うってのは、正直なところキツいが。……ケンタウロスってんなら、話は別だねぇ」
ちらりと、ハルの下半身をヴェルメイは見つめる。その力強いケンタウロスの身体に、うーんとヴェルメイは算盤を叩いた。
「……荷運びは、得意だよねぇ?」
「は、はいっ! 勿論ですっ! 粉袋六つくらいなら、楽に運んでみせますっ!」
ハルの声に、俊也が驚いたように目を開く。単純に、俊也六人分の馬力だ。むしろ、自分が解雇されるのではないかと俊也は恐る恐るヴェルメイを見つめた。
「……シュンヤ、悪いけど」
「そ、そんな」
ぽんと、ヴェルメイの手が俊也の肩を叩く。がーんと俊也の身体が震え、予期せぬ流れにハルが慌てたように俊也を見つめた。
そんな二人に、ヴェルメイはにかっと笑う。びくっとした俊也に、ヴェルメイは銀髪をくるりといじった。
「心配しなさんな。一度拾った男を、ほっぽりだすような半端はしないよ。ただあんたも男だってんなら、何か役に立つ案でも考えておきな」
しょうがないねと腕を組むヴェルメイに、俊也とハルの顔が輝く。ありがとうございますと、二人は揃って頭を下げた。
「とりあえず今日は、あがっていいよ。色々話し合いな」
ヴェルメイの言葉に、俊也はほっと胸をなで下ろす。しかし、甘えてばかりもいられない。穀潰しになる可能性が一番あるのは自分だからだ。
「あ、そうそう。さすがに二部屋もは宿部屋を貸せないからさ。あんた達、一緒の部屋に住みな」
頑張らねばと気合いを入れる俊也の耳に、ヴェルメイのあっけらかんとした声が届く。俊也は、きょとんとヴェルメイへ視線を戻した。
「……一緒、ですか?」
「いいじゃないか。そういうもんだろ。安心しな、別にケンタウロスとエルフでも、子供は出来るから」
ヴェルメイの不思議そうな表情に、ぼっと俊也とハルの顔が真っ赤に染まる。それを見て、ヴェルメイは若いねぇとにたにた笑った。
「お俺は、そそ、そういうつもりで助けたわけじゃなくてですねっ!」
「わわわ、私もそんなつもりで付いてきたわけじゃっ!」
詰め寄る俊也とハルに、ヴェルメイは分かった分かったと上機嫌だ。しかし、余裕ないのは本当だよとヴェルメイは二人に承諾するように視線を向ける。
俊也とハルは、そこには頷くしかない。
「じゃ、じゃあ。へ、部屋に行く?」
「あ、ははは、はいっ!」
充満する変な空気を吹き払うように、俊也はしどろもどろに階段を指さした。それに、ハルもぎくしゃくと返答する。それを、ヴェルメイは愉快そうに眺めていた。
「二階の端っこなんだけどさ……」
「は、はいっ」
俊也の足が、階段を踏みしめる。それに続けて、ハルの足も階段に乗り上がった。
ばきぃッ!!
不穏な音が、エルフパンに鳴り響く。
さぁっと血の気をなくしたハルが、踏み抜いた木製の階段を見下ろしていた。
「すすす、すみませぇええええんっ!!」
ハルの声が、店内に木霊する。
「……あー、仕方ないね。うちはあの人の趣味で木製の床だからさ」
「うぅ。すみません。私が重いばっかりに」
しゅんと、ハルは見事に砕けた階段を見て肩を落としていた。あちゃあと、ヴェルメイが階段の穴を困ったように見つめる。
「まぁ、壊したもんはしかたないよ。悪気はなかったわけだし。……それより困ったのは、二階が無理ってことだね」
さすがに屋根を踏み抜かれるのは痛手だよと、ヴェルメイは天井を見上げる。俊也も、じっと二階の床である天井を見つめた。
ハルの体格を考えるに、もしかしてはありえそうだ。それ以前に、階段を昇れないのだから上がれない。
「……こうなったら。あそこしかないかねぇ」
ヴェルメイが、申し訳なさそうに眉を寄せる。それに、俊也が何処ですと聞き返した。
「ほら、あそこだよ。店の横の倉庫。あそこ元々は、駐馬場でさ。荷引きの家畜を繋いどくとこだったんだ」
その説明に、俊也もあそこかと顔を歪める。今では、とりあえずの荷物を突っ込んでおくための場所だ。確かにスペースはあるが、人が住めるかは微妙なラインだ。
「本来は、ケンタウロスなんて高潔な種族を泊める場所じゃないが……」
ちらりと、ヴェルメイの視線がハルを捕らえる。しかしその視線に、ハルは力強く頷いた。
「大丈夫ですっ! 私、どこででも寝られますっ!」
むふーと鼻から息を吐くハルに、ヴェルメイがぽりぽりと頬を掻く。
まぁ本人がそう言うならと、こうしてハルの住む場所が決まった。
「んじゃあ、荷物はシュンヤの部屋に移動させるとして。シュンヤも今日から倉庫行きだね」
「……ですよねぇ」
しょうがないかと苦笑する俊也に、ハルがすみませんと頭を下げる。それに、住めば都だよと俊也は返した。
「お、いいこと言うじゃないか」
こうして、異世界の少年とケンタウロスの少女の、奇妙な共同生活が始まったのだった。